第8話 ごめんなさい、わたしのこと
わたしは昔から『かわいい』ものが好きだった。
理由はわからないけれど、ずっとそうで。
たぶん深い理由もないと思う。みんなそれぞれ好きな色があると思うんだけど、その中でわたしはピンクが好きだった。
それで、ピンクのものを選んでいったら、いつの間にか『かわいい』にかこまれていたっていうだけ。
そのままおとぎ話のお姫様に憧れていったのは、たぶん自然な流れだったと思う。
だって、お姫様が一番かわいかったから。わたし、お姫様になりたかった。
_____恋愛のことなんてよくわからないくせに、がんばってついていこうとしたのは、そのためだったと思う。
だって、シンデレラだって白雪姫だって、王子様と結ばれてハッピーエンドだったから。
恋愛のことはまったくわからなかったけど、お姫様は最後に王子様と結ばれるから、それが正しいと思っていた。
でも、わたしはうまくいかなかった。
ううん。それでもね、がんばってたの。
だれが付き合ってるとか、だれが好きとか、だれがキライとか。
そういう話に興味がもてなかったし、人のことをアレコレ言うのは苦手だったけど、それを言うのがふつうだと思ってたから、みんなの真似をしていた。
それに、よく読んでいたマンガの女の子たちは、いつも恋してて、キラキラしていて、それがとってもかわいかったから。
だから、ルルちゃんの恋バナについていくためにも、クラスで一番人気があるって聞いた男の子が好きだってウソもついてた。
でも、急に、自分はお姫様じゃないってことに気がついたの。
ううん、気がついたじゃなくて、『認めた』ほうが正しいかな。
みんなに言うのが恥ずかしいくらいしょーもないことがあって_____本当にしょーもないことだったんだけど、それで糸がプツンと切れちゃって、わたしは宙ぶらりんになった。
自分がわからなくなったんだ。
わたしはなにをするにもダメダメだけど、それでもお姫様っていう目標を目指してた。
でも、その支えがなくなって、なにが正しいのかわからなくなった。
そこでもう一個気づいたの。わたしは他の人の言葉に流されてばっかの人間だって。
でも、どうしたらいいかわからなくて……糸なんか切れてませんよーって、切れ目を隠しながら、恋してるフリをしてたの。
そんなある日だった。
放課後、人の減ったクラスで、いつも通りルルちゃんとおしゃべりしていると、
小倉天くんは学年で一番カッコよくて、モテている男の子_____つまり、わたしが恋してるっていう設定の男子だ。
だから、小倉くん近づいてくることに気がついたルルちゃんは、わたしの肩を何度も叩いて、うれしそうに声を弾ませた。
わたしとのおしゃべりでは聞いたことのないくらい、うれしそうな声だった。
最初はすれ違うだけだと思っていた小倉くんは、わたしたちの前で歩みを止めた。
用事はなんだろう? わたしには関係ないことだろうし、対応はルルちゃんに任せよう。それで、終わったあとに、「ドキドキしたー」って騒ごう。
そう思ってわたしは小倉くんから目をそらした。
その時だ。
「佐々木さん」
名前が呼ばれた。小倉くんの声だった。
わたし、なにかやらかしたかな。
宿題出してなかったっけ? 先生に呼び出されて怒られるのかな? イヤだなー。先生もわざわざこんな目立つ人に頼まなくてもいいのに。
それとも、もっと悪いことがあったのかな。
小倉くんがなかなか続きの言葉を言わないから、わたしはおそろしい想像をいくつもして、ショックに備えた。
しかし、予想はどれも当たらなかった。
「今日一緒に帰りませんか」
_____は?
一緒に帰る?
わたしと、あなたが? なんで? わたしの聞き間違い?
