第6話 秘めたるチカラ

 肉体改造をこころざし、周回を開始してから20日が経過した。


 まだ体型的に大きな変化はないが、体力は着実についてきている実感がある。


 それは、いつものようにエニグマダンジョンでの周回を終え、実家へ帰る時の足取りの軽さからもうかがえた。


「ふぁ……さて、と」


 いつもなら体力回復のため、昼食のあと2時間は休む。だが、今日は午後からデュネイとの魔術鍛錬が始まるので30分程度しか寝られなかった。


 にも関わらず、身体は軽く妙にスッキリしている。こういった点でも、体力の底が確実に上がってきていると実感できる。


「アーク様。デュネイ様がお越しになられました」


 自室の扉の外からゲッティの声が聞こえた。


「ああ」


「ガウル伯爵様にご挨拶を済ませてから、修練場に向かわれるそうです」


「わかった」


 正直、来てくれないんじゃないかという不安は少しあった。


 杞憂きゆうであってくれてよかった。魔女はしっかり契約に従い、時間通りちゃんとシュテリンガー家を訪れてくれたようだ。


「それと先ほど、メアリーベル様もお越しになられました」


「なに?」


「奥様とご歓談かんだんのち、修練場に向かわれるそうです」


 タイミングが悪い。

 なんでいきなりメアがウチに来るんだよ。しかも修練場になんの用がある?


