太陽よりも高く、もっと高く
横浜いちよう
第1話 大学生活の始まり
俺たちはよく、本校舎の学食の隅の隅でどんよりとしていた。この学食は不味いと評判だったが、元々、味音痴の俺は、そんな事は全く気にならなかった。キーボードをやっていた、学年が1つ上の先輩は金持ちの子で、いつもいつも、使ってる油が安っぽいだの、どこどこのレストランと比べて味が酷すぎるだの、何かと文句を言っていた。でも俺たちは、この学食の隅が気に入っていた。少し不味くて人気が無いぐらいが、ちょうど良かった。
「おーいたいた。だいたいお前らここか、駅前のモスのどっちかだな。」
「ちわッス」
「この後の部会待ち?」
「まあ、いちおう。」
俺らのサークルの部会は毎週夕方6時から、このテーブルの逆側にある木の八角形の椅子とテーブルになってる所でやっていた。
文化祭も近くない今の時期に部会に出る意味はほとんどないんだが、唯一の出る意味は、スタジオに改造された部室の使用予約をする事だ。貧乏大学生の俺らにとっては、スタジオ代は重く、それが、月¥2000の部費さえ払えば、予約が被らないかぎり、使いたい放題というのは、魅力だった。このダサい名前のサークル(部に昇格してはいるが部というほどの気合いは、今の部員にはない。みんな遊び半分なので、サークルと呼ぶ方がしっくりくる)に入っている理由の99%はスタジオ代の節約の為だった。しかも、文化祭近くにならないとみんな活動しないので、定期的に予約を入れるバンドは、全学年通して3つしか無かった。
「偉い偉い」
「はい、俺ら真面目なんで」
「先輩こそ久しぶりなんじゃないですか?」
「そうそう、メンバーに呼ばれちゃってさぁ。呼ばれなかったら来ないよ、こんな不味い学食なんか。逗子のイタリアンでも食べに行くよ。」
出た出た、成金趣味。この先輩ってホントに金持ちなのかなぁ?凄い頑張ってるだけだったりして。
「メンバーって、どのバンドのですか?」
うちのベース(B)が聞いた。
「それが、どれでも無いんだよー。新しいバンド立ち上げたいらしくてさー。まあ、メンバーはほぼ一緒の面子なんだけどね(笑)。」
「今度は何のコピーやるんですか?」
「何でコピーと決めつけるんだよー!オリジナルかもしれないでしょーが!」
「オリジナルなんですか?」
「まずはコピーやって、ゆくゆくはオリジナルもやるらしい。」
1つ上の代のこのグループは、福祉課の女のボーカルの先輩を中心に、いつもコピーバンドをやっていた。レベッカかプリプリか、たまーにゼルダって感じだった。よくある大学の学際バンドって感じだった。
「今回はショーヤだって、渋いでしよー!」
「ショーヤ!ハードロックじゃないですか?よくあのエル先輩が歌う気になりましたね?」
「なんか今回は激しいのがやりたいんだって。」
「珍しいですね。」
「ミツヤ先輩に何か言われたらしいよ。そんなチャラチャラヘラヘラとバンドやってて楽しいの?みたいな事。ほら、ミツヤ先輩はバリバリのスラッシュメタル好きでド硬派じゃない?だから俺らのプリプリとか気に入らなかったんじゃないかなー?」
気に入るも気に入らないも無い、ミツヤ先輩は君らには関心が無かっただけだと思うが。それにしても、わざわざそんな事言うとは思えないけど、何か勘違いして、元々あった劣等感が刺激されただけじゃないのかなぁ?
