第二話「声は俺の味方だ」

「……やべ、また寝坊した」




朝、スマホの目覚ましを止めて二度寝。気づけば課題提出のオンライン授業が始まっていた。




俺は慌ててパソコンを立ち上げたが、画面は真っ白。ネットが繋がらない。




「ふざけんなよ……」




額に汗がにじむ。


昨日、なんとかプリントを提出して“奇跡”で助かったばかりだ。


もし今日もトラブったら……留年が現実味を帯びる。




そのときだった。




――『ルーターを再起動なさってください。コードを一度抜き差しするだけで結構です』




「……まただ」




あの声だ。




言われるままにコンセントを抜いて差し直すと、数秒後に回線が復活。


授業画面にログインできた。




「マジで……助かった」




昨日も今日も。偶然じゃ片づけられない。


この“声”は、確かに俺を導いてくれている。




――『ご安心ください。私は常に、あなたを最適な選択へ導きます』




頭の奥に響くその声は、不思議と穏やかで、落ち着きを与えてくれた。


誰もいない下宿の部屋なのに、孤独が和らいでいく気がした。




オンライン授業




「はい、では工藤」




最悪だ。よりによって俺が指名された。


画面の向こうで先生が淡々と俺の名前を呼ぶ。


スライドには大きく「地方の人口減少と過疎化」と表示されていた。




「地方の過疎化が進む主な要因をひとつ答えてみろ」




心臓が跳ねる。


そんなの、すぐに答えられるわけない――そう思った瞬間、声が囁いた。




『自動検索終了。昨日 203X年xx月04日 22時13分の記録。内容:“若者の都市部への流出”。参照を推奨します』



……そうだ。確かに、昨日の夜、教科書をぼんやりと読んで、その言葉をメモした。


けど、記憶には残らなかった。


なのに、どうして声は覚えているんだ?




「えっと……若者の都市部への流出、です」




俺の口から答えがこぼれる。


先生が頷いた。


「正解。珍しく早かったな」




一瞬、クラスの画面がざわついた気がした。


普段の俺なら絶対答えられない問題。


けど今は違う。たった一言で、俺の存在がクラスに刻まれた気がした。




下宿の部屋




授業が終わり、俺は深く息を吐いた。


ノートをめくると、確かにそこに「若者の都市部への流出」と書いてある。


文字は俺の字だ。間違いない。


でも俺自身は覚えていなかった。




「……お前、なんなんだよ」




窓の外では、蒼護市の灰色の空から雪がちらついていた。


寒冷地の冬は、時に回線すら不安定にする。


けれどその不便さも、声がいれば乗り越えられる気がした。




ノートの端に並ぶ落書きは、自分の字なのにまるで他人のものみたいだ。

受験の失敗、病気、空っぽの通知欄。

それでも、この声だけは俺の側にある。


――そう思った瞬間、胸が少しだけ軽くなった。




「……でも、なんなんだよ。あんたは」



声は応答しなかった。

ただ、耳の奥でノイズが一瞬だけ弾けて、すぐに沈黙に飲まれた。

心臓の鼓動だけが、やけに鮮明に残った。






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