ぶいしゅご!

あき千秋

第1話

『みんなお待たせ! ぶいしゅご!所属VTuber、陽斬ひのきりハル! 悪は全員、オレの剣でぶった斬るっ!!』

 イヤホンから聞こえてくる、明るい男の子の声。

 わたしはスマホで配信を見ながら、すばやくコメントを打つ。

リーフ@ぶいしゅご!箱推し【今日も待ってた〜!】

 リーフっていうのは、わたしのハンドルネーム。

 立花琴葉たちばなことはだから、英語で葉っぱって意味の“リーフ”。

  VTuber事務所“ぶいしゅご!”の四人全員が好きだから、箱推しを名乗ってるんだ。

 中でも最推しは、陽斬ハルくん! そう、今配信中の、この男の子!

 ひまわり色の髪に空色の目、大剣を背負ったハルくんは、性格は真っ直ぐで少し大ざっぱで、少年漫画の主人公! って感じ、なんだけど……

『今日はゲームやるけど、もしかしたら画面酔いしちゃう人がいるかも。そういう人はオレだけ見てて。よそ見しちゃダメだからな?』

リーフ@ぶいしゅご!箱推し【わああああ!!!???】

リーフ@ぶいしゅご!箱推し【ハルくんまた天然王子様出てるよおお!!】

 わたしはコメントでも現実でもジタバタ悶える。

 普段はけっこうガサツなのに、いきなりキュンキュンセリフを言ってくる、このギャップ!

 これが10万人のチャンネル登録者をとりこにした天然王子様、陽斬ハル様……!

 わたしは一か月前に初めてハルくんの配信を見て、一瞬でこのギャップにやられた。

 一年前の初配信からさかのぼって、アーカイブは全部見たし、ちょうど中学入学で文房具を新しくしたから、イメージカラーの黄色で揃えまくった。

 寝具もパジャマも黄色にして、棚にはハルくんのアクスタを飾って……

 スマホケースには、ハルくんのチェキ風カードを挟んでる!

 そんな部屋でハルくんの配信を見るこの時間が、めちゃくちゃ幸せだよ……!!


 ハルくんは剣士のキャラクターを操作して、モンスターを次々と倒していく。

 最後のボスは、一度倒したと思ったら三体に分裂して、もう一度襲いかかってきた。

『うわっ。こいつ分裂するのか!? オレ、昨日マジでこういうディスログと戦ったぞ!』

リーフ@ぶいしゅご!箱推し【昨日の戦いの話も聞きたい!】

 “ディスログ”っていうのは、ネットの誹謗中傷から生まれる怪物のこと。

 “バーチャルワールド”っていう、データでできたもう一つの世界に潜んでいて、現実世界を壊そうと企んでる。

 ハルくんたちはそんなディスログと戦って、世界を守る守護者でもあるんだ!

 VTuberで守護者だから、ぶいしゅご!ってわけ!

 ……っていうのは、ただの設定なんだけど。

 ぶいしゅご!のみんなは設定を破ったことは絶対に言わないから、すっごくリアルなんだよね。

『昨日の話、聞きたい? いいよ。まずオレがバーチャルワールドにログインして、そいつのところにワープした瞬間——』

 ピーッ! ピーッ!

 ハルくんの声に耳を傾けていたところに、騒がしい通知音が飛び込んできた。

『あっ……緊急出動の連絡だ。みんなゴメン! ディスログ出たから、配信は一旦ここまで!』

リーフ@ぶいしゅご!箱推し【え!?もう終わり!?】

『戻ってきたら、もう一回配信するよ。ちょっと待ってて! それじゃっ!』

 ハルくんはそう言って、慌ただしく配信を切ってしまった。

 終わっちゃった……

 緊急出動っていうのは、設定を守った言いかただけど、リアルでは何があったのかな?

 もしかして、本当にディスログを倒しに行ってたりして?

 ……いやいや。ありえないよね。

 だって、それはただの設定。

 だけどもし、本当にハルくんたちが世界を守るために戦ってるなら……

 一回だけでいいから、わたしも見に行ってみたいなぁ……。



「……あれ?」

 スマホ画面を消して、イヤホンを外した瞬間、わたしは首をかしげた。

 なんだか……静かすぎる。

 いつもなら聞こえるはずのエアコンの音や、テレビの音、外を走る車の音。そういうものが一切聞こえない。

「お母さん? いないの……?」

 スマホを握り締めたまま、恐る恐る部屋を出て、リビングをのぞく。

「ウソ……」

 お母さんはいなくなっていた。テレビも、エアコンも消えていた。

 鼓動が早くなるのを感じながら、思い切って、マンションの外に出てみる。

 夕方5時過ぎ、夕焼け色の空の下。

「誰かいませんか!? いたら返事してください!!」

 わたしは叫びながら、住宅街を走った。

 通行人も、車もいない。近くのマンションやアパートにも人の気配がなくて、誰も答えてくれない。

 建物や空の色はいつもと変わらないのに、人や動物の姿だけがきれいさっぱり消えてしまっていた。

「はぁ、はぁ……本当に誰もいないの……? どうなってるの……」

 空っぽのマンションの前に戻ってきて、へたりこむ。

 ずっと握り締めていたスマホを裏返して、ケースに挟んであるハルくんのチェキ風カードを見つめた。

 大好きなハルくんを見たら、こんな意味不明な状況でも少しだけ安心できた。

「ハルくん助けて……こんな怖い夢いや。早く目覚めさせて……!」

 わたしはスマホをおでこにくっつけて、ハルくんのカードに向かって祈る。

 次の瞬間。

「——危ないっ!!」

「えっ!?」

 聞き覚えのある声がして、わたしはバッと顔を上げた。

 視界に飛び込んできたのは、バスケットボールくらいの大きさで、黒いスライムみたいなドロドロした何か。

 そして、その何か目がけて大剣を振り上げる男の子——

 ズバッ!!

 素早い斬りが、黒いドロドロを真っ二つに斬り裂いた。

「大丈夫か?」

 軽やかに着地した男の子が、手を差し伸べてくる。

 ひまわり色の髪に、空色の目をした男の子。まぶしい笑顔の、私の大好きな推し——

「ハルくんっ!?」

 前言撤回。

 この夢をもっと見せてください!!!

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