検証
ゲームをしているだけではわからない事も多い。
それを僕は身をもって体感しているところだ。
プレイヤー視点から見ていたシエナは所謂クーデレキャラに分類しており、そのデレもプレイヤーに対してではなく猫に対してのみ発動するものだった。
普段無表情で尊大な態度のクールキャラのくせに、猫を前にすると途端に目じりが下がり「んなぁ~ぉ~。んぁァァーーにぃゃ~~」と結構ガチ目の猫語で話しかけてしまう姿がシエナの人気に火をつけた。
そんなシエナはモブ枠の中でも、こと近接においては主人公を近接特化で成長させた場合を除けばゲーム内最強のユニットであり、個別ビジュアルまで用意されている準ヒロインのような扱い。
ただしシエナが箱舟のヒロインなのかと問われれば明確にNOと言える。
どこでそれを判断するのかといえば、ヒロイン枠とモブ枠の違いは好感度パラメーターがあるかないか。好感度がある場合は最初にパラメーターをカンストさせたキャラの個別エンディングがクリア後に入る。ない場合は好感度の代わりに忠誠度のパラメーターになっている。
これらはどちらも隠しパラメーターなのでゲーム内でも確認はできないけれど、最後のエンディングがあるかないかで判別可能なんだよね。あとぶっちゃけ解析されちゃってる。
この隠しステータスが低いとやる気が落ちて、攻撃力低下等のデバフがかかったり、最悪の場合は離脱したりと色々と不都合が起きるのはどちらも同じ。
なので純粋にエンディング部分の差でしかない。
しかし今のシエナを見ていると、とてもモブ枠とは思えない。
クールキャラはどこへやら、ニコニコと満面の笑みで僕の腕に絡みつきながら歩いている。
ゲームでは自身を癒した聖女以外の人族に対しては基本偉そうに接してたのに、この姿を原作知識がない人が見れば確実にヒロイン枠に見えるだろう。
ちなみに本来のルートを通らず、エリクサーで回復させた場合でも何故か聖女に癒された事になってストーリは進むので、PTに聖女がいない時は会話が嚙み合わない事が多々ある。
とにかくヒロイン枠でないシエナは好感度の概念がない。
だからこれも僕に対する好意とかではなく、実はこんな人懐っこい一面もありますよって裏設定なんだろうけど、万が一僕が最初の世界に戻って実はシエナは~なんて、ドヤ顔で書き込みをしても妄想キッツって言われて終わりだろうね。
そんな事を考えながら歩いていると、耳元近くをプーーンと不快な音を響かせながら蚊が飛んでいた。ほんと凄いな箱舟。こんな細かなとこまで作り込んでたの?
まさかゲーム内で蚊を見るとは思わなかったよ。
「…………」
よくよく見ればシエナも時折眉を顰めて周辺を警戒してそうな雰囲気がある。蚊は羽音も嫌だけど血を吸うし、吸われた後は痒いし最悪だよね。
あっ、けどこれ刺突完全耐性アクセの検証チャンスなのでは?
蚊の針が刺突扱いなのかどうか微妙なところだけど、もし弾いてくれたらアクセの効果の立証になるし、発動しなくても大した痛手にはならない。安全に検証するには最高の相手じゃないか。
「世界。羽虫が2匹飛び回ってます。片付けますか?」
「ああ、ちょっと待ってね。鬱陶しいかもしれないけど、確かめたい事があるんだ。僕に任せておいてほしい」
2匹いたんだ。僕は1匹しか気付かなかったけど、やっぱりレベルが高いと動体視力も凄いんだな。確かシエナは回復時点で既にレベル40だったはず。雑魚中ボスの僕では逆立ちしたって勝てない相手だね。
そんなシエナを肉壁にできて頼もしくはあるんだけど、さすがに蚊から守ってもらう必要はない。
…………なんてことを話してる間に1匹目を既に見失った僕としては、今2匹はどこを飛んでいるのか場所を教えてもらいたいけど、僕に任せてと言った手前なんとなく聞きづらい。
いやほら、蚊って小さいでしょ?
ちょっと目を離すと近くに居ても見失うのも仕方なくない?