意味がわからなくてルルちゃんをチラリと見ると、ルルちゃんも口をポカンとさせていた。ルルちゃんもよくわかってないみたい。
わたしは、多分、それ以上に混乱してる。
「な、なんで……?」
本当に意味が分からなくて、素直に聞き返した。
そこでわたしは、小倉くんの顔が真っ赤になっていることに気がついた。
「……俺、佐々木さんと、仲良くなりたいんだ。その、いいなって、思ってて」
鈍感で察しの悪いわたしは、その言葉や小倉くんの耳の赤さの意味がわかるまでに三十秒近くかかった。
_____三十秒後には、わかってしまった。
わたしにある選択肢はひとつ。首を縦に振ることだ。
ルルちゃんからの視線を感じる。
そうだ、そうだよ。わたしがやることはひとつ、ひとつだけなのに_____なんで体が動かないの?
ドクン。
胸の鼓動が大きくなる。息苦しくて、息を吸う。息を吐く。吸う。吐く。
それを何回か繰り返しているうちに、わたしの口から空気ではなく、声が飛び出した。
「わたし、わからない」
わたしは_____わからなかった。
だから、逃げた。
「わたし、そういう、恋愛とか、まだわからなくて」
「……俺のことどう思ってる?」
「_____わからない。キライじゃないし、好きだけど、これは小倉くんと一緒の『好き』じゃないような気がする。だから、ゴメン」
わたしが声を振るわせながらそう言うと、小倉さんは「そっか。こっちこそゴメン」と立ち去ってしまった。
わたしは緊張でものすごくドキドキしていた。
たぶんコレは、マンガの女の子たちのドキドキとは違うんだろうなって気がした。女の子たちがドキドキしてる姿は、とってもかわいいけど、今の自分は一ミリもかわいくない。
「もう、はるちゃんったら。恥ずかしいのはわかるけど、ちゃんと『はい』って言わないと」
ルルちゃんにこそっと耳打ちされる。
ああ、ダメだ。ドキドキがうるさすぎて聞き取れない。
なんでだろう。恋してるってウソつき続けてるからかな。
もし、ウソだってルルちゃんにばらしたら、楽になれるかな。
うん、大丈夫だよ、ルルちゃんなら許してくれるよ、あーもう、限界だ__
「ゴメン。さっき言ってたのホント。わたし、恋愛がまだわからなくて、なのに小倉くんのこと好きだってウソついてた。ごめんなさい」
ルルちゃんなら、わたしのドキドキをおさめてくれる、よね?
だって、親友だもん。
「……は? なにソレ?」
放課後のクラスは騒がしいはずなのに、ルルちゃんの小さな声はやけに響いた。
ルルちゃん、怒ってる。わたしに。
ルルちゃんと先生のグチを言い合うことはあっても、その怒りのターゲットになったことのなかったわたしは、はじめて見るルルちゃんの表情に、恐怖心を抱いた。
「ルルちゃん……?」
「はるちゃん小倉くんのこと好きって言ってたじゃん。それがウソなの? じゃあルルにずっとウソついてたんだ。ウソついて、ルルのことバカにしてたんだッ!」
ルルちゃんの大きな声で、あんなに騒がしかったはずの教室が一気に静かになる。
水に潜ったときの息苦しさを思い出す静かな教室で、わたしたちはクラス全員の注目を集める。こんなにもたくさんの視線の的になるのは、授業でみんなの前で発表するときくらいだ。
そこではいつも緊張してしまうけど、そのときのわたしは、なぜか冷静なままだった。
_____ああ。わたしは、期待していたのかもしれない、と。
もしかしたら、ルルちゃんがわたしの気持ちをわかってくれるかもしれないって。
いつもみたいに「それなー」なんて、たくさん考えごとしちゃうわたしに、軽い言葉をかけてくれるんじゃないかなって。
でも、それは叶わなかった。
当たり前だよ。
わたし、ルルちゃんにウソついてたんだもん。怒られて当然だ。
「バカになんてしてないっ」
でも、ルルちゃんの恋心をバカになんてしたことない。
わたしはいつもうらやましかった。
恋してるルルちゃんは、マンガの主人公みたいにキラキラしてて、とってもかわいかったから。
だから、ルルちゃんの真似をすればわたしも近づけるかな、なんて考えたの。そう伝えたいのに。
「じゃあなんでそんなウソついてたの? ルルが椿くんのこと好きなの、バカにしてたんじゃないの? 両想いになれるわけくせにって」
「違う! そんなこと考えてないよ。ホントにわからないの。恋するのがわからないから、ルルちゃんの真似をして」
「やっぱりバカにしてるじゃん!
