第7話 ありがとう、すてきな人

 さようならーという合図と同時に(フライングだったかも……?)、教室を飛び出す東郷さん。


 もしかしたら、その迷惑さんはすぐ学校から帰っちゃうのかも。それか、ウワサを集めるために動き始めるから、クラスをすぐ出ちゃうとか、かな?


 とにかく、わたしも急いで向かわないと。


 帰りの支度は帰ってきてからまたやることにして、よし、行くぞ!


 ……ってアレ? 中村さんはまだ自分の席に座ってる。というか、男の子とおしゃべりしていて、まったく急いでない!


 三組に行かなくていいのかな。忘れちゃってる……なんてことないよね?


 確かめたいなって気持ちもあるけど、あの輪の中に入るのは怖いなぁ。


 あ、迷惑さん、実はのんびり屋さんだったりして。だから中村さんはそんなに急がなくていいやーっておしゃべりしてるとか。


 うん、そうだそうだ。そういうことにしよう。


 わたしは、ひと足お先に行っちゃうね、って心の中で声をかけて、三組の教室に向かった。


「遅いッ!」


 そういえば、迷惑さんの顔知らないなって気がついたのは、三組の教室に着いたときだったけど、イライラしてる東郷さんがあまりにも目立っていたから、すぐに見つかった。


 東郷さんのとなりで難しそうな雑誌を広げている女の子が、迷惑さんだろう。


 わたしだったら近づきたくないくらいのイライラのオーラを発している東郷さん。迷惑さんは、そのすぐとなりにいるとは思えないくらい平然としている。


「なんでこんなに遅いんだよ! コイツすぐどっか行こうとするの知らないのかよ」

「知らなかったです……。あと、中村さんが急いでなかったから、そんなに急がなくてもいいのかなーって思っちゃいました。ごめんなさい」


 なんかコレ、責任を中村さんに押し付けてるみたい。


 違うの、あの、悪いのはわたしだってわかってるよ、ホントにごめんなさい。


「当たり前だろ。アイツを参考にして行動したアンタが悪い。アイツの行動なんて当てにならないだろ。一ミリも信用するな」

「な~に? 愛実の悪口言ってるのぉ? それをマルちゃんにウワサとして広めてもらおうとしてるんだぁ」


 中村さん! そんなこと思ってないよ!


「ああそうだよ。遅刻だバカ」

「ちこくぅ? どこがぁ? 愛実、凛ちゃんの言う通りにすぐ来たよ。それにマルちゃんいるなら間に合ったってことでしょ?」

「間に合ったのはおれが早く来たからだ! おれが着いたときにはもうどっか行こうとしてるとこだったし。マジで感謝しろよ」


 あ、そうだったんだ。


 じゃあ本当に東郷さんに助けられたんだね。


「ありがとうございます」


 わたしは深々と頭を下げてお礼を言ったけど、となりの中村さんはそっぽを向いて無視してる。


 そんな態度に腹を立てた東郷さんが、「あのなぁ」と口を開いた瞬間だった。


「帰っていいかな? やる事がたくさんあるんだ」


 今まで「無関係です」みたいな顔で雑誌を読んでいた中心人物が、顔を上げて割り込んできた。


 フレームのない楕円型の眼鏡をかけた、丸顔の女の子。座っている姿は小柄に見えるし、つり目がネコみたいで、かわいい女の子だなって思ったけど、イライラしている東郷さんを無視できるあたり、かなり肝のすわった子みたいだ。


 その子に、帰っていいかな、だなんて人ごとっぽい言い方されちゃった。


 もしかして、自分の頭上で起きているケンカに気がついていないのかな?


「いいわけないだろ。アンタのために来たんだから」

「マルちゃんのせいで、せっかくの放課後なのに、口うるさいこの人の顔見なきゃいけないんだけどぉ?」

「あ! ハイハイ! わたし、あなたに用事があるの!」


 東郷さんと中村さんのケンカが終わらない予感がしたから、さっき迷惑さんがやっていたように二人の会話に割り込んだ。


「あの、貝原小学校のウワサを集めてるってホントですか?」

「うん。そうだよ。ワタシ、穂波ほなみまひる。マルって呼んでね_____よし、自己紹介終わり。それで、なんの用?」


 マルさんはニコリと笑った。

 ネコのようなつり目が一気に一直線になって、もっとネコに近づいた。やっぱりかわいい。


 ネコと言えば、近所の野良猫のネコ吉、元気かな。最近見てないから心配だな。


 わたしがネコ吉の思い出にひたるスキをついて、東郷さんがわたしに代わって口を開いた。


「文句言いに来た」

「えー……困ったなぁ」

「心当たりがないなんて言わせないんだからね」


 さっきまでケンカしていたとは思えないくらい二人の息はピッタリだった。


 二人の気持ちの切り替え方、見習いたいなと思ってたけど、ここまで極端すぎるのはちょっとやりすぎかもなぁ。


 あと、こんなに二人から圧をかけられても、にっこり笑顔を崩さないマルさんもすごい。


「逆だよ。心当たりがありすぎて困ってる」


 あ、悪い顔してる。


 悪い顔できるのってすごい。わたしがやってみたら変顔になっちゃうと思う。やっぱり練習してるのかな。


「ふざけんなよ。おれの知らないのがまだ他にもあるのかよ」

「文句言いに来たんだって? いいよ、聞いたげる」

「聞くだけじゃダメッ。愛実の『高校生の彼氏が三人いる』ってウワサ今すぐ取り消して。三股とかひどすぎるからっ」


 そんなウワサあったの?