僕が無能だからなんて正論パンチは要らないよ。
そもそもアレだよ。別にここで刺されるまで待つ必要がないんだよね。
ここで2匹も見かけたのなら河原に行けばもっとたくさん飛んでそうだし。それに血を吸うのは確かメスだけって話だから、今飛んでたのがオスだと時間を無駄にするだけだ。
―――★
そんなわけで河原に来たよ。
ほらね、いるいる。河岸の草木が多い場所を蚊が元気にブンブン飛び回ってるよ。
「もう潰していいですか?」
シエナの蚊に対する殺意が高すぎる。
そりゃ僕だって検証がなければ血を吸いに来た蚊は潰すけど、蚊を叩き潰す為だけに河岸に出向くほどではないよ。
「ダメだってば。今回は少し離れた場所で大人しく見てて」
なぜか僕の側から離れるのを渋るシエナを必死に説得して、ようやく検証開始だ。
それにしてもシエナは任務に忠実だね。本当に片時も離れず隣で守ろうとしてくれる。
これなら主人公が襲ってきても、しっかり肉壁として働いてくれそうだよね。さすがに蚊から守ろうとするのは過保護が過ぎるけど。
河岸で仁王立ちするも、なかなか蚊は寄ってこない。確か体温や二酸化炭素に反応して寄ってくるんだったよね。
上着を河辺の大きな石に向かって投げ捨て、薄着になってみる。
それでもなかなか寄ってこないので腕まくりをし、両手を広げて吸血しやすいよう最大限のサポートをする。
ついでにスーハーと大きく深呼吸して二酸化炭素を振りまき、更には見ていませんよとばかりに目も瞑る。
ねえ、なんでこないの……?
もしかして今周囲を飛んでるのはオス蚊だけ?
「ここまでお膳立てされて刺す事すらできないオスって何のために存在してるんだろ……」
オス蚊にしてみれば理不尽だろうけど、ついついシエナに愚痴を零してしまう。喋れるならメスと交尾して子孫を残す為に存在してんだよって言い返したいだろうけどね。
けどさ、箱舟は男も家事と育児に参加しろと、同調圧力が増していた時代に作られたゲームだよ。なら蚊のオスだっていつまでもメスだけに吸血を任せてないで、オスが吸った血をメスにあげる仕組みぐらいあって然るべきべきじゃない?
うん、ごめん。今の無し。血を吸う蚊が二倍になったら普通に嫌だ。何言ってんだろ僕。
そんな挑発が効いたのか、ついに1匹の蚊が広げた腕に向かって飛んできたらしく羽音がすぐ傍で響いた。蚊旦那を馬鹿にされてキレた奥さん蚊と見たね僕は。
そのままじっと待つと、ついに腕に留まった感触がした。
さあ刺してみるがいい。
そっと薄目を開け、今か今かとその瞬間を待つ。
そんな折に何やらドタドタ足音がすると思ってたら、視界の端にシエナが走り込んでくるのが映る。シエナの動体視力ならあの距離からでも蚊が僕の腕に留まったのが見えているみたいだね。
あまりの過保護っぷりに少し笑いが出そうになった。事前にどういった検証をするか話しておくべきか悩んだんだけど、ナイフや剣じゃなくて蚊で検証しようだなんてチキン過ぎるって思われそうだから止めておいたんだよね。
そんなタイミングでついにその時は来た。
――捲られて無防備な僕の右腕に蚊の口針が近づいていき…………
弾いたッ!!!!!!!!!!
やった! やったよ。弾かれた蚊はくるくると旋回しながら遠くへ飛ばされていく。ゲーム内ではダメージが0って事しかわからなかったけど、リアルだとあんな風に吹っ飛ぶんだね。
「ふっ。雑魚め……」
刺突完全耐性アクセの効果の実証と共に、今後僕は二度と蚊に刺される事はないと確定した。つまり今周囲を飛び回っている蚊は僕になんの痛手も負わす事のできない雑魚であり、ちょっとぐらいイキってもざまぁされる心配もないわけだ。
なんか今の僕強キャラっぽくない?
……まあ蚊相手なんだけど。
アクセ効果でちょっと高揚しちゃったけど、冷静になると恥ずかしくなってきた。
更にタイミングの悪い事に後ろの方で、寝転がった男が二人してこちらを凝視している事に気付く。
……あんなところに人居たっけ?
寝転んで日向ぼっこでもしてたのかな……全然気付かなかった。これもう完全に黒歴史だ。
夜に誰もいないからと自転車を漕ぎながら大声で歌ってたら、近くに知り合いがいたのに気付いた時と同じくらい恥ずかしい。
ほら、二人とも引き攣ったような顔してこっちを見てる。完全にドン引きしてるよあれは……。
そりゃそうだよね。蚊と戦って?
挙句にドヤってたら完全にヤヴェ奴だもん。そんな顔にもなるよね。
「世界。怪我はありませんか?」
「うん……。もう行こうか……」
蚊には刺されなかったから怪我はないけど、代わりに心に大きな怪我を負った僕は検証成功にも関わらず意気消沈して帰路につく事になった。
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