第7話 洞窟の中で出会ったもの
洞窟の中は薄暗く、外で猛威を振るう嵐のせいで、芯から冷えるような空気が満ちていた。雨で濡れた外套が体に張り付き、容赦なく体温を奪っていく。
(このままじゃ、まずいな)
僕は濡れた服を乾かし、何より暖を取るために、すぐに火を起こすことにした。
壁際には石で組まれた粗末な炉があり、中には古い炭や灰が積もっている。幸い、その脇には誰かが集めたのであろう、乾いた木の枝が少量残されていた。火口(ほくち)と火打石を取り出し、かじかむ指で息を吹きかける。小さな火花が散り、乾いた苔に移って、やがて頼りない炎が立ち上がった。
炎が育つにつれて、洞窟の隅々までがオレンジ色の光に照らし出されていく。
そして、改めて見回した洞窟の様子に、僕は息を呑んだ。
寝床らしき場所はひどく荒らされていた。敷物代わりに使われていたらしいなめし革は引き裂かれ、乾いた葉が乱雑に散らばっている。
(獣が入った跡だ。ここの主は……ここで息絶えて、そのあと……)
旅の果てにある、誰にも看取られない死。その生々しい痕跡に、胸の奥が冷たくなった。
僕は火のそばに戻り、その熱で少しだけ落ち着きを取り戻す。揺れる炎が、作業台の下に置かれた一つの木箱を照らし出しているのを、僕は見つけた。他とは違う雰囲気を放つ、丁寧に作られた箱だ。
そっと引きずり出し、埃を払う。古びた留め金を外して蓋を開けると、乾いた苔のクッションの中央に、一体の石人形が仰向けに寝かされていた。
大きさは僕の掌に収まるほど。ずんぐりとした人型は、驚くほど滑らかに磨き上げられている。頭、胴体、短い手足。単純な形なのに、不思議な存在感があった。
僕はそっと、それを持ち上げてみた。ひんやりとした石の感触。ずっしりとした重み。その時、腕や足の関節が、かすかに砂を噛むような音を立てて、ごくわずかに動いた。
(……これは、ただの人形じゃない。精巧な何かだ)
箱の底、人形が置かれていた場所の下に、革で保護された羊皮紙の筒が収められていた。抜き出して中身を広げると、それは驚くほど精密な筆致で描かれた設計図だった。
「自動人形……ゴーレム」
思わず、声が漏れた。図面の中心に描かれているのは、まさしく今、僕が手にしているこの石人形そのものだ。
図面の余白には、製作者のものらしきメモが、びっしりと書き込まれていた。
『我が最高傑作。我が子。しかし、これを目覚めさせるには『心臓石』が足りない』
『もはや我が命も尽きようとしている。誰か、この子に心臓を与えてやってはくれまいか』
僕は設計図を置き、再び炉の前に座り込んだ。
孤独な職人の最期に、僕は自分の未来を重ねていた。僕も、いつかこうなるのかもしれない。人と関わることを避け、溜まっていく記憶の澱から逃げ続けた果てに、誰にも知られず、風と道だけが見ている場所で、静かに消えていく。
(僕の呪いは、結局僕を一人にするためのものなんじゃないか……)
そんな考えが、冷たい霧のように心を覆う。
(……いや、待てよ。この人は、本当に一人だったんだろうか)
炉のそばに、箱から出したゴーレムをそっと置く。
職人は、その命が尽きる瞬間まで、この小さな石の体に夢を託していた。絶望の中の、唯一の希望。彼にとって、このゴーレムはただの作り物ではなく、確かに「我が子」だったのだろう。
揺れる炎が、ゴーレムの滑らかな体に影を作る。明滅する光の加減で、その胸が、まるでゆっくりと息をしているかのように見えた。
(心臓さえあれば、君は目を覚ますのか)
僕はそっと、その石の胸に指を触れた。冷たい。でも、なぜだろう。この石の奥に、確かな熱が眠っているような気がした。それは、作り手の願いの熱かもしれない。
(このまま、ここに置いていくのか? この職人さんの夢ごと、また獣に荒らされるのを待つのか?)
それは、違う気がした。
物思いからふと我に返ると、外で荒れ狂っていた雨風の音が、遠ざかっているのに気づいた。
(……嵐、過ぎたみたいだな)
洞窟の入り口は真っ暗で、どうやらもう夜らしい。
僕は鞄から、石のように硬くなったパンと干し肉を取り出す。炉の残り火でパンを少し炙り、静かに腹を満し始めた。
火の向こうで、小さなゴーレムが静かに横たわっている。僕の旅の目的が、また一つ増えてしまった。僕の呪いを制御する方法を探す旅。そして、この名もなき職人の夢を受け継ぎ、この小さな体に心臓を与える旅。アルメへ向かう理由が、また一つ、強くなった。
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