第12話


「デボラ、今回の勝負は君の勝ちだ。協力しても良い。だが……ジャムを売るだけでは……ワクワクしないなぁ」


おじ様の声に我に返る。この屋敷に想い出が多すぎるせいか……直ぐに過去が私を捕まえに来てしまうようだ。


「おじ様の言いたいことは分かります」


「デボラ……本当はどうしたいんだ?」


おじ様は少し口角を上げる。私の話に興味を持ってくれるだろうか?


「ブラシェール伯爵領に隣接する王都寄りの土地は王家の管理している場所です。今は荒れ果て人は住んでいません」


「確かに。それは先ほども言っていたな。で?」


おじ様はテーブルに両肘をついて両手を組んだ。


「私はブラシェール伯爵領で採れた新鮮な果物を王都の皆さまに食べていただきたい。そのために王家からその土地を買い取りたいと思っています。王家だって、持て余している土地です。荒れ果てた土地は何も生み出しておりません」


「そうだな。税収があるわけでなし、特に思い入れのない土地だろう」


おじ様はウンウンと頷いた。


「あの土地をブラシェール伯爵家で買い取れば、王都への道を整備することが出来ます。ただ……今のブラシェール伯爵家にはその力はありません。かといって領民に負担を強いることは出来ません。まずは収入面をもっと安定させる必要があります」


おじ様は組んだ両手の指をくるくると回し、何かを考えるように目を閉じた。


「ふむ……。それでジャムか」


「はい。まずはそこから」


「……よし、分かった。砂糖は商会を通さず、直接デボラ、君に売ってやろう」


「本当ですか!?」


私は思わず立ち上がる。ガタンと椅子が大きな音を立てた。


「あぁ。だが条件がある」

「もちろん、分かっております」


おじ様ならそう言うだろうと思っていた。おじ様は私やブルーノを試すのが好きだった。

彼は組んでいた手を離し、人差し指を顔の前に持ってくると言った。


「一年。一年で結果を出すんだ。でなければこの取引は一年後に無効。砂糖は商会を通じて買うようになるぞ。どうする?出来るかい?」


「やり遂げると約束します。一年後、ブラシェール伯爵領で採れた新鮮で美味しい果物を王都の皆さまへと届けてみせますわ」


私が力強くそう言いうと、おじ様は目元の皺を深くして微笑んだ。


「楽しみにしているよ」


まるでおじ様のその言葉を待っていたかのようにメイドから昼食の準備が整ったと声が掛かった。




昼食後、私はレイノルズ伯爵領にある小高い丘の上に居た。

そこにブルーノは眠っている。この丘からレイノルズ伯爵領を見渡せる。私達はよくここから領地を見ながら将来を語り合った。


私はブルーノの墓前に白い五本の薔薇を手向けた。

花言葉は『あなたに出会えたことへの心からの喜び』

彼が私の十五歳の誕生日に花言葉と共に贈ってくれた花だ。本数によって花言葉が変わると教えてくれたのも彼だった。


「ブルーノ。ごめんなさい、中々来れなくて」


話しかけても答えてくれる明るい声はない。


「またおじ様と賭けをしたわ。……前の勝負はおじ様の勝ちだったのに……」


花嫁姿を見たいと言ったおじ様は、結局、結婚式を欠席した。体調不良だと言っていたが、きっとレニー様やハルコン侯爵家に気を使ってくれたのだろうと私はそう思っている。


「おじ様に結果を出すのに一年って言われたわ。無謀かしら?でも……ブルーノ、私ね、今とてもワクワクしてるの。ブラシェール伯爵領に場所を移したかもしれないけど、領民が笑顔で暮らせる領地にする……ブルーノと語り合った未来を実現出来るように頑張る。ねぇ……応援してくれる?」


