応援コメント

第4話 不穏の兆し」への応援コメント

  • 戦国時代の百姓って、無力な存在じゃないけどね。惣村を組織して自治もしてる。
    戦場掃除や落武者狩りで得た武器、甲冑を持ってたりするし、足軽として戦場に動員されたりして、実戦経験もある。だから豊臣秀吉は惣村を解体して大名の支配下に置く為、百姓に対して刀狩を実施している。

    九州や関西、東海地方でも堀や土塁を備えた農村地帯の環濠集落の痕跡はあちこちにあるし、山が近いところは山頂付近に避難所として簡易な砦を築いてたケースもある。

    石投げは印地打ちと呼ばれて、平安時代から祭りの行事にまでなってたりする。印地打ちは普通に死者が出るんで、当時の幕府がたびたび禁令を出したりする程、盛んだったらしい。

    織田信長辺りが兵農分離を取り入れ、家臣を城下町に集中的に住まわせる様になるまでは、豪族や地侍は自分の領地に住んで平時は農作業に勤しんでたのが一般的。
    戦国大名化した今川氏や後北条氏がやってた寄親・寄子制度、長宗我部氏の一領具足制度も各地に散らばる豪族・地侍を統制する為のものだから。