第4話

 次の日の午後。空は曇っていた。

 カーテンは開けていない。


 布団の中で膝を抱えたまま、私はスマホを見つめていた。

 画面には何もない。

 LINEの通知も、着信も、誰かからの存在確認すらない。


 私は、誰にも必要とされてない。

 そう思っていた。


 思うことにも、慣れていた。



 ピンポーン。


 また、昨日と同じ音。

 心臓が少しだけ跳ねる。


 玄関に向かう。

 足取りが少し軽い。


 モニターに映った顔を確認する。

 律くんだった。


 律、くん。

 名前を心の中でだけ繰り返す。



 ドアを少しだけ開ける。


 律は、昨日と同じように立っていた。

 無表情で、無言で、こちらを見ていない。


 その手には、プリントとファイル、そしてまた袋。


「今日のプリントと……あと、これ」


 袋の中には、何かのパンと飲み物。

 昨日とは違う。


「甘くないやつにしてみた」


 私は何も言わなかった。

 頷きもしない。顔すらまともに上げられない。


 律くんは気にしないようだった。

 気にしていたのかもしれないけど、出さなかった。



 「……少しだけ、時間ある?」


 律くんが言った。

 私は答えなかった。


 返事をしなかった私に、

 彼は何も言わず、玄関の段差に腰を下ろした。


 その自然さに、私は言葉を失った。


 ──なんで、そういうことできるの?



 少しして、私も腰を下ろした。


 律くんはゲーム機を出した。

 画面を開いたまま、操作してる。


 私は栗くんの隣で見てるだけ。


 律は、画面を見せてくるわけでもなく、

 実況するわけでもなく、

 ただ、遊んでいた。


 私の目の前で、ひとりでゲームをしていた。


 でも、

 不思議と「一人でやってる」ようには見えなかった。



 時間がゆっくり過ぎる。

 外の音が遠くなる。


 ゲームの効果音だけが、ぽつぽつと聞こえる。


 私は何も話さなかった。

 話す気にもなれなかった。

 何を言えばいいのかも、わからなかった。


 喉を通す言葉が、どれも全部うすっぺらく感じたからやめた。


「……あっ、やば」


 律くんが少しだけ声を上げた。

 キャラ操作をミスして、ゲームオーバー。


 それを見て、私の口元が、ほんのわずかだけ緩んだ……気がした。


 ──でも、すぐに戻した。


 笑ってない。

 笑う必要なんてない。

 笑ってしまったら、私がまた変な奴だと思われそうで、

 それが何より、怖かった。



 律くんは、何も言わなかった。


 そのままゲームを閉じて、

 ゆっくりと立ち上がった。


「……じゃ、また来る」


 それだけ言って、靴を履いて、

 小さく手を挙げた。


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