第29話 開発と反対はセットです
ゲートが開いてから、あっという間にひと月あまりが過ぎた。
10月下旬の風はだいぶ涼しくなり、間堺もすっかり秋模様。裏山は紅葉したケヤキやクヌギで赤や黄色で彩られている。
いっときの狂騒が吹き抜けた間堺は落ち着きを取り戻し、弁当や土産物のバブルは儚く弾けた。
おかあさんもさぞ残念がっているかと思えば、もともと長続きはしないと考えていたので、けろっとしたものだ。弁当の売上は臨時収入として堅実に貯金しているらしい。
そんなわけで、わたしも裏山警備業は無事卒業できたのだが、代わりに別の業務が生えてきた。臨時職員にのんびり休んでいる暇などない。
「地点A-3、魔素濃度は――」
榊原教授が計器を片手に魔素濃度を計測している。
国から依頼を受けて、間堺新ゲート(通称。なんか長ったらしい正式名称がついていたはずだが、わたしはおぼえていない)周辺の魔素濃度とその影響の定点観測を行っているのだ。
わたしの新たな業務は、教授の付き添いだ。
ゲートの周辺では動植物が魔物化し、人間に危害を及ぼすケースがあるらしい。
肉属性魔法に目覚めたわたしであれば護衛として頼りになる――というわけではもちろんない。クマなどの野生動物と一緒で、人間が複数いれば警戒して近寄ってこないそうなのだ。
「見て、この葉っぱはウサギに似ているわ」
計測に忙しい教授を尻目に落ち葉を拾って遊んでいるのはウーナだ。
本命の護衛役はこちらである。
ゴドドルガさん曰く、ウーナが護衛につくなら「下手な神鉄級冒険者パーティを雇うよりも安心じゃろう」とのことだったが、相変わらずそれがどれくらいすごいことなのかはぴんとこない。
まあ、メガロレイヴンなんて大怪獣を一瞬で氷漬けにしてしまうほどなのだ。ぼんやりしているようで怪獣映画に出てくる自衛隊の秘密兵器並みの戦力があることはもうわかっている。
決まった場所での計測を挟みながら、山頂へ向かっていく。
人の行き来が増えたおかげでほとんど獣道のようだった小径はすっかり歩きやすくなっていた。石畳や丸太で舗装されていた跡が見え、かつては参道として日常的な往来があったのだろうと偲ばれる。
「ふむ、ゲート付近はさすがに濃いですが、仮封印はきちんと機能しているようですね」
山頂のお社の前には、フェンスで囲まれたスチール製のプレハブ物置のような建築物がある。
ぶっとい鎖と南京錠で閉鎖されたフェンスには、「あぶない! 関係者以外立入禁止」という看板が据え付けられていた。
行政が一時的な対応として設置したゲートの仮封印施設だ。
異世界の魔法技術と、こちらの科学技術の合せ技で開発されたもので、物置の戸口にはメイオーのロゴマークがでかでかと刻印されている。
これが異世界から流入する瘴気や魔物をブロックしてくれるというわけだ。
「しかし……どうにも妙ですね」
榊原教授が口ひげをしごきながら呟いている。
「何かおかしいんですか?」
「普通すぎるんですよ」
普通すぎる?
どういうことだろう。
「これだけの魔素濃度だと、もっと周辺の動植物に影響があるものなんですよ。しかし、ゲートのすぐそばまで来ても目立った変異を起こしているものがまるで見当たりません」
教授がゆっくりと首を巡らす。
わたしも釣られて辺りを見渡した。
境内には落ち葉が降り積もり、その周りは雑木の森で囲まれている。木々の根本は腰から胸ほどの高さの雑草で覆われ、茂みの奥からは虫の音色がうるさいほどに聞こえていた。
子どもの頃に見たのと同じ、懐かしの裏山の風景そのままだった。
あ、あのクヌギはクワガタがよく採れたな。
「変なところは何もないみたいですけど――って、それがおかしいってことなんですか?」
わたしの間抜けな問いかけに、教授が鷹揚にうなずく。
「ええ、魔素――とくに瘴気が流出する現場の場合、軽度な影響としてまず樹皮に人面が浮かんだり、雑草が絡み合って人の手をかたどったりするんですよ。虫の鳴き声も断末魔の悲鳴のように変化します」
おおう……完全にホラーの世界観だ。
思わずびくびくしながら改めて辺りを観察し、耳を澄ますが、人面も見当たらなければ断末魔も聞こえなかった。ふう、一安心だ。
「誰かが中和しているわ」
「中和?」
ウーナだった。
クヌギのごつごつした樹皮に手のひらを当て、目をつむって何かに集中している。腰まで伸びた銀髪に白いトーガに身を包んだその姿は、中世ヨーロッパの版画のように絵になっている。まさに森の妖精だ。
「中和ですか。瘴気の対抗物質があるんですかな?」
教授が興味深そうにウーナに尋ねる。
「太鼓の話はしていないわ。でも音楽でもできるわ」
「ほう、音楽でも。魔素とはまだまだわからないことだらけですね」
いまいち会話が噛み合っていないが、ぎりぎり通じている……んだと思う。
ウーナとのコミュニケーションはむずかしい。
わたしでもまだまだ試行錯誤の最中だ。
どうやらすごい魔法使いっぽいし、ちゃんと会話が成立すれば教授の魔素研究にも大いに役立つのだろうが、期待するだけ無駄だろう。魔法とはきっと、現代科学文明にはどこまでも相容れないものなのだ。
そんな哲学的な問題に思いを馳せつつ、調査を終えて下山する。
しかし、裏山の周辺の風景を目にすると、そんな哲学的な問題など吹き飛んで現実に引き戻されてしまう。
〈パイプライン建設絶対反対!〉
〈ふるさとを瘴気で汚させない!〉
〈間堺にゲートは要らない!〉
〈メガソーラーの建設も許すな!〉
田畑の辻々に林立する手作り感あふれる看板の数々に、思わずため息がこぼれてしまう。
そう、わが間堺町は、ゲート開発を巡って推進派と反対派とが激しい対立を繰り広げているのであった。
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