ルルね、最近おかしいと思ってたの。はるちゃんに恋バナしても、反応が変だなって。でもね、ルルは気のせいかなって思ってた。だってはるちゃんがそんなことするはずない。いつもルルたちと恋バナしてたじゃん。はるちゃん小倉くんのこと好きって言ってたじゃん。足速いところが好きって、笑顔が好きって言ってたじゃん! あれ全部ウソだったんだ」
「それは……」
痛いところをつかれたわたしは、口を閉じてしまう。
「ルルの恋バナ聞いて、話合わせるためにウソついて? ルルは、はるちゃんのこと友だちだって思ってたから話したのに。はるちゃんは違ったんだ。ルルのことバカにしてたんだ!」
「違う、違うよ……」
「お前なんか大キライ。二度と話さないから」
そう言い捨てたルルちゃんは、教室を走り出した。
わたしは……わたしはその背中を追いかけることができなかった。
それに、教室の気まずさにも耐えられなかったから、ランドセルを背負って教室を出た。ルルちゃんの姿は見えない。
少し歩いたところで、立ち止まると、あんなに静まり返っていた教室からザワザワとした声が聞こえてきた。きっとわたしのことを話しているんだろうな。
わたしはその場にしゃがみ込んだ。周りには何人も人がいたけど、気にならないくらいショックを受けていた。
もう二度とルルちゃんと下校することはないんだなって実感がわいてきて、涙がこぼれた。
わたしは、名前と顔しか知らない、クラスで一番かっこいい男子よりも、いつもとなりで笑ってくれる友だちのほうが大事だった。
遠くから見てるだけの恋した男の子よりも、いつも近くにいる友だちのほうを大事にしてほしかった。
「_____それで、今のようになりました」
「聞いてたウワサと違うんだけどぉ?」
ちなみに、その、ウワサというのは……。
「佐々木はるかは小倉天をたぶらかしたウソツキヤバ女」
なにそれ!?
たしかにウソをついてたのは本当のことだけど、たぶらかしてなんかない! たぶらかすって何!?
それに、わたしがウソつきなことと、小倉くんがわたしを好きなことは関係ないのに。
「あー、アンタ被害者に見えてきたわ。突然テロに巻き込まれた犯罪者。ウソつきの犯罪は悪いにしろ、それでテロに巻き込まれるのはカワイソー」
「テロ? どこが? ドッキドキのシーンじゃない! 少女マンガみたいであこがれちゃうなぁ!」
えー、大変だったけどなあ。
わたしも少女マンが読むけど、現実で起こったらたまったもんじゃないよ。
「おれ、小倉のことムカついてきたな。自分勝手に人のこと巻き込みやがって」
そ、そこまで怒ることはないと思うけど……。
「でも、小倉くんがはるかちゃん好きなの、ほんのちょっとだけわかったかもしれないなぁ」
「え?」
中村さんの言葉に、わたしはビックリしてしまう。
わたしにはミリョク的ななにかがあるの……?
「変だから」
あれ?
「変人だから。他の人とは違ってるから」
あれれ?
この流れだと、わたしほめられるはずじゃなかった? なんで悪口言われてるの?
「みーんな黒い服着てるのに、はるかちゃんだけ白い服着てたら目立つでしょう? それが小倉くんの目を引いたんだよぉ」
「たしかにな。でも白っていうよりグレーとかじゃね? パッと見た感じだと気がつかないけど、よくよく見たら全然色違うじゃんってなるやつ」
やっぱり悪口言われてるよね?
