プロローグ:霞鳥村の断片 - インクの染み

 XX県警本部、捜査第一課。

 フロアに響く電話のコール音と、キーボードの乾いた打鍵音。その喧騒の中で、ベテラン刑事の佐藤は、プリントアウトされた一枚の紙片に目を落としていた。地元の新聞社が運営するニュースサイトの記事。インクの匂いがまだ新しい。


「またか……」


 思わず、低い声が漏れた。


 見出しは『山間部で移住者の女性が消息不明に 県警が行方を捜索』と、事務的なフォントで印字されている。

 記事の内容は簡潔だった。霞鳥村に移住していたフリーライター、田中沙織、二十八歳。家族から捜索願が出され、警察が捜査を開始したこと。そして、霞鳥村で外部からの移住者が消息を絶つのは、今年に入って三人目であること。


 三人目。その数字が、佐藤の眉間に深い皺を刻ませる。

 一人目は事故、二人目は偶然。だが、三人目は違う。それは「パターン」だ。パターンは、意思の介在を示唆する。


 記事は当たり障りのない言葉で締めくくられている。『何らかの事件に巻き込まれた可能性も視野に』。だが、佐藤には分かっていた。これはもう、「可能性」などという生易しい段階ではない。


 霞鳥村。地図の上ではただの緑の染みでしかないその場所に、何かがいる。人を呑み込む、得体の知れない何かが。

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