第10話
バーチャルワールド、奏月中学校。
隠れる必要がなくなったわたしとハルくんは、倉庫を出て歩き出した。
こっちの世界では、まだ雨は降っていない。
曇り空の下、無人の校舎横を通りすぎて、無人の通学路を歩いていく。
「結衣のディスログを見つける……ですか?」
歩きながら尋ねるわたしに、ハルくんは頷いた。
「琴葉の能力なら、ディスログから投稿主の過去が見れる。結衣ちゃんが何を考えてたかも分かるかもしれない」
「でも、しゅごナビの通知も鳴ってないですし。そもそも、結衣の投稿がディスログになってるかどうか……」
「なってるはずだ」
ハルくんは確信に満ちた顔をしていた。
「前にゼロに教えてもらったんだけど。【バカ!】って一言書いただけでも、ディスログになるらしい」
「えっ」
「そういうやつは隠れてて悪さもしないし、通知も鳴らない。オレたちが普段戦ってるのは、ほんの一部の凶暴なやつだけなんだって」
「そうだったんですね……」
驚いたけど、納得でもある。
残念なことだけど、今の時代、ネット上の誹謗中傷はありふれてる。軽度な悪口まで全部が暴れ出したら、現実世界はとっくに破壊され尽くしていたかも。
もちろん、だからって悪口が許されるわけじゃない。結衣の言葉は凶暴なディスログにはなってないけど、わたしは見て傷ついたわけだし。
「それより、ケンカした時に結衣ちゃんが行きそうな場所は分かるか? もしかしたらディスログもそこにいるかもしれない」
ハルくんに聞かれて、わたしは考える。
「トンネル公園、だと思います」
トンネル公園はその名の通り、真ん中にあるトンネル型の遊具がトレードマーク。中に入ると狭くて薄暗いけど、秘密基地みたいでワクワクするんだよね。
「わたしたち、小二の時にもケンカしたことがあるんですけど……結衣はその時、トンネルに立てこもってたんです」
話しながら、記憶がよみがえってくる。
「理由は忘れちゃいましたけど、本当に大ゲンカで。わたしは怒って、公園に結衣を置いて帰ったんです。でも途中で不安になっちゃって。探しに戻ったら、結衣がいなくなってて」
確か、わたしのせいでオバケに連れて行かれちゃったんだと思って……泣きながら探し回ったんだよね。
「たまたま公園にいた男の子が一緒に探してくれたおかげで、すぐに見つけたんですけど。結衣はわたしが新しい友達を見せびらかしに来たんだって勘違いして、大泣きしちゃって」
懐かしいなぁ。
当時のわたしたちにとっては、地球滅亡レベルの大事件だったんだけど……今思うと、ほほえましい。
「その男の子って?」
「え?」
顔を上げると、ハルくんはすごく真剣な顔をしていた。
「同じ公園にいたってことは、近所に住んでる子じゃないのか? だったら、今も奏月中に通ってる可能性が高いだろ?」
「うーん……確かにそうですけど……」
わたしは頑張って、男の子のことを思い出そうとしてみる。
同い年くらいの子だった気はするけど……
「あれ以来話したこともないし、顔も覚えてないので、よく分かりません」
泣きながら結衣を探すわたしを慰めてくれて、一緒に探してくれた。すごく優しい子だったはず。
だけどわたしって、あの時からリアルの男の子にはあんまり興味なかったから……覚えようとすらしてなかったのかも。
「そっか……」
あれ? ハルくん、なんか落ち込んじゃった?
