高校生法人化編
第21話 何度目かの勉強会、春にて
蒼護市の図書館は、春の光に満ちていた。
窓から差し込む陽射しは柔らかく、外の桜並木は七分咲き。風に舞う花びらが硝子越しに霞のように揺れている。
机に広げた教科書の白さがやけに眩しい。ページをめくるたび、インクと紙の匂いが鼻をくすぐった。
「……俺たち、もう二年生か」
思わず口に出た。
通信制の高校は生徒もバラバラだけど、それでも学年は存在する。進級という区切りは、確かに「時間が進んでる」って実感させられる。
――あの新聞に載った日から、もう数か月か。
横を見ると、小春がノートに色鉛筆でカラーチャートみたいなのを描いていた。ブルー、ピンク、黒。それぞれに「ボタン」「タイトル用フォント」と書き込みまである。
「なあ小春、それって勉強って言えるのか?」
大哉が身を乗り出して、にやっと笑った。
「べ、勉強だもん!」
小春は慌ててノートを隠そうとするが、俺は思わず笑って止めた。
「いやいや、立派な勉強だろ。デザインだって必要だし、色の組み合わせを考えるのはセンス磨きだ」
「そ、そうかな……」
小春は照れくさそうに頬を染める。だが口元はちょっと嬉しそうだ。
大哉は肩をすくめ、また問題集に目を落とす。
「オレだって最近は家業だけじゃなく勉強も頑張ってんだぜ。漁に出る前に問題集解いたりしてな」
「へぇ、成長したな。去年は“文字見ただけで眠くなる”とか言ってたのに」
「おい、それは忘れろ! 今は中の下くらいはキープしてんだからな!」
胸を張る大哉に、俺と小春は思わず吹き出した。
――気づけば、俺たちは本当に変わった。
俺は学年トップに食い込むようになり、小春も同じく上位。大哉だって底辺から抜け出して中堅に。
机に並ぶ三人の姿そのものが、努力の証拠だった。
ページを閉じ、俺は深く息をつく。
「……そろそろさ、本格的に新しい機能を作ってみないか」
「え?」
小春が瞬きをする。大哉も顔を上げた。
「ほら、新聞に載ったあのときで満足しちゃったけど、結局そのあと何も作ってないだろ? 気づいたらもう二年生だし。だったら、今度こそ何かカタチに残そうぜ」
図書館の空気が一瞬で張りつめた。小春は唇を噛み、大哉は腕を組んで天井を仰ぐ。
「ただな……」
俺は小さくため息をつき、机に視線を落とした。
「正直、人手が足りない。三人だけじゃ限界がある」
「……それは否定できねぇな」
「オレ、プログラムなんてまだチンプンカンプンだし」
「それに、何を優先して作るかも問題だ。便利さ? 面白さ? それとも地域に役立つものか……」
答えはすぐには出ない。
けれど、答えを探そうとすること自体が、もう“次の段階”に進んでいる証拠だった。
窓の外で桜の花びらが、風に乗って舞い上がる。
春の光が机を照らし、三人の影を柔らかく重ねていた。
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