魔法はソースコードでできている ~バグまみれの魔法をデバッグして挑む、ポンコツ工房の異世界逆転劇~
グッドウッド
第1章
第1話 天使はライトノベルが好き?
「オサカベ・ショートさん、あなたは死にました」
目の前の少女が言った。金髪碧眼に、白い肌。純白のレースの服を着た、小柄で華奢な女の子だ。
「お悔やみ申し上げます」
「あ、ご丁寧にどうも……」
沈痛な面持ちで頭を下げてくる少女に、俺は同じく座ったまま頭を下げて応じた。日本語が上手で礼儀正しい子だ。
「……え?」
「私はルクシアと申します。今後の手続きにつきまして、あなたへのご案内を担当します。短い間ではありますが、よろしくお願いいたします」
「ちょ、ちょっと待って!」
「はい?」
「し、死んだって?」
「はい、そうです」
かわいらしい小顔に優しい笑みを浮かべて、ルクシアと名乗る少女は線が無数に書き込まれた紙に目をやる。
「
ちな、で補足された情報がまるで補足になってないんですがそれは……おまけに嫌な思い出まで掘り起こすなよ。寝起きに気分が悪いな。
「そして去る3月22日、午前1時17分。顧客管理システム刷新プロジェクトの打ち上げの三次会終了後、一人でストゼロを飲みながら帰宅中、足を踏み外して用水路に転落。頭部を強打して気絶し、そのまま溺死」
顔を上げたルクシアに、記憶が甦る。
未だかつてない大炎上案件だった。あれは死んでも忘れないと思った。
プロジェクトマネージャーが交代すること実に3回。担当部長は心を病んで休職し、戦線離脱したパートナーさんは数知れず。リリースはできたが役員連中はぶちギレ状態。そんなの飲まないとやってられないじゃないか。
その結果がこれだよ。
「お悔やみ申し上げます」
「はあ……」
ルクシアの繰り返しの弔意に、俺は曖昧な返事しかできなかった。
死んだ記憶が甦ると、この殺風景な空間の違和感にもようやく気づくことができた。窓のない真っ白い部屋に、真っ白い机。ミニマリストを極めたかのような空間で、居心地が悪い。死後の世界だと思うと、それも妙に納得できてしまう。
「死んだってことは、今から地獄行きですか?」
「何で地獄前提?」
だって、俺としては天国に行くような徳を積んだ覚えはないし。
「安心してください。あなたのような死に方をされた方には、主の命に従い、二つの道を提示することとしています」
「やっぱ天国か地獄なのか……」
「違いますって。もっと現実的で、あなたにメリットのある提案です」
まるで胡散臭い営業かコンサルのような物言いだ。主というのは神様で、だとすると彼女は天使といったところか。
「あなたのこれからの道は二つです。一つは、以前の世界に今の記憶を持ったまま転生する。いわゆる、強くてニューゲームです」
「つ、強くてニューゲーム?」
「もう一つは、今の状態で異世界に行き、残りの寿命を生きる。定番の異世界転生ですね」
「君、ライトノベルとか好きなの?」
「いえいえ気のせいですよ」
ルクシアは笑顔で否定した。
とにかく、特別な提案だということは内容から明らか。誰でも喜ぶし、悩む二択。それは分かる。
「一つ訊いて良いですか?」
ただ気になることがあった。
「記憶を消して転生させてもらうことはできないんですか?」
「それは今回対応しておりません」
ルクシアは申し訳程度に申し訳なさそうに答えた。
「今回は特別ですので、通常対応はいたしかねます」
「そういうものなんですか」
「そういうものなんです」
お役所対応のような突き放し方に、さらに続ける。
「それで、転生の方でよろしいでしょうか? よろしいですよね。元の世界の方が勝手がよく分かってらっしゃるし、引き継いだ記憶もそのまま使えますし、何より俺TUEEEEできますもんね。最近は現代ファンタジーなんかも人気ですし」
やっぱりこの天使ライトノベル好きなんだろうか。そんなことを考えつつ、押し売り気味に進めようとするルクシアに、俺は希望を伝えた。
「異世界が良いんだけど」
「え?」
「このまま異世界に行きたいです。記憶引き継いで転生したくないんで」
「い、いやいやいやいやいや! 記憶持ったまま転生した方が良いじゃないですか。俺TUEEEEできますよ? 神童扱い待ったなしですよ!?」
「そういうのいらないです」
「冷静になりましょうよショートさん! 異世界に行っても勇者とか賢者なんかにはなれません。魔法なんてあなたには習得できないし、美少女にモテモテでハーレムなんて天地がひっくり返っても実現しません。スローライフなんて夢のまた夢です。思っている以上につまらないし過酷ですよ!?」
この天使俺のことを何だと思っているんだ。というか、妙に転生を推してくるな。ノルマでもあるのか。
「分かりました、分かりました! じゃあこうしましょう。転生先は日本で固定して、中流以上の家庭に生まれるようにします。母子家庭で色々苦労されたんですよね? 奨学金を借りて、国公立一本の一発勝負を強いられて……そういう苦学とは無縁な人生を確約します。それなら……」
「そんなに僕のことを知ってるんだったら、転生したくない理由も分かるでしょ?」
そう訊いてみると、ルクシアの顔から笑みが薄れた。やっぱり、俺のことは全部知っているらしい。
「今の記憶なんて消したいんですよ。人を殺した記憶なんて」
「あなたが殺したわけじゃないでしょ! あれは自殺であって……」
「僕が死なせたも同然でしょ。そんな記憶を抱えてまた一からやり直すくらいなら、今のまま異世界に行って、残りの寿命を慎ましく生きますよ。そしたら今度は記憶消して転生できるんでしょ?」
ルクシアは小顔を悔しそうに歪めたかと思いきや、
「~~~~~ッ! 分かりましたよ、もう!」
やけくそ気味に吐き捨てた。
「とんだハズレですよ、クソが!」
天使らしからぬ悪態とともに、ルクシアは指を鳴らした。
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