第一章
第1話
ばしゃっとかけられて最初に思ったのは、夏で良かった、ということだ。冬だったらホットで出していただろうから。
リビングの床にはアイスティーが海となって広がっている。はやく拭かないと、と思う頭に
「こんな水っぽい紅茶、よく出せたものね、クズ!」
怒りを浴びせるのは、半分は血の繋がった二十三歳の妹の紗理奈。上品なカットソーにフレアースカートをはいている。予約でいっぱいのサロンで整えた髪は、大きなウェーブがかかっていてあでやかだ。ブランドの化粧品で、隙のないメイクをしている。
「申し訳ございません」
渡辺奏海は素直に謝った。
三十分も放置したから氷が溶けたのです、なんてことは余計に怒りを買うだけだから言わない。紗理奈には事実などどうでもいいのだから。
下げた頭からは、紅茶の雫がぽたぽたと落ちた。数少ない服が紅茶の色に染まっているのを見て、内心でため息をつく。ただでさえよれて毛玉がついているというのにシミがついたとなれば、もう外へは着ていけない。
「二十五歳にもなって紅茶ひとつ淹れられないなんて。よく生きてられるわね。あやかしだってもう少し役に立つでしょうよ」
「紗理奈さん、そう言うものではありませんよ。ゴミはゴミの役割があるのですから」
楚々と笑うのは紗理奈の実母であり奏海の継母である華子だ。細い体にブランドの服を身に着け、ブランドロゴのおおぶりのピアスをつけている。エステで磨き上げた肌は実年齢にみあわぬハリがあった。
彼女は奏海の実母が死没したあと、後妻に入って紗理奈を産んだ。
最初、華子は奏海を家から追い出そうとした。だが、児童養護施設に預けるには、渡辺家は裕福すぎた。奏海の父、
華子が次に奏海に対する態度として選んだのは、虐待だった。ろくに食事を与えず、服も与えない。それでもこの頃はまだ世間体を気にして使用人に世話を任せていたため、奏海は生き延びることができた。華子は接触を嫌ったので、暴力はなかった。
だが、小学校に通うようになると、状況は変わった。
普通は親から学ぶことを学んでいない奏海は問題児となり、学校からの呼び出しに苛立った華子はそのうっぷんを暴力としてぶつけるようになった。小さい頃に事故に見せかけて殺せばよかった。そんな内容のことを言われ続け、奏海は萎縮していた。
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