── ザーッ


その時私の後ろから木々を揺らす風が吹いた。もちろんブルーノからの答えがあるわけではないが、私は彼から『頑張れ』と背中を押されたような気持ちになる。


「ありがとう」


私はブルーノにお礼を言うと、丘のふもとにある馬車まで力強く歩いていった。




レイノルズ伯爵領を後にした私は実家へと戻った。両親は私がブラシェール家を追い出されたのではないかと心配そうだ。


もちろん私は『上手くやっているから大丈夫』と両親を安心させることを忘れない。別にレニー様に言われたからではない。無駄に両親の不安を煽る必要がないからだ。


次に安心した両親からは何度も『子作りを早く!』と急かされた。

跡継ぎを残すことで、私の立場を確実なものにするように、との助言であるが、そんなもの出来るわけがない。だって初夜のあの一度きりしか、レニー様と私は体を重ねたことはないのだから。



実家とはこういうものだ。ホッとする場所ではあるものの、親の過干渉が少し煩わしい。反抗期などという歳ではもうないが、少しだけ放っていて欲しい……とも思う。



翌朝、私は実家を後にした。目的は果たされた。後は私がそれをどう上手く使えるか、だ。


「帰ったら、また直ぐにブラシェール伯爵領へと行かなくちゃ」


馬車の中で一人呟く。侍女を連れて来なかったのは、一人考える時間が多く必要だったからだ。

大抵のことは一人で出来る。装いだって質の良いシンプルなワンピースだ。一人で着られる。

ただ、厄介なのはこの長いブロンドの髪だろう。洗髪するのがあまりに面倒くさい。私は簡単にハーフアップにした自分の髪を指先でクルクルと弄んだ。



約一週間の旅路を経て、ブラシェール伯爵家に戻る。


玄関ホールでは家令が出迎えてくれた。


「お疲れ様でした。久しぶりのご実家はいかがでしたか?」


「親というのは……ありがたいけれど少し面倒な生き物ね」


私の言葉に家令は苦笑する。


「親にとって子どもはいつまでも子どもですからね」


「そういえば……貴方、家庭は?」


「一度結婚しましたが、離縁しました。今は気楽な独り身です」


そんな過去が彼にあったとは……。もう少し使用人との会話が必要だと私は考える。


「そう……。不躾な質問をしてしまってごめんなさい」


「いえいえ。過去のことなど私は一向に気にしていませんから」


「私、貴方のことを知らなすぎたわ。年齢も家庭環境も……」


「別に私の人生なんて……そんな面白みもないですよ」


玄関ホールから移動しながら、私は家令との会話を続けた。



「……夫婦なんて、お互いよく分からないもんですよ」


急に家令がそう口にした。しかも少し躊躇うように。私とレニー様の関係について、思うところでもあるのかしら?


「そうかもしれないわね……だって他人だもの」

血が繋がっていたって、完全に理解し合うことなど到底無理だ。


「ですねぇ。私も妻に他に好きな人が出来たと告げられるまで、全く何も気づきませんでした。そんなところが愛想を尽かされた原因なんでしょうけれど」


家令の話に驚いて、私は廊下で足を止めた。


「……それが離縁の?」


「まぁ、そうです。私は仕事人間で、あまり家庭を顧みることがなかった。その報いを受けたんですよ。妻……いや、元妻を恨んだことはありません」


「でも……」


「ですから奥様。他人の気持ちなんて分からないんです。口に出さなければ、何も。勝手に推し量ったところで正解は本人にしか分かりませんから」


「それは……私とレニー様には会話が必要……そう言いたいの?」


つい拗ねた口調になる。レニー様との関係が悪いのは私だけが原因ではない。


「奥様がご実家に向かわれたあの朝、旦那様は随分と慌てておいででしたよ」


それは、私が実家でレニー様の不満をぶち撒けるとでも思っていたからだろう。レニー様は体裁を気にしただけだ。だけど、家令にそれを言っても仕方ない。


「一応アドバイスとして受け止めておくわ。でも、私がそうしたところで、レニー様が変わらなければ、何も変化しないと思うけど」


私はまた歩き出す。家令は私の言葉に頷きながら「前途多難か……」と小さく呟いた。




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