「佐々木はるか……」
「は、はい?」
ずっと静かだったマルさんが、急にわたしの名前を呼んだ。
「ワタシは感動したよ!。こんな面白いヤツがいるなんて! ああもう自分のリサーチ不足には嫌気がさす。卒業前に知れてよかったよ佐々木はるか!」
「はい?」
すごくハイテンションなマルさんに両手を握られる。
ちょ、ちょっと痛いかな。
「水橋夏希のこと知りたかったんだっけ? なんだって教えてあげる」
な、なんでもは教えてもらわなくて大丈夫だよ……。
こんなにキラキラとした目線を向けられたことないから、なんだか照れちゃうな。
わたしはマルさんから顔をそらしたけど、マルさんの手を握る力が強すぎて逃げられない。
助けてほしい、と東郷さんと中村さんに視線を送ったけど、二人ともおもしろがって笑うだけだ。
これ以上どうしようもない、とあきらめたわたしは、この状態のまま本題に入ることにした。
「最初にも言ったけど、水橋さんのウワサについて知りたいの。なにかくわしいことを知ってたら、教えてほしいんだ」
「そりゃあもう佐々木はるかの頼みならなんでも聞いちゃいますよ! 本当はテキトーなこと言って追い返そうとしてたんだけどね。これ見せちゃう」
追い返そうとしてたんだ……ってことは置いておいて、ようやく手を放してくれたマルさんがスマホを操作して、ある画像を見せてくれた。
まず画面に映し出されたのは、ウワサ通りの悪口。『みんな学校がんばってーウチは旅行楽しんでるけど♡』とか『みんなはこんなにおいしいスイーツ食べたことないよねーお金ないもんねー』とか。
あ、これは渡辺さんに向けられたってやつかな。『あっちゃんの家って貧乏でかわいそう。いつも同じ服だし、持ち物全部ボロボロだよね? 貧乏がうつるから話したくないなー』……。
うーん。なかなかひどいものばっかりだ。
「それで、これが水橋夏希のインスタのアカウント」
次に、マルさんはインスタの画面を見せてくれる。
水橋さんのアカウントのアイコンはかわいいお花の写真で、それはまさに悪口の投稿に写っていたものと同じだった。
「愛実、実は夏希ちゃんのインスタ知ってたんだよねぇ。いろいろ投稿してるから、ちょっとだけ有名なんだよぉ」
中村さんが画面をスイスイとなぞって、水橋さんの投稿内容を画面に映した。
見たこともないくらい真っ白な砂浜と真っ青な海、教科書にのっていた立派なお城、立ち並ぶ高層ビル。どこかで一度は目にしたことのある、有名な場所の写真がたくさん投稿されていた。
とってもきれいな風景でいっぱいだなぁ。
「すごいっ。水橋さん写真上手なんだ」
「へー。金持ちなんだ」
同時にまったく別のことを言うわたしと東郷さん。
金持ち……たしかにこんなにたくさん旅行するなら、お金がたくさん必要だよね。
うちなんか、年に一回となりのとなりの県に一泊するだけだし……。
「で、これが例の投稿。投稿日はたしかに休日だ」
マルさんが一番新しい投稿をタップすると、西洋風のお城の写真が現れた。
これも見たことある……あ、シンデレラ城だ。じゃあ水橋さんはディズニーランドに行ったんだね。いいなあ。
わたしはその投稿と、悪口の投稿とを何回か往復する。
……あれ、この写真、なんか違和感あるかも?
でもだれも言わないし、わたしの気のせいかな。
「ま、次にやることは決まったな」
わたしはまだスマホの画面とにらめっこしてたけど、ちょっと見ただけですぐに興味を失ったらしい東郷さんが、大きく伸びをしながら言った。
え、もう決まったの?
わたし、目の前のことにいっぱいいっぱいで先のことなんて考えてなかった……これが名探偵と凡人の差なのかな。
「水橋ってまだいる?」
「もう帰ったと思うよぉ? 具合悪そうだったし」
「よし、じゃあ明日の給食の時間にまた会おう。今日は解散」
え! 急に解散!?
次になにするか教えてくれないの?
「はぁい。じゃあみんな、また明日ねっ」
ちょっと、中村さんも帰っちゃうの? 東郷さんの思いついたこと気にならないの?
「佐々木はるかさん。もしまた聞きたいことがあったらすぐにワタシのことを呼んでください。いつでもかけつけますから、ね」
もう、こっちはこっちで変になってるし……。
みんなマイペースすぎるよ……。
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