「でもショーヤってキーボードありましたっけ?」
うちのドラム(Dr)が聞いた。
「知らなーい。聴いた事ないから。」
「スガヤ先輩がショーヤ聴くわけないじゃん。オメガトライブしか聴かないんだから。」
「失礼な、サザンも聴きます!ていうか、お前ら俺らのバンド馬鹿にしてない?」
「いやいやいや、何をおっしゃいますか、リスペクトですよ、全てリスペクトからくる発言ですよ。まずボーカルのエル先輩が歌が上手い!あの伸びのある声!ノッコの真似をさせたら日本一!あれだけバンドでノッコの歌を歌ってるのに、カラオケでもレベッカ歌うらしいじゃないですか!」
「やっぱり馬鹿にしてるでしょ?」
「何言ってんですか、怒りますよ!リスペクトしてますよ!そしてドラムは、うちの部ナンバーワンのドラマーである島先輩の愛弟子!なのに、すぐリズムがもたることで有名な中野先輩!本当はアイドル大好きなのに無理してスラッシュメタルを聴いてる中野先輩!後輩のアパートですぐパン1になり、すぐ冷蔵庫を漁るデブの中野先輩!」
「まあ、中野は言われてもしょうがないかなー。悪い奴じゃないんだけど、ちょっとデリカシーがないよねー。」
「こないだ、ギターのシンイチが部屋に帰ったら、中野先輩がいて、またパンツ一枚で、勝手にシンイチの米を炊いて食ってたらしいんですよ。おかえりーだって。鍵開いてました?って聞いたら、こないだ合鍵作っといたよー、だって!!!こーっわー!!!」
「一人暮らしの奴は中野先輩にアパートを知られるのを最も恐れています。」
「ちょっとねー、あれはまずいよねー。」
「しかも、自分はドラムがうまくて、後輩に慕われてると勘違いしてるから、余計笑っちゃうんだよねー。」
「どうですか?池畑潤二を目指してるうちのパンキッシュなドラマーから見ると、彼のドラムは上手いですか?どうですか?」
「はい、わたくし、エイトビート専門のドラムでして、彼のようなヘビメタやスラッシュ系や2バスも出来ないし、その辺は詳しくは無いですが、それでもどうしても一言欲しいと、皆さまがおっしゃるならば、一言だけ言わせて頂きます。」
「お願いします。」
「彼のドラムを一言で言うならば、・・・
ダッッッッッセェェーーーーーーーーー!」
「出ましたーーーー!直球の悪口ーーー!ギャハハハハハハハ!」
「いえいえいえ、決して悪口ではありません。これは彼のドラムを、冷静に客観的に素直に観察した結果であります。それでは、今度はもっと細かく解説していきたいと思います。」
「先生、お願いします。」
俺たちはもう、完全に調子に乗っていた。キーボードの金持ちの先輩の事は、既に眼中に無かった。居ても居なくても一緒。もはや先輩は文句を言っては来なかった。言ってきても俺たちは平気だった。全く怖くなかった。完全に舐め切っていた。先輩はいつの間にか居なくなっていた。見てられなかったんだろう。そんなに好きではなくても、同じバンドのドラマーが馬鹿にされてるのだから当然だ。俺たちなら必ずケンカしてるはずだ。もしメンバーの誰かが、少しでも馬鹿にされたら。
「彼はですね、おかず(フィルイン)ばかり練習したがるんですよ。自分がいかに難しいおかずが出来るか、というのをアピールしたいんでしょう。その為に無理矢理凝ったおかずを入れる為に、そこだけピッタリはいらずに、おかずでモタる事が多いのです。しかも時にはミスったりする。さらに、普段のビートを刻むだけの場面では、丁寧に丁寧にやり過ぎてモタります。さらにさらに、重いビートとモタったビートの区別がつかないから、自分のビートは重くてカッコ良いと勘違いしてます。だから、余計惨めです。つまり、全てにおいてモタる為に、曲が進めば進むほど、テンポが落ちていきます。どの曲を叩いても。私はビートとはそういうものでは無い、とここで声を大にして言いたい。」
「良いぞ良いぞ!もっと言えー!直球の悪口をくれー!!!」
