第30話 バビョンさん
「パイプラインなんざ絶対に通しちゃなんねえよ」
「そうかあ、補助金やら何やらで景気がよくなるんじゃねえのか」
わが実家、スナックはなみずきにもゲート開発関連の論争は持ち込まれていた。ゲート開発賛成派のおじさんたちと、反対派のおじさんたちが今夜も居酒屋清談に声を弾ませている。
「景気がよくなってもよう、作物がこんなんなったらどうにもなんねえじゃねえか。なあ、ミコちゃんもそう思うだろ?」
「はあ……」
反対派のおじさんが差し出すスマホには、魔素の影響で突然変異を起こした農作物が映っている。
にたりと笑う人面カボチャ、節くれだった老婆の掌のような人参、リアルなおっさんの太もものような大根……ひげ根が真っ黒で、成分的にはほぼ人毛らしい。すげえ嫌だ。
間堺で起こったものではなく、世界各国で発生した変異作物を集めたまとめサイトの画像だが、こうやっていっぺんに見せられるとなかなかキツイものがある。
「でもよお、全部が全部そうなるわけじゃないんだろ? 補助金やら何やらで景気もよくなるだろうし、影響が出そうな農地は高値で買ってくれるらしいじゃねえか。ねえ、ミコちゃん?」
「は、はあ……」
賛成派のおじさんは兼業農家だ。
兼業と言っても、農家の比重は少なく、先祖代々の土地を荒らすわけにはいかないという使命感だけで農業を続けている。逆に言えば、何かしらまっとうな言い訳さえ立てば農業をやめたいと思っている人だ。
こんな騒動が起きるまで知らなかったが、こういう人は意外に多いらしい。
「そもそもパイプラインって何なんだよ。魔素か瘴気だか知らねえが、そんなわけがわからないものを通して大丈夫なのかねえ」
別の反対派おじさんが口を挟む。
メイコーエコライフシステムズが提案しているパイプライン事業は、ゲートにぶっといパイプを通し、異世界から魔素を輸入しようと言うものだ。特殊なフィルターで魔素を吸着し、魔石に加工。エネルギーとして利用するという算段である。
成田や新宿に出来たような大型ゲートなら人や物資の行き来も容易なため、税関や検疫所が設置されてそれこそ国際空港のような形で運用されるのが当たり前らしいのだが、間堺のゲートはいかんせん小さすぎた。直径1メートルでは交通のハブとしては役者不足なのである。
かといって、完全封印するにはもったいない。
異世界との貿易は金になる。
数十センチであれば採算が見込めないが、1メートルならどうにか利益が見込める。
そういう絶妙な大きさのゲートが開いてしまったのだ。
「ふん、誰が何と言おうとうちの山に妙な手出しはさせないざますよ」
額に〈パイプライン建設絶対反対〉のはちまきを巻き、鼻息荒く焼酎の水割りを飲むのはマダムである。
おかあさんが弁当販売をするときに挨拶に行き、それ以来はなみずきの常連になっていた。
「
「そうは言ってもよう、近頃は御山も荒れ放題だったじゃねえか。それを今更伝統だ何だあって言われてもなあ」
「ぐぬぬ……」
痛いところを突っ込まれたマダムが歯ぎしりをする。
確かに裏山はまともに手入れがされている状態ではなかった。
山頂のお社に向かう参道は雑草に侵食されてほとんど獣道と化していたし、肝心のお社そのものも廃屋の半歩手前の有り様である。
「ね、年に一度は手入れをしているんざますよ。でもひとりではとても追いつかないざます」
「今どき下草刈りもやらねえしなあ」
「下草刈り?」耳慣れない単語に思わず口を挟んでしまう。
「ああ、山に入って雑草を刈るんだよ。で、それを土や糠なんかと混ぜて肥料にするんだ。俺がガキの頃はよく手伝わされたよ。今どきそんな面倒なこと誰もやらないけどな。化学肥料を買った方がよっぽど安い」
なるほど、それで人が手入れをしなくなって荒れてしまったというわけか。
「それにアレだ。堤防も立派なのが整っただろ。昔は水害があると御山に集まって難を逃れたらしいが、今はそういうこともなくてなあ。それで祭りも自然になくなっちまったらしい」
堤防とお祭りと、何か関係があるのだろうか。
わたしが不思議そうな顔をしたのを察したのか、マダムが言葉を継いだ。
「オヤシロ様は水神様ざます。彼岸川と此岸川、その間の境に立って水を治めてきたんざますよ」
「水害があるうちはありがたみもあったがね。喉元過ぎれば熱さ忘れるってな。堤防で洪水が防げるんだから、わざわざ神様にお祈りする意味もないってわけよ」
「そんなことはないざます! オヤシロ様のお怒りに触れるとどんな恐ろしいことが起きるかわからないざますよ!」
ヒートアップしたマダムが水割りのグラスをカウンターに叩きつける。おじさんは「い、いや、そういうつもりじゃなくてよお」と両手を上げて降参のポーズをした。パイプライン賛成派風の発言を繰り返していたが、別に強硬派というわけでもないらしい。
険悪な雰囲気が流れかけたとき、カランコロンとドアベルが鳴った。
見慣れない若者の三人連れで、どうやら新規さんらしい。
おかあさんが席を案内し、システムを簡単に説明する。
こういうお店に慣れていないのだろう。
きょろきょろと落ち着かない様子で店内を見渡し、わたしと目が合ったところで止まった。
あー、これは嫌な予感がする。
「あれ、もしかしてバビョンさんですか?」
「おいおい、バビョンさんじゃわかんないっしょ」
「あー、えっと、この動画の人」
ご丁寧に、タブレットで動画まで見せてくる。
そこには奇声とともに3メートルの垂直跳びをするひとりの女が映っていた。
そう、裏山の警備に駆り出されていたときのわたしである。
「わあ、合成じゃなかったんだ!」
「サインください、サイン!」
「ちょっとジャンプしてみてもらえませんか? ばびょんって」
「ああ、ええっと、ひ、人違いじゃないですかね……」
げんなりするわたしに、常連さんたちが一斉に爆笑する。
「いいじゃねえか、ミコちゃん。ばびょんくらいやってあげればさあ」
「あれは迫力あったぜえ。迷惑なよそ者がみんな泡を食って逃げ出すくらいだったからな」
わたしの渾身の垂直跳び警告は、誰かがネットに公開してそこそこにバズっていたのだ。こうして物好きな若者がUMA探しとばかりに街を訪ねてくる程度には。
わたしにとってはパイプライン云々よりもこちらの方が差し迫った問題である。
「と、とにかく人違いだと思うんで……」
下手に付き合うとまたネットの玩具にされてしまう。
芸能人ばりに顔を隠しながら、そそくさと店の奥に隠れることにした。
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