「おれの『校長先生と口げんかして勝った』ってやつもな。なんでおれが校長と言い争いそってんだよ」


 そんなウワサあったんだ。


 二人はあるわけないから!と怒ってるし、突拍子もないものなんだけど……どうしてかな? ちょっとあり得るかもと考えちゃう自分がいる。


「いいけどさ。ワタシが取り消して意味ある? 広めてるのはクラスのみんなでしょ? それにウワサなんてすぐに消えちゃうから大丈夫大丈夫」

「たしかにそうかもね。でも、うわさを流したマルちゃんが言う資格ないからね」

「そもそも、アンタが余計なことしなければ済んだ話だろ。責任転嫁するな」

「そっかそっか。じゃあ今度からそのウワサは嘘でーすって伝えるようにするよ。

 でも、ワタシとしては、このままほっといておくのをオススメするけどね。せっかく消えかかってるウワサなのに、今から『そのウワサ嘘だよー』ってもう一度話題に出すほうが、記憶に残りそうだからさ」


 たしかに……。

 今からわざわざ波風立てない方がいいのかもしれない。


「そのウソが真実として記憶される方がイヤだ」


 たしかにそうだ!

 それが本人の中で本当のことになるもんね。ちゃんと間違ってるよって言わなきゃ。


 ……あれ、やっぱりわたし、人の言葉に流されすぎ?


「あーわかったわかった。そんなににらまないでよ、訂正しておくから。これで用事は済んだ?」

「うん」

「よし。帰ろ」

「ちょっと待ったーっ!」


 東郷さんと中村さんが帰ろうとするのを、わたしは全力で引き留める。


 まだ本題に入ってないからっ。帰ろうとしないで。


「マルさん、水橋さんのウワサについて知ってる?」

「水橋さん……水橋夏希さんね。うん。知ってるよ」


 うなずくマルさん。


「そのことについて詳しく教えてほしいの。あと、もしその悪口の写真とかあったら、見せてほしい。お願い」


 わたしは深々と頭を下げた。


「うん。わかった。じゃあ教えてあげるよ。水橋夏希のこと」


 やった!


 予想していたよりもあっさりと教えてくれそうで、わたしはホッとする。


 今までの会話から、かなり変な人だと思ってたから。それこそ、あの二人と同じくらいの。


「ありがとう!」

「ただし」


 マルさんは咳払いをして、ひとこと付け加えた。


「タダで教えてあげるワケじゃない。よく言うだろう? 情報は通貨なんだ。情報を渡すからには、そちらからも有益ななにかを渡さないと。そうやって取り引きは成立するんだ」


 ……取り引き。わたしがお菓子を買いたいときに、その分のお金を払ってお菓子と交換するのと同じってこと、かな?


 うーん、大丈夫かなぁ。わたしあまりお金もってないよ。


「お金なんてとらないよ。ただ、ワタシが知りたいのはひとつ。君のことだよ。佐々木はるか」


 わたし?


「四月小倉天事件。その当事者である君に、話を聞きたいんだ。_____あの事件はあまりにも不可解なことが多すぎる」


 不可解? そんな言葉、刑事ドラマの中でしか聞いたことないよ。


 それにあの出来事にそんな名前がついていたなんて知らなかった。大げさだよ……。


「あ、それは愛実も聞きたーい」


 はいはーい、と中村さんが手を上げた。


「愛実、そのウワサのことしか知らなかったから、はるかちゃんのこと、もっとヤバ~い人だと思ってたんだぁ。でもちょっと話してみたら全然違ってビックリしちゃった」

「賛成。アンタの頭の中どうなってるの?」


 東郷さんがうなずく。


 急に三人からの鋭い視線の的になったわたしは、うろたえながらも、ええと、となんとか声を出した。


「わたし、説明するの下手だから、わたしの頭の中のことを話そうとしても、うまく伝わらないと思う……。でも、なにがあったかを話すくらいならできる、と思う」

「ダメだ」


 え? それを説明してほしいんじゃないの?


「なにがあったかくらい知ってる。さっきも言ったけど、おれが知りたいのは、佐々木はるかの頭の中。


 正直、アンタって本当に意味がわからない。弱虫で受け身かと思えば、急に積極的に行動したり。今だって、自分だってハブられてるくせに、水橋のために状況を改善しようとしてる。自分を後回しにして。どうしてそんなことしてんの?」


「どうしてって……。わたしが仲間外れにされてるのは当たり前だけど、水橋さんは違うかもしれないから……」

「なんでそう思うの?」

「なんで……? えっと、その、わたし、考えてることはいろいろなんだけど、うまく言葉にできなくて」

「うるさい。全部言え」


 暴言!


「全部って? わたしの頭の中めちゃくちゃだよ」


「全部教えて。愛実たち、はるかちゃんと話すたびに、はるかちゃんのことわかんなくなるの。なんでかなぁ?」


 そうなんだ。わたし、そんなふうに思われてたんだ。

 わたし、自分でも何を考えているかわからないくらい、頭の中がゴチャゴチャになっちゃうことはよくあるけど、考えていることは単純だよ。


 ただ、単純な考えが頭の中に溢れかえっているだけ。でも、うまくまとめられないから、ゴチャゴチャのまま出力するしかなくて。


 それで、いつも伝わらないから、もう伝えなくてもいいかなって思っちゃってた。

 でも、それじゃダメなんだね。


 _____じゃあ、全部話すよ。長くなると思う。ごめん。


 わたし、シンデレラじゃなかったんだ。

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