「ビートとはノリであり、ドラマーはその曲その曲にあったノリを自分なりに解釈し、俺の答えはこれだ!と主張しなくてはいけません。それは、縦ノリ横ノリなどの単純な話ではなく、縦ノリならどんなイメージの縦ノリなのか?横ノリならどんな横ノリなのか?具体的にあの80年代後半のニューヨークの何バンドかをミックスしたようなノリ、とか、アメリカのハードコアパンクのあのバンドとロンドンのあのバンドを足して2で割った感じ、とか、具体的なイメージが出来ないといけません。それをメンバーに感じてもらい、そこからベースがフレーズを生み出し、2人のノリが生まれます。それがリズム隊の基本なのです!それをあんな独りよがりのモタったドラムを叩くとは、先生は本当に嘆かわしい!いいですか、皆さん、人という字は人と人が、」
「出た!金八式説教!」
その時です。学食の向こうの端の入り口から、サークルの先輩が何人か連れ立って入ってきた。
「あっ!やべー!先輩たち集まりはじめたぞ!」
「かまうもんかーやれやれー!」
「バカ、俺たちの方がマイナーだから、こんな事言ってたら、みんなに嫌われて居づらくなるぞ。そしたらまた、スタジオ代がかかるようになるぞ。」
「それはマズイ。もう、やめろ、バカ!」
「おう、お前らー盛り上がってるみたいだけど、そろそろ部会始まるぞー。」
「はーい。」
その日、部会に集まったのは14〜5人だった。まあ、春の学際も終わった直後の6月末の月曜日にしては、よく集まった方だろう。ほとんどいつも来るメンバーのようだが、1人見た事のない人がいた。
「えー、今日は新入部員を紹介します。」
「おー!新入部員だったのかー!新しい彼女が出来たのかと思ったよ!」
部長は3年生で、いつも落ち着いていた。このうるさい部員をまとめるのは、こういう人が適任なんだろう。
「はいはい、では自己紹介をどうぞ。」
「はい、サチホです。文学部の一年生です。ドラムをやってみたいです。初心者ですけど、宜しくお願いします。」
「ドラマー!!!!やばい!!中野は接近禁止な!」
「何でですかー!いいじゃないですかー!」
中野先輩はデブで不細工でモテないくせに、スキあらばちょっとでも女の子と話したいと、頑張っていた。数少ない後輩の女子部員には、一通りちょっかいをかけていて、当然裏では全員に嫌われていた。
「あーあと、好きなバンドを一つ、必ず言ってもらうんだけど、」
「あーすいません。そうですねー色々好きなんですけど、一つ挙げるなら、スライ&ファミリーストーンかなぁ?」
「うっわーしっぶいねー。ダンストゥザミュージック。」
「はい、最高ですよね、ダンストゥザミュージック。あとランニングアウェイ。」
「おー良いねー。」
「知らないなー、じゃあさ、日本のバンドだと何?」
「そうですねえ、邦楽はあまり知らないんですけども、そうですねえ、はっぴいえんどとか、じゃがたらとかかなぁ?」
「はっぴいえんどにじゃがたら!!!やばいねーマニアックだねー。はっぴいえんど好きな奴、一年に居なかったっけ?居たよね?」
うちのボーカル(Vo)だった。うちのVoは曲よりも歌詞にグッとくるタイプで、だから当然はっぴいえんどが1番好きだった。
「あー、僕です。」
「おーVoかー、じゃあ一緒にバンドやったら良いじゃん。」
ここで1つ、読者の皆さんに説明をしておきたいとおもいます。何故、うちのバンドのメンバーだけ名前やあだ名を出さず、担当楽器で表記しているのか?という事を。実はここに今書いているこの小説はフィクションではなく、全て実際にあった事で、いわゆるドキュメンタリーなのです。まあ、忘れている事もあるかもしれないので、100%とは言いませんが、ほぼほぼ100%ドキュメンタリーです。ですから、これから起こる事件の当事者達はまだ生きています。そう、この小説の登場人物達は、そのほとんどが今も生きて生活しているのです!なので、これを読んで訴訟になった場合の為に、また、彼らのプライベートを守る為にも、本人につながる名前は決して出せないのです。ですからこの、VoやBといった表記はただの仮称であると思って下さい。実際には俺たちにも先輩にも、他の登場人物達と同じように名前やあだ名で呼ばれていると思って下さい。そして登場人物の皆さん、決して訴えるとか考えないように、なるべく全員をカッコ良く描くので。中野先輩さえも、このあとカッコ良い場面がきます。多分、・・・きっと、・・・だといいなぁ(笑)。
