第18話 氷樹の眠り姫
うわー、マジでそういうの勘弁してくれよ。せっかくいい感じに終わらせたのに。そういう事するか?はあ。
「先生、俺当たってないですよ。杖を狙ったんだと思います。びっくりしたけど、大丈夫ですよ」
先生方はあの瞬間こちらから目を離していたからこの嘘は通るはず。生徒もあの一瞬だと何が起きたのかわからなかっただろ。多分。それと二階の人たちは……うん、あっちはもう運頼みだな。
とりあえずこの場がどうにかなれば良し。
「って、言ったってな佐藤……武器を持っていない状態の相手にスキルを撃ち込んだことが問題なんだぞ」
「あ、いえ、須田が……須田が雷撃を放った瞬間は武器持ってましたよ」
「「え?」」
口には出してないが、先生二人の目が何言ってんの?とそう言っていた。
「じゃなかったら俺がこうして無事なわけないじゃないですか」
「……いや、まあ……それはそうだが」
「だが須田が試験終了後にスキルを放ったのは事実だからな」
「いえ、俺は気にしないので大丈夫です」
怪訝な顔をする先生二人。
「……お前がそういうのであれば、まあ」
樋口先生が俺がそうして欲しいという意図を読んでくれたのか、この場をそれで納めてくれた。
そう、今須田になんかあったら困るんだよ。もしこれで今度のダンジョンのバイトが消えたらまずいからな。
そうして、その後滞りなく試験は進み約二時間後、結果発表が行われた。
生徒たちの名前とランクが書かれたデジタル掲示板が廊下の壁に表示されていた。
――ざわざわ
試験を受けランク付けされた生徒たちは勿論、ギルド関係者や生徒の親、他の学年の人たちも見に来ている。
「すげえな」「え、やば……」「佐藤って誰だ」「すぐに探せ」「名詞だけでも渡しとくか」「え……マジでかよ」「スキル無しが!?嘘だろ!!」「二年ぶりのCかよ」「これって例のダンジョン遭難の?」「げ!!よく見たら総合値えぐいな……ってしかも上って!!」「いるとこにはいるんだなー」「てか須田くんEってマ?」「え……あ。く、ふふ」
人だかりの隙間から俺は自分の名前を確認し、呆然とした。ひくひくと頬がひくついているのを感じる。
第2学年
佐藤 歩 (19)
シーカーランク【C+】
……いや、まておい……嘘だろ……。
あんなに頑張ったのに、なんで!?あの感じでこんな高ランクありえないだろ!こんなの不正だ、評価ミスだ!!
下振れるならまだわかる。いや、下ぶれてもそれはそれで困るんだけど……でも、上振れる要素はどこにもなかっただろ。
そうして頭を抱えていると、その場にいる人たちからの視線が自分へと集まってきている事に気が付く。
「君、佐藤くんだよね?」「え、佐藤?」「佐藤君、入りたいギルドってもう考えてるんですか?良ければウチのギルドに……」「佐藤すっげえな、お前。見直したぜ!」
掲示板の人だかりが次第にこちらへと集まってくる。
「……あ、えーと……すみません、用事があるので!」
俺はその状況に耐えられず逃げ出した。ちなみにギルド勧誘は禁止されているのであしからず。学校側を経由するのが正式な手順である。
「お、佐藤……!」
「樋口先生」
廊下を歩く先生と鉢合わせた。
「ちょうど今会議が終わったとこだ。例の件でお前を迎えにいこうと思ってたんだよ。ナイスタイミングだ」
「あ、そうでしたか。よろしくお願いします……って、ちょっと聞いていいですか?」
「ん?」
「あの試験結果の事なんですが」
「おお!そうそう、C級おめでとう!!職員室でもその話題でもちきりだよ。先生鼻が高いぞ、はは」
「ありがとうございます。……けど、なんか評価おかしくないですか、あれ。俺Cとれるような測定内容でした?」
「……その反応。お前、やっぱり手抜いてたな」
「え、あ、いやそんなことは」
「Cなのにあんま喜んでないしな。普通シーカー候補生なら感極まって泣くだろ、この評価」
「……いやぁ……」
「まあ、だが腑に落ちた。お前、明らかに変な測定結果がちらほらあったもんな」
「……」
何も言えねえ。廊下を歩きながら、俺は窓外に視線を逸らして誤魔化す。
「やっぱ目立ちたくなかったからってのが理由か。……気持ちはわからないでもないが。けど、いいギルドには誘われたいだろ」
「まあ、そうですね……でも、あまり変に目立つと面倒ごとが増えるんで。普通で十分です」
それが俺だけが迷惑を被るくらいならまだいいんだけどさ。
「まあ、それもそうだな。確かに力を持てばそれだけの責任と義務が生じる。AやSともなれば強制的に国から任務の招集をかけられるし、自由が奪われる。その分できることが増えるし、莫大な報酬も手に入るがな」
確かに魅力的ではある。特にA、Sだけしか入ることの許されない『禁域』と呼ばれるSランクダンジョン。俺がこの先ポイントを稼ぎ続けるなら、そこに行くことは必須になるだろう。
でも、まだ俺はCで『スキルポイント+』を解放してもBの中間くらいの実力だろう。『覚醒者』と『影の王』を発動させて瞬間的にAの下くらいかな。実際のA、Sの強さを知らないからわからないけど。……まあ、要するにまだまだそのレベルの事を考えるのは早いってことだ。
(って、そうだよ。なんでそんな話してるんだ?)
