第11話 岩融ける山のゴドドルガ

「ただいまー」

「おかえりー。今日はソーミンチャンプルーよー」


 くたびれた身体を引きずり、スナックはなみずきに帰還した。

 お昼に続いて素麺だが、チャンプルーなら脂っ気もあってスタミナもつく。

 小鉢もいくつか頂戴し、夕飯にするとしよう。

 ついでにビールももらっちゃおっと。


「ちょっと、ミコ。ご飯はいいけど、ビール飲むんならそろそろお金取るわよ」

「うげっ、東京で夢破れ身も心もぼろぼろになった娘に情けはないのですか」

「もう帰ってきてひと月もたつじゃない。仕事もすぐ見つかったんだし、甘えたこと言わないの」

「はぁい」


 しぶしぶ財布を開き、ビール代をレジに入れる。

 はあ、実家でさえカネカネカネか……まったく世知辛いぜ。


「瓶ビールって高いからなあ。今度から発泡酒買ってこようかな」

「勝手にすればいいけど、そういうの飲むんなら奥でね。うちは持ち込み禁止なんだから」


 このあたり、おかあさんは線引がしっかりしている。

 お客さんが正規料金を払っているのに、店の娘が格安品を飲んでいては示しがつかないというわけだ。

 スナックはなみずきでも競争は制限され、価格統制が行われているのである。


「何を大げさなことを言ってるのよ」と呆れ顔のおかあさん。

 うっかり心の声が漏れていたらしい。

 ついでだから今日あった出来事を愚痴る。


「そういえばお客さんも異世界の農機は高いってこぼしてたわね」


 おかあさんも知らない話ではなかったらしい。

 うちのお客さんには農家さんも多いのだ。


「発泡酒みたいに、格安メーカーでもあればいいんだけどなあ。ほら、家電ならそういうの結構あるじゃん」

「たしかにね。日本メーカーってそういうの得意なイメージだけど」

「特許とか、そういう絡みで作れないのかなあ」

「メイコーの独自技術なのかしらね」


 ソーミンチャンプルーをすすりながら、とりとめもない話をしていると、


「ふん、あんなものは材料さえあれば昼寝をしてても作れるわい。魔石が手に入らんだけじゃ」と、野太い声がカウンターの端から飛んできた。


 声の主はちょっと前に美麗な箸使いを披露した、赤ひげのドワーフおじさんだ。

 お店ではちょくちょく顔を合わせていたが、めったにしゃべらない人だからちょっとびっくりしてしまった。

 しかし、異世界のことは異世界人に聞くのが一番だろう。

 せっかくなので質問してみる。


「魔石って、こっちでいう石炭とか石油みたいなものでしたっけ?」

「そうじゃ。燃料の他にも様々な素材に使われておるところが似ておるの。厳密に言えばもちろん違うが。とはいえ、化学繊維やらプラスチックやら、油からそんなものまで作るとは、こちらの世界には儂も驚かされたぞ」


 おお、そういえば石油って燃料以外にも色々活用されていたか。

 魔石も単なる燃料ってわけじゃなく、色んな用途があるんだなあ。


「魔石さえあれば、魔道具も安く作れるってことなんですか?」

「そうじゃ。儂はそれに商機を見出してこちらに来たんじゃからの」

「えっ、じゃあ、おじさんは魔道具の職人さんか何かなんですか?」

「職人か何かなどではない」おじさんは不快そうに顔をしかめた。


 ありゃ、違ったのか。

 やけに詳しい感じだから期待してしまったのだが。

 おじさんが咳払いをして、分厚い胸をドヤァという効果音が聞こえそうなほどに反らした。


「何を隠そう、儂こそは岩融ける山のゴドドルガ。氏族一の魔道具職人じゃ」


 いや、合っていた。

 職人か何かという言い方が気に入らなかっただけか。

 儂こそは……とか言われても初耳だからいかんせん反応が難しい。その点、おかあさんは「まあ、それはすごい方だったんですね」なんて如才なく相槌をしている。さすがはスナックママ歴20年のベテランだ。


「魔石さえあれば、あとはほとんどこちらの素材でなんとかできるのだがな」

「魔石はメイオーの独占ですもんね。メイオーが価格を吊り上げなければ……」

「ふん、冥王めいおうの手先どもが手を回しておるのは織り込んでおったわい」


 ゴドドルガさんは眉間にしわを寄せて焼酎のグラスを飲み干した。

 メイオー? なんか発音が少し違った気がするが、メイオーは異世界でもあこぎな商売をしているらしい。何か嫌がらせでもされて、こちらに引っ越してきたようだ。


「計算違いだったのは、こちらでは魔石がまったく掘れんことじゃ。クズ石であれば、向こうならどこでも採れたのでな」


 魔石はこちらでは超希少品なのに、異世界ではありふれていたのか。

 大航海時代のヨーロッパでは、胡椒が同じ重さの金と取引されていたなんて逸話があるけれど、それと似たようなことなのかもしれない。


「さすがにグリフォンやワイバーンから採れるような上級魔石は期待しておらんかったがな。まったく何もないとは思わんかったぞ」

「あれ、魔石って採掘以外でも採れるんですか?」


 素朴な疑問をぶつけてみると、「何を当たり前のことを」とゴドドルガさんの片眉が吊り上がった。


「魔石は世界に満ちる魔素が濃縮、結晶化したものじゃ。質の高いものは採掘よりもむしろ魔物から得られるものじゃぞ。生物濃縮というやつだな。上位捕食者――強力な魔物ほど良質な魔石を体内に蓄えておる。冒険者には魔石を狙った狩りを専門にする者も多いくらいではないか」


 多いくらいではないか、と言われても知らないものはしょうがない。

 そんなことよりもだ。 


「スライムも魔物ですよね? スライムからも魔石って採れるんですか?」

「スライムじゃと? そんな雑魚ではわざわざ狩る意味が……いや、待てよ。原理的には……」


 ゴドドルガさんが赤ひげをもしゃもしゃと掻きむしって唸り、考え込んだ。


「確実なことは言えん。サンプルはあるか?」


 ゴドドルガさんの瞳に赤い炎が宿って見えた。

 職人魂に火がついた、というやつだろうか?

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