第2話 異世界にもスーツがあった
ルクシアが指を鳴らした瞬間、真っ白な空間は消えて、代わりに大きな門が目の前に現れた。
「はい、着きましたよ」
不貞腐れた態度のルクシアが言った。
青い空に白い雲。舗装されていない土の道に、黒鉄の城門。
すぐに異世界だと分かる景色に、俺はため息を漏らした。
「ほんとに異世界なのか……」
「ほら、行きますよ。街の中は治安良いですから」
感慨に浸っていると、ルクシアが城門を指差して言った。街の外は追い剥ぎでも出るのだろうか。
治安の良さは期待しない方が良さそうだと思いつつ、俺には気になることがあった。
「何で君がここに?」
異世界に送って、担当としての役目は終えたはず。彼女が一緒に来る必要はない。
「そういう決まりなんですよ!」
分かりやすく不機嫌な顔で答えてくれた。
「あなたの先人達で異世界行きを選んだ人達が早死にするから、しばらくは担当が色々手伝うようにと主から命令されてるんです」
やっぱり異世界転生ってそんなに楽じゃないんだな。あまり期待しないでおこう。
「そうじゃなきゃ私ほどの存在が下界に降りたりなんかしませんよ! 私はね、主が初めて作った存在なんです。その辺のドサンピンとは違うんですよ!」
それであんなに転生させたがっていたのか。同じ雇われとして、その気持ちはよく理解できる。
それにしてもドサンピンなんて言葉、北野武の映画でしか聞いたことがない気がする。
「天使も大変なんだなぁ」
「分かってくれてありがとうございます。もう遅いですけどね!」
プリプリと怒りながら、ルクシアは俺を差し置いて城門へ向かう。
門には槍を手にした番兵が二人立っていた。どちらも鉄製の甲冑が様になる巨漢で、そのうちの一人がルクシアを呼び止めた。
「おい、身分証は?」
「この商人と同業ですよ」
ルクシアは俺を指差して答えたが、
「そんな格好の商人がいるか。貴様、どこの宗派の者だ?」
「あ、そちらの方は通って良いよ。いつもご苦労様」
もう一人が親切に労いの言葉をかけてくれる。あっさり通されて、肩透かしを食らっていると、
「めんどくさいですねぇ」
ルクシアはため息を吐いて、指を鳴らした。
「私は商人です。分かりましたか?」
「あ……あぁ、そうか。ご苦労様」
さっきまでの威圧的な態度が一変して、番兵はルクシアに道を開けた。
◇
「さっきの何ですか?」
門を潜ると、さっきの番兵の手のひら返しについてルクシアに訊いた。
「私は下界のどんな身分にもなれるんですよ。商人といえば人間は私を商人だと認識するし、聖女とか勇者とか名乗ればそう思って厚遇してくれる。その気になれば皇帝とか魔王なんかにもなれますよ」
得意顔のルクシア。さすが天使、便利が過ぎる。
「じゃあ皇帝って名乗れば良かったんじゃ?」
その方が何かと楽だろうと思って言ってみると、ルクシアは呆れたような乾いた笑いを返した。
「ショートさんねぇ、ムカつく上司や部下を殺したいと思っても実際に殺したりしなかったでしょ?」
「え、いきなり何?」
「軽はずみに影響力の強い身分になったら、人間社会のバランスが崩れて、最悪人間が滅ぶかもしれないんです。私達は下手に介在して人間を滅ぼすようなことしちゃいけないんです。だから、必要最低限の介入に留めるというわけですよ」
天使のルール上の制約というわけだ。それならそうと言えば良いのに、いちいち天使らしからぬ俗っぽさと剣呑さを見せてくる。見た目とのギャップが激しい天使だ。
「そういうわけですから、これからは商人として頑張ってくださいね」
「はあ……」
城門の中は活気に溢れていた。レンガの建物が立ち並び、石畳の道は平坦に均されていて、革靴でも歩きやすい。
「異世界なのにスーツ着てるよ……」
道行く人々は大抵がスーツを着ていた。色合いも青かチャコールグレーがほとんど。そこかしこで商談らしきやり取りが交わされている。景観こそ別物だが、雰囲気は昼の新橋だ。
「ここは商業都市ですからね」
そばを歩くルクシアが言った。
「ヴェルテビアといって、古くから交易の拠点として発展した街です。近隣諸国や海の向こうから商材やら魔法やらが入ってきて、それを活かした製造業が発達して、今の人口は500万人を超えてます。この国の経済の心臓とも言われてますからね」
「へぇ~」
「ここならあなたでも生きていけると思ったから、送る先はここに決めたんですよ。すぐに死なれるのも面白くないですからね」
あんなに嫌がっていたのに、仕事である以上は真面目に考えてくれたというわけか。天使もやはり社畜。目の前の仕事を相手に妥協はしたくないというわけだ。
「商人かぁ。何したら良いかな?」
前職はIT。ユーザー系の会社にいて、親会社を相手に仕事をしていたから、営業スキルなんて皆無だ。その辺の子供にも商材を売り込める自信がない。プロジェクト管理の経験もない。
ただひたすら設計とコーディングとテストをやっていただけ。どう考えてもITなんてない世界で、どうやって生計を立てていくべきか。
そんな悩みを抱きながら街を歩いていると、物騒な光景に出くわした。
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