「いや、自分はもうバンド組んでるんで、」
「見ましたーそのバンドー!春の学際で!」
彼女はうちのバンドを見たらしい。しかし、残念ながら彼女はアフロヘアーでは無かった。アフロヘアーの黒人の若くて痩せてる女性が、何かのバンドでドラムを叩きまくってるライブかプロモのビデオを見た事があった俺は、女性のドラマーにはどうしてもアフロを期待してしまう。プリプリのドラムは可愛いんだろうけど、物足りない。ショーヤのドラマーは全く覚えてないから、それよりはプリプリの、下手なところが可愛いく見えるドラマーの方が良いのだろう。
彼女はグレーのアニエスのベレー帽をかぶっていた。髪型は短めだが茶色でソバージュがかかってるっぽい。水色の半袖のシャツ、女の子はブラウスって言ってたっけ?忘れたけど。下は黒いミニスカートに茶色いショートブーツ。黒い皮製のポシェットみたいなのを首から下げていた。オリーブギャル風の普通寄りのファッションだ。コテコテではない。
「いいじゃん、もう一つぐらいやっても」
先輩達は新入生になるべく早くバンドを組ませたがる。バンドを組むと長続きするからだ。バンドが定まらず、中々バンドを組めなかったり、組んでもすぐ解散、また解散、いつの間にか活動休止、みたいな人は、サークルからも自然と足が遠のく。特に女子で入ってくる子は少ないから、余計だ。中野先輩も同じパートじゃ無ければ、とっくに一緒にバンドやろうと誘っていただろう。
「じゃあさあ、ツインドラムはどうかなぁ?一度やってみたかったんだけど。」
やっぱり誘ってきたー!!!さすが中野先輩!予想の上をいく下心だ!ツインドラムやりたかったなんて、聞いた事無いよ。
「じゃあうちのバンドに入る?」
俺も流石に中野先輩にしつこくされるのはしのびない、と思ってしまった。ここだけでも、誤魔化してあげた方がいいだろう。
「でもドラムはもういるんでしょ?」
「ツインヴォーカルでどう?一度やってみたかったんだけど(笑)。」
「あはははははーいいじゃん歌は歌える?歌詞にはこだわりそうだし、面白いかも。」
「俺はツインドラムでもいいよ」さすがうちのDrはノリがいい。
「いえ、歌はちょっと、無理かも。」
「じゃあ俺がドラムからヴォーカルに転向して、ツインヴォーカルにしようか?」
「それじゃあ女狐オンザランが出来ないじゃん。」
「あははははー!何お前、バービーボーイズやりたかったの?うけるわー!」
「いや、バービーボーイズは馬鹿に出来ないよ、イマミチのギターはカッコいいって。」
「それは俺も否定しないが、とりあえず、一年生同士の方が気を使わないだろうから、一度、一緒にスタジオ入ってみたら?」
さすが部長だ、部長も中野先輩がしつこくして、すぐ辞めちゃう未来が見えたのだろう。
「どう?一度練習に参加してみる?どのパートやるかは、これから考えるってことで。」
部会はいつもどおり、連絡事項だけであっという間に終わり、俺たちはいつもの火曜の夕方から部室スタジオを押さえた。今週は少し長めに4時間にした。
その帰りに駅前のモスに寄っていった。Voは蒲田の実家暮らしで、俺は六浦のアパート、Drはじんむじの実家で、Bは文庫のアパートだった。だから、大抵はこの八景の駅前のモスでしゃべってから解散になる事が多かった。若しくは俺のアパートに誰か来るか。狭いので全員が集まれるアパートではなかったが。
今日はサチホちゃんも加わっていた。
「じゃあ自己紹介からいくか。俺はギターのG、文学部社会学科一年。好きなバンドはスミス。」
「あースミス聞いた事あります。兄がレコード持ってます。かっこいいですよね。」
「おースミス知ってるとは凄いね。」
「俺はドラムのDr。経済学部の一年。好きなバンドはルースターズ。っていうか池畑潤二。」
「池畑さんってルースターズのドラムなんですか?」