「あの、先生……そんな次元の違う話されても。俺はただマスコミとかがウザいだけです」
「ああ、そっちか。はは、気が早かったかな」
「早いも何も、そのレベルのシーカーなんて一握りでしょう。国内のA級は100人もいない。S級にいたっては6人だけ。そんな人たちの話をされても」
「まあな。だが、俺はお前がそうなるんじゃないかって思ってるよ」
「……え」
「俺はお前の事をずっとみていた。陰で努力しているのを知っている。その成果は魔力の力強さとその流れに現れていたからな。スキルが無いせいで総量は少なかったが、今はもうその部分も克服された。お前はこれからもっともっと強くなれるよ」
先生の言葉が嘘ではないことがわかるからか。胸の奥から何かが込み上げてきて、言葉に詰まる。
「まあ、だからこそあの日、お前がダンジョンで遭難した日……俺はお前を須田のチームに入れたんだけどな」
「え?」
「須田はかなり注目度の高い奴だ。あいつをみに来るギルド関係者は多い。だから、そこでお前の力を見せることができたなら、もしするとスカウトが来るかもしれんと思って。まあ、あんな事故が起きてしまってそれどころでなくなってしまったが」
「……ありがとうございます。あれ?もしかして今日の対人戦の試験もじゃあ」
「ああ、そうだ。まあ、お前の目論見とは違う結果になってしまったが。すまないな」
「いえ、先生がそんなこと知るはずもないですし。っていうか、結局なんで俺がCになったんですか……測定結果は結構微妙でしたよね」
「そうだな。測定だけを見ればお前はEだった。ただ、須田との戦いで評価ががらりと変わった」
「……最後のあれですか」
「ああ。あの試験ではより実戦的な動きを基準として採点していた。その上でお前はほぼ満点。相手の動きを正確に予測し、無駄の無い動きと魔力操作、適切な場面最低限の魔法で須田に隙を作った。あの時点でお前の評価はもうDだった。ちなみにその後、須田が一方的にお前を攻撃していたが、魔力や体術で全部上手く受け流してただろう。あれでDの上評価」
くそ、うまくやってたつもりが、そんなとこまでちゃんと見られてたなんて。流石はB級シーカー……。
「じゃあ、やっぱり」
「そうだ。C+になった決定的なポイントは試合後の『矢雷』への対処。試験が終わり気が緩んでいるであろう所に放たれた奇襲。それをお前は完璧に防いだ」
「試験官がみてないと思ってました」
「二階の試験官がちゃんと見てたぞ」
「……いたんだ」
「いたぞ」
そりゃいるか。
「しかも素手でパリィしてたそうだな。それも他の人間に危険が及ばないように真上へ弾いた……とんでもない反応速度だ」
ぜんぶ把握されてる。これは隠せてると思ってた先までの自分が恥ずかしくなってくるな。
「それでCの上に?でも、試験後ですよね。評価に含まれませんよね」
「まあ当然そういう話にはなった。しかし、それによって今までの測定が手を抜いていた可能性が高いとなってな。あの反応速度と的確な魔力操作、弾いた魔法の行く先をコントロールする器用さ諸々……じゃあ、投擲とかのコントロールミスってありえなくない?って話になって。まあそんな感じで、その最後のパリィを念頭に再評価するとC+になった」
あれさえ、なければ……くそ。マジで、あいつ……須田あああああ!