 エニグマダンジョンの件があって以降、彼女は両親から見張られ、僕と関わることを禁止されているハズなのだが。


 また家を抜け出してお忍びで来たのだとしたら、今度こそウチは潰されるかもしれない。


 ちなみに奥様ってのは僕の母親のことだ。


「それとオーベルク様も、定期訓練の時間をなぜか今日は早めておられますので、修練場にまだいらっしゃるかと思います」


「客人が来る。とっとと引き下がるよう言っておけ」


「かしこまりました」


 そう言い残し、僕の部屋を去っていくゲッティ。


 その足音を聞きながら僕は悩んだ。


 ったく。なんでよりにもよってこんな日に限って。今日はデュネイと魔法の鍛錬を開始する日と決まっているのに。


 1人でも対応に苦労するクセの強い女性たちを、3人も同時に相手をするなんて僕には無理だ。


 オーベルクはゲッティの言伝ことづてで切り上げてくれるだろう。


 あとはデュネイと会う前に、メアを説得して強制送還そうかんさせなければ……


「アーク様!」


 早いな。もうオーベルクのところまで行って戻って来たのか、ゲッティ。


 まだ数十秒しか経っていないんだけど。


 原作だとステータスとかなかったキャラだからわかんないけど、実は彼女、裏能力で敏捷性びんしょうせいとか物凄く高かったりするのかもしれない。


「早かったな。ご苦労。すぐに行く……」


「大変です、アーク様! 修練場で、戦争が起こりそうなんですっ!!」





 急いで修練場へ向かうと、そこはすでにありえないほどの張り詰めた空気が場を支配していた。


 先にオーベルクが視界に入った。

 明らかに殺意を秘めた眼差しで誰かを見つめている。


 彼女の視線の先――


 デュネイがいた。


 そして、まるでトライアングルの陣形でも敷いているかのように、もう一人の少女がその三角形の頂点のひとつを作っていた。


 メアリーベル・アシュ・クリストフ。

 僕の幼馴染の、公爵令嬢だった。


 どうやら予想よりもずいぶん早く、3人がこの修練場へ集まってしまい、バッタリとはち合わせてしまったようだ。


「デュネイ・アーカイヴよ。よろしくね、騎士団長」


 オーベルクのにらみなどまるで気にする素振りもなく、サラっと軽めの自己紹介をするデュネイ。


 アレは完全に相手を見下している。


「誰だ貴様は。修練場ここは我ら騎士団の清廉せいれんたる聖地だぞ。不浄のやからがおいそれと足を踏み入れてよい場所ではない」


「不浄? 私が?」


「ほかに誰がいる? ローブの隙間から見せつけている、その谷間が動かぬ証拠だ」


 あーね。

 僕もアレはこの場に相応しくないとは思う。


 男にとって眼福がんぷくではあるが、女性同士だったらそう感じても致し方がない。


「しょうがないじゃない。この、主張が激しいから」


「オーベルク! この女性ヒトぜったい色魔しきまよ! アークを誘惑しておウチへお持ち帰りしようとしているんだわっ! なんて汚らわしい!」


 キーキーわめいているのはメアだ。

 さすがにこの場じゃ君は無力だから、大人しくしておいた方がいいぞ。


「さっきから誰かいると思ったら、クリストフ家のちんちくりんじゃない」


「だ、誰がちんちくりんよっ! 私にはメアリーベルっていう、お父様が付けてくださったステキな名前が……」


「アナタのお父さん、私、好きじゃないのよね。たくさん仕事してあげたのに、報酬はケチるし、お金は貸してくれないし」


 公爵家にまで金を借りようとしたのかよ、この魔女は。


 僕の父くらいのものだよ。

 アナタにお金貸すの。


「アーク様とメア様はお下がりください。この女狐めぎつね、我が愛剣のさびにしてくれましょうぞ」


 腰に携えた長剣を抜き、戦闘態勢に入るウチの女騎士団長。


 デュネイは敵ではない。

 なに勝手に戦おうとしてんだよ、オーベルク。むしろ今ここで場違いなのはアナタとメアなんですけど。


 魔女は魔女で、さっきからずっと相手をあおるムーブだし。



 ……なんか、腹立ってきたな。



「いいわよ、脳筋騎士。白豚くんとたわむれる前に相手してあげる」


「そのふざけた舌の根が乾かぬうちに、バッサリと切り落としてくれる」


 ったく。

 どいつもこいつも……


 この悪役貴族たる僕の預かり知らぬところで、ふざけるのも大概たいがいにしろよ。


「いいかげんにしろ……」


「いくぞ、色欲しきよくの魔女」


「どこからでもかかってらっしゃい」


「いい加減に、しろぉぉぉぉ!!」


 僕は結構本気で、怒ってみた。



 すると……



「なっ!? なんだ、この威圧感プレッシャーは!?」


 僕の尋常じんじょうならざる雰囲気に驚愕きょうがくを隠し切れないオーベルク。


「ひゃああああ! ア、アーク! アンタいったい、何をしたのよぉぉ!!」


 メアは僕のただならぬオーラに圧倒され、尻もちをついてあたふたしている。


「この条理じょうり逸脱いつだつしたありえない波動……やっぱりこの子、実に、面白い……」


 まるで常人にはえない何かをたかのような仕草とともに、思わず不敵な笑みを浮かべるデュネイ。


 自分でも今、自分がなにをしたのかわからなかった。


 ただ、魂の深淵しんえんに深く刻まれた、魔力とは違うナニかが一瞬だけ震えたような、そんな気がして……


 ……いや、でもまぁ。

 ここで深くこの事について考えてもしょうがないか。こういうのってたぶん、時間が解決してくれると思うんだよね。


 この“秘めたるチカラ”の正体がわかる日は、そう遠くない将来、いずれ向こうのほうから必ずやって来る。今は一旦、楽観的にそう考えておくことにしよう。

 

 そんなことよりもだな……


「メア、オーベルク。この場は大人しく下がれ。僕はこれからしばらくの間、この魔女と魔法の修行を行う手筈てはずとなっている」


 至って冷静に、僕はこれからのスケジュールを整理して皆に伝えた。まだポカーンとしている様子だけど、二人ともちゃんと僕の意思、伝わってる?


 隠されたチカラとか、そんな理解不能な能力に構っている暇など今の僕にはないんだ。破滅回避を確実に成し遂げるため、僕は常に優先度の高いことから順にやっていかなくてはいけない。


「そういうこと~。さ、軟弱なザコどもはケガしないうちにとっととお下がんなさいな。シッ、シッ!」


 肉体改造と同じくらい、魔法の腕を上げる修行というのは僕にとってその優先度が最上位の行動となる。デュネイは僕の師匠という意味で最適解……っておい、魔女。



 僕の大事な仲間たちをこれ以上、不必要にあおるんじゃないよ!


 “秘めたるチカラ”で、たたっ斬るぞ!!

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