「そうそう、あとは布袋のギタリズム1とか、山下久美子とか、エイトビートがこうストレートなノリで良いんだよねー。」
「池畑がさー、スネアの入る3拍目に合わせて頭を振るんだけどさー、振るっていうか、叩いた力で頭をクイってやるんだけど、こいつはそれまで真似して叩いてるんだよねー。」
「いやいやいや、あれが良いんだよねー。力強い感じでさー。」
「池畑さんって知らなかったです。ルースターズは名前だけ知ってました。もう解散してましたっけ?」
「どうだろう?解散してんのかなー?」
「俺はベースのB。工学部土木学科の一年。好きバンドは色々かなー。イギリスのパンクニューウェーブ、ネオアコからアメリカのソウル、ファンク、ジャズまでかなー。」
「ズージャー出た!渋っ!」
「ソウル、ファンクだと何が好きですか?」
「そっか、サチホちゃんはスライが好きだったよね。俺もスライ好きだよ!あとはカーティスメイフィールドとかダニーハザウェイとか、ブッカーT&ザMGズとか。」
「あーいいですねー私もブッカーT好きです。メルティングポット。」
「そうそうそう!いいよねー!やっぱり音楽詳しいのはお兄さんの影響なの?」
「はい、兄が2人いて、2人でバンドやってて、しかもめちゃくちゃ詳しいもんだから、自然と覚えちゃって。」
「へー、お兄さんはどんなバンドやってるの?ファンクとか?」
「それが、ファンクじゃないんですよー、そんなのばっかり聴いてるくせに。」
「分かった!ジャイブだ。吾妻さんみたいな。」
「ジャイブも聴いてましたねー、ブライアンセッツァーとか。」
「おー良いよねー。」
「でもジャイブでもないです。」
「ていうか何で敬語なの?タメ口でいいよ。同学年でしよ?」
「はい、すいません。初対面だと、クセで。じゃあなるべくタメ口で。」
「分かったソウルだ。ニューネオソウル。歌もの。マックスウェルとかディアンジェロとか。」
「あー最近のその辺のも聴いてるみたいですけど、バンドではやってないですねー。」
「じゃあ、いきなり飛んでメタル!メタリカみたいな。」
「メタル系はあまり聴かないみたいです。」
「あと出てないのは何だ?レゲェ?」
「いや、パンクだ!しかもポールウェラーなら黒人音楽好きのパンクだし!」
「近いです。」
「え?どっちが?レゲェの方?」
「いえ、パンクの方です。」
「じゃあ、スカだ!しかもツートーンスカ!オリジナルスカじゃなく、イギリスのスカ!セレクター知ってる?」
「違います!スカでも無いです。セレクターは聴いた事ないです。」
「ガレージだ!しかもパンク寄りの激しいやつ。ギターウルフみたいな!」
「正解!ガレージです。」
「かっこいい!!」
「最近話題のミッシェルガンエレファントよりも、もっと激しい感じです。」
「おーカッコ良さそう!ミッシェルは俺ら同じスタジオで練習してんだよね?」
「そうそう、白楽だっけ?神大の近くのスタジオ。」
「かっこいいよね。」
「へーそうなんですかー、あの人たち神大なんですか?」
「全員じゃ無いみたいだけど、メンバーの誰かが、たしかそうみたい。喋ったことないけど。」
「みなさんはどんなバンドやってるんです?」
「それはまだ自己紹介してない、Voから語ってもらおうか(笑)」
「あー、ごめんなさい、まだ自己紹介が終わってなかった。」
「いや、いいよ、俺ヴォーカルだけど、影薄いから。」
「影薄くはないんだけど、あまり喋らないからね。」
「そんな事もないけど、俺は社会学科の一年でGと一緒でカナリヤ校舎。好きなバンドははっぴいえんどとパール兄弟。」
「あと岡村靖幸だろ?」
「おー、岡村ちゃんも好き。洋楽は一切聴かない。邦楽オンリー。」
「パール兄弟は聴いた事ないなぁ。マニアックですね?」
「いやいや、サチホちゃんに言われたくはないよ(笑)。」
「で、どんなバンドなんですか?」
「っていうか、俺らのバンド見たんでしょ?どこで?春の学際?」
「そうです。そうです。」
「じゃあコピーしかやってないか。」
「カバーな、コピーじゃなくて。」