「まあ、そんなわけで評価関係はどの道俺一人にはどうにもならなかった。すまんな」
「あ、いえ……」
「でも本当に頑張ったんだな」
「え?何がですか」
「須田との戦闘。あの戦いなれた動き……お前がどれだけ中層を必死に生き延びたのかが目に浮かぶ。死線を何度も潜り抜け、幾度となく修羅場を経験した奴の動き。毎日が死と隣り合わせだったはず……頑張ったな、佐藤」
「……はい」
記憶が無い設定だったが、俺はそう答えた。素直に頑張りを認めてくれたことが嬉しかった。
そのせいかC級になってしまった暗い気持ちが少し和らぎ、落ち着いた。
そうして目的地へ到着。そこはあの日、俺が遭難したダンジョン『小鬼の地下洞』
あれからここは協会の許可がないと入れない立ち入り禁止区域になっている。
「俺が先行するからな。足元気を付けて歩けよ。それから、妙な魔力の流れがあったら……」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですって。行きましょう、先生」
結界を解除。二人でダンジョンの奥へと歩いていく。すると足元の岩盤が凍り付いていることに気が付いた。凄まじい冷気が漂っている。その原因はあの巨大な氷柱だろう。
「……あれが」
「ああ。朝比奈だ」
近づきその氷柱を見てみる。すると中に一人の少女が眠っているのが見えた。まるで赤子のように体を丸め、うっすら目を開けている。
長い睫毛、整った鼻の形。そんな場合じゃないのに微かに胸が弾むのを感じた。
(……綺麗な人だな)
「どうだ?朝比奈 澪。同じクラスの同級生……覚えてないか」
「……残念ながら、無いですね」
「そうか。お前ら仲良かったのにな」
……そうだろうな。じゃなきゃ、記憶があるはず。
彼女に関する何もかもが綺麗さっぱり無くなっている。ただ、
(……この痛みは)
何か大切なモノを失ったという確かな痛みと、その喪失感だけは残っている。
「……おや、君は」
背後から声がして振り向く。するとそこには、見覚えのある中年男性がいた。
「朝比奈さん……!」
すんなり出た言葉。俺は彼の名前を憶えていた。朝比奈という事は、この氷柱の子の家族か何かだろう。
「久しぶりだね、佐藤君」
「はい」
「君も大変だろうに。わざわざ娘に会いに来てくれたのか。ありがとう」
娘……そうか、この人は父親だったのか。
彼は氷柱の彼女を見上げ、目を細めた。
「心的ストレスで呪が暴走してしまったらしい。魔力が噴き出し、あたりを凍らせて眠ってしまった。樋口先生が瞬時に対応してくれなければ、ここら一帯の街を飲み込み氷の国に変えてしまっていたところだったんだよ。そうならなかったのがせめてもの救いだ」
朝比奈さんが樋口先生へ顔を向けると、先生は頭を下げた。
氷柱の前に朝比奈さんがしゃがみこみ、花束を置いた。そして手を合わせ祈っている。
「さて、娘の顔も見たことだしそろそろ帰るよ。……君は娘の分まで元気にな」
そういって朝比奈さんは帰って行った。陰のある笑みが俺の心を暗くした。それはまるで、あの時の母親の眼に似ていたからだ。
子を想う親。泣いて泣いて、涙が枯れた後の瞳……あれはそう言う眼だった。
「先生、彼女は……この氷は解けないんですか」
「……残念だが。今日まで協会も朝比奈さんもあらゆる手を尽くした。だが無理だった。この朝比奈の力はA級シーカーの解呪スキルでも太刀打ちできないレベルなんだ」
「A級……S級は?」
「S級ならやれるかもな。ただ、彼らに頼むのは難しい。俺達にはその伝手もないし協会は基本的にS級への依頼を受け付けない」
「……なぜですか」
「S級っていうのは貴重な存在なんだ。ダンジョン攻略だけではなく国のカードとしても。だから協会に要請したとしても、国がそれを阻む。万一があったら困るからな」
俺は氷柱に手を当てる。この感じ、俺のスキルじゃ全く歯が立たない。スキルレベルを上げれば何とかなるかもしれないが……今のポイントでは全く足りない。
彼女の父の表情が頭を過る――ズキンと疼く痛みに、俺は何とかしたいという思いに駆られた。
(……ポイントがあれば。何とかポイントが稼げれば、もしかしたら)
「……さて、そろそろ帰ろうか。家族が家で待ってるぞ」
「はい」
いつか、君も――。
そんな想いを胸に俺は歩き始めた。
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