「もしかして、知り合いですか?」
「いや。知り合いじゃない」
「そうなんですか……?」
なんだか必死に見えたから、知り合いなのかと思ったけど……違うんだ。
「あっ……ここです」
話しながら歩いてるうちに、わたしたちはトンネル公園に到着した。
奏月中学校からも近いから、ワープするまでもなかった。
誰もいない公園を横切って、二人でトンネルに近づいていく。
中学生のわたしが入るには狭いけど、小学二年生や小さいディスログにはピッタリの秘密基地。
もしかすると、今もあの時みたいに——
「いた……」
トンネルの前でかがんで、穴をのぞいてみると、ディスログの姿がはっきり見えた。
ディスログはわたしを見つけると、「ワアアアア!!」と高い声で叫ぶ。
そうそう。あの時の結衣も、わたしと男の子を見た瞬間、大声で泣き出して。
『琴葉のバカー! 結衣はもういらないんだ!』
なんて叫んでたんだよね……
あれ? ちょっと待って。
その瞬間、わたしの中で過去と現在がつながった。
結衣の投稿……【彼氏できたら友達は用済みですかー。この薄情者。】
これって、あの時の言葉と似てる。
結衣は急にわたしを嫌いになったんじゃなくて、もしかして——
ポケットに入れていたスマホが滑り出て、まぶしい光を放つ。
時を止めたわたしのスマホに、ディスログの元になった投稿が次々と表示された。
【忙しいとか嘘つき。私のこと嫌いになったんでしょ?】
【ってか、絶対、イケメン先輩と付き合ってるし】
【彼氏できたら友達は用済みですかー。この薄情者。】
結衣はベッドの上で体育座りをして、頭から毛布をかぶりながら、この言葉を入力していた。
「結衣——泣いてる?」
わたしはもっとよく画面を見ようとしたけど、映像はパッと切り替わってしまう。
次に見えたのは、ハル先輩と話しながら昇降口に向かうわたしの背中を、一人で見送る結衣の姿。
結衣:『明日の放課後ひま? アイス食べに行かない?』
琴葉:『ごめん!明日は用事ある!!』
そんなやりとりが表示されたスマホを握り締めて、トボトボと歩き始める。
アイスクリームのお店の前を、目を伏せて通り過ぎていった。
そっか……。
わたしと結衣は秘密なんてない、なんでも話せる親友だった。
だけど、わたしが先に秘密を作っちゃったから——結衣はさみしかったんだ。
もちろん、ネットに悪口を書くのはよくないこと。
でも、この時の結衣はわたしをバカにしたかったんじゃなくて……悲しいって伝えたかったんじゃないかな?
わたしは思いっきり、息を吸い込んだ。
そして——
「ごめん!!」
スマホ画面に映る結衣に向かって。そして、時間が止まったままのディスログに向かって、頭を下げた。
「わたし、ぶいしゅご!に入れて浮かれちゃって、結衣の気持ち、考えられてなかった。これから全部話しに行くから、ちょっと待ってて!」
大声で叫んだ瞬間、時間が動き出す。
ディスログは、満足したようにニッコリ笑った……気がした。
「……っていうことで、仲直りできました!」
翌日、現実の奏月中学校。
わたしと結衣は、二人一緒にハル先輩にお礼を言いにきていた。
あのあとバーチャルワールドから出て、すぐ結衣の家に向かったわたしは、これまでのことを全部説明した。
ぶいしゅご!に入って夕暮リーフとして活動してることも、ハル先輩とは仲間だけど付き合ってないことも。
結衣は最初は信じてくれなかったけど、リーフの初配信のアーカイブを見せたら、わたしだって納得してくれて。
「なんだぁ、そういうことなら言ってくれればよかったのに。推し事務所に入れるなんてすごいじゃん! あたし、全力で応援するよ!!」
って言ってくれた。
ハル先輩がウワサを否定してくれたおかげもあって、クラスの女子の誤解も解けて……いつも通りの毎日が戻ってきた。
「話の流れで、水無瀬先輩がハルくんだってことも知っちゃいました。でも、二人のことは絶対秘密にしますんで! これからも配信頑張ってください!」
結衣は笑顔でそう言ってから、さらに何かありそうにモジモジし始める。
どうしたんだろう?
「あの……水無瀬先輩に聞きたいことがあるんですけど」
「なんだ?」
「先輩って、告白されても断ってるってウワサ、本当ですか?」
「ちょっと結衣……!?」
そんなウワサ、いつどこで仕入れてきたの!?
「本当だよ」
ハル先輩も、普通に答えないでよ!?
オロオロするわたしをよそに、結衣は刑事のように先輩に詰め寄った。
「なんでですか? もしかして……」
「好きな人がいるからな」
「えっ……」
ハル先輩の言葉に、わたしは胸がギュッと締め付けられた。
「ずっと片想いなんだ。その子はオレのこと、覚えてないみたいだし。諦めるつもりはないけどな」
「へえ……水無瀬先輩って、意外と一途なんですね」
「意外って、ひどいなぁ」
冗談っぽく言って、ハル先輩は笑う。
その目も、笑顔も、すごくキラキラ輝いていたけど……それはきっと、好きな人のことを思っているからなんだ。
わたしの胸はズキズキと痛み出す。
わたしが好きなのは、VTuberのハルくん。中の人のハル先輩が好きなわけじゃない。
それなのに……どうして? わたし、どうしちゃったの?
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