「俺らのレベルじゃコピーだろ、あんなもんは。」
「あん時は何やったっけ?ジョージャクソンと、」
「はい、ワンモアタイムやってるバンドは初めて見ました!」
「渋いでしょー(笑)。あとサンバパレード。」
「出た!パーフリ!あと、フールズゴールドとハイヤーザンザサン。」
「いや、ストーンローゼスはやったけど、プライマルスクリームはやってないよ、結局やめたんじゃん。まとまらなくて。」
「そうそう、それでその代わりにオリジナルも一曲やったんだよ。スクリーマデリカっぽいやつ。」
「あー、そうだそうだ。」
「あの最後の曲はオリジナルだったんですか。え?日本語でしたっけ?」
「いや、英語。でも歌の部分はあまり無い。」
「英語でしたよね、でも、日本語の曲しか聴かないのに?」
「曲も歌詞もこいつ(G)だから、その通り歌っただけ。」
終電近くまでしゃべって、俺らは別れた。サチホちゃんは実家通いらしく、家は川崎のマンションだそうだ。Voがいつも一緒に帰る事になりそうだ。
Bは俺が自転車にニケツして文庫のアパートまで送っていくのが、すでに当たり前になっていた。
「どう思う?」
「何が?」
「サチホちゃん」
「良い子っぽいけど。」
「誰が惚れそうかな?」
「Voが好きなタイプかなー、あとはお前か。」
「そうなんだよ、実はちょっと良いなーと思ってるような、そうでもないような。」
「あれだけ音楽詳しいと、それだけで俺らみたいな音楽オタクは、やられるよなー。」
「まさか、お前まで?」
「実は俺もまあまあ良い子だなーなんて、思ったり思わなかったり(笑)。」
「マジかーヤバいなー、活動間も無く女で解散かなー。」
「いやーそれは勿体ないよなー、けっこう良いメンバー集まったしなー。」
「そうなんだよ、こんな集まんないよ、普通。」
「Drは彼女いたっけ?」
「いや、まだ付き合ってはないよ。バイト先の
高校生に猛アタック中だろ、たしか。」
「そうだそうだ。じゃああいつは平気だな。」
「サチホちゃん彼氏いるのかなあ?」
「居そうだけどなー。」
「え?マジで?そんな事言ってたか?」
「いや、言ってないけど、何となく。」
「そっかー何となくかー、俺もそんな気がしたんだよー。」
「いや、まだ分かんないから、気がしただけだから。」
「よし!俺、決めた!諦める!サチホちゃんの事はやめるよ!友達に徹する」
「はあ?何言ってんの?まだ好きになったかどうかも分かんないのに。」
「いや、だからだよ、今ならまだ、諦められる気がする。」
「それじゃこれが小説なら、タイトルは『始まる前に終わる恋』だな。」
「そう、その通り!上手い事言うね、お前。」
「そんな熱くなんないでさー、成り行きに任せたら良いんじゃないの?それでバンドが解散しても、また誰かとやれば良いんだし、友達と絶交しても、また誰かとつるむって、俺ら若いんだからさ。」
「いや、俺はそういうのはいい、いらない。音楽に集中したい。その為に東京に出てきたんだし、」
「いや、ここ、東京じゃないけどなー。」
「いいんだよ!田舎から見たら東京も横浜も一緒だよ。」
「じゃあ、これから、始まる前に終わる恋が始まるのか?バンドやろうぜ!が始まるのか楽しみだな(笑)。」
「いや、バンやろ!はダサいよ、あの雑誌はダサいことこの上ない。」
「とにかく俺たちの物語は始まったばかりなんだからさ、まだ何も諦めなくて良いんじゃないの?全部取りでいいよ、全取りで。」
「いや、お前も登場人物で、ライバルになる可能性大なんだけど、」
「だーかーらー、そん時はそん時だよ、別に俺は何がどうなっても、誰も恨まないよ。」
こいつはまだ、本当の怖さを知らないんだろう、人間の本当の怖さを。だからこんなとってつけた様なおめでたい事を、恥ずかしげもなく言えるんだ。俺はとてもそんな風には考えられない。
けど、とにかく、大学生活がようやく始まったような気がするのは、俺も同意見だった。
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