第10話 世の世知辛さは変わらない
その日のスライム駆除を終えて町役場に帰った。
デスクで業務報告書に記入していると、人力によるスライム駆除の効率の悪さが改めて自覚できてしまう。
ISEKAI課(作業員は実質わたしひとりだけれども)で駆除を終えた用水路はせいぜい2割くらいだ。
各農家さんもボランティアで手伝ってくれるが、彼らは彼ら自身の田んぼが優先なので用水路だけに集中できるわけではない。
「水崎さん、どうかされたんですか?」
「あ、亀永さん。じつは……」
難しい顔をしていたのだろう。
亀永さんが心配して声をかけてくれた。
一人で悩んでいても仕方がない。
昼間あったことをかいつまんで報告する。
「なるほど、スライム駆除剤ですか」
「はい、でもおばあちゃんの……農家さんが自分で買うには高すぎるらしくって。うちの課で代わりに買ったりはできないんですかね」
「それは難しいですね。予算は前年度にきっちり組まれてますし、うちの課で柔軟に動かせる予算なんて雑費のようなものですから」
「じゃあ町の予算では? 害虫対策予算とかないんですかね?」
「それはもちろんありますが、スライム駆除剤の発売は去年ですからね。ちょうど町議会でも議題に上っているところですよ」
「それじゃ、来年の予算には!」
希望を感じて、思わず身を乗り出してしまう。
「そう簡単にもいかないようでして」
しかし、そんな簡単ではなかった。
町議会はスライム駆除剤の推進派と慎重派で真っ二つに別れているらしい。
慎重派の理由はおばあちゃんから聞いた懸念と同じだ。
継続的にかかる費用の問題、存在するかもしれない副作用への懸念。
そして、推進派はメイコーに抱き込まれているのでは……という疑いまで飛び出しているらしい。
こんな田舎の議員にまで根回ししてるなんて、さすがは政商の悪名高いメイコーと言ったところか。
おばあちゃんちへの営業も、外堀を埋めるための工作のひとつなのだろう。
「スライム駆除剤の是非はともかく、どちらにせよ今年に間に合うようなものではないですね」
「あ、それなら……」と、先ほど思いついたアイデアを相談する。
「スライムは異世界から来たんですよね。異世界なら、何か有効な対策があるんじゃないかと思うんですけど」
亀永さんはISEKAI課創設以来の古株らしい。
わたしなんかよりもずっと異世界のことには詳しいだろう。
「うーん、あるにはありますが……まあこれを見てもらう方が早いですね」
亀永さんがキャビネットから取り出したのは、ファイリングされたパンフレットの束だった。
パラパラとめくってみると、
〈スライム駆除に効果抜群! 自立式小型ゴーレム(ターゲット変更可能)〉
〈業界最軽量で女性でも軽々♪ スライムスピアー・ライト〉
〈水門に取り付けるだけ! スライムブロッカー〉
なんて文言がいくつも並んでいた。
「これって……」
「異世界製の農機具、俗に言う魔道具の一種ですね」
「えっ、農機具にも魔道具ってあるんですか!?」
魔道具――それは魔力を原動力として動く、こちらの世界の科学には存在しなかったアイテムの総称だ。
炎を噴き出す魔剣、雷を放つ鉄槌、狙った敵に必ず命中する弓矢などなど、漫画やアニメで定番の魔道具もあるが、そういう危険物は当然禁輸である。
現在輸入されているのはインテリアが中心だ。
たとえば、光の精霊が封印された照明、四季に合わせて景色を変える風景画、子守唄を歌うベッドなんてものが高値で取引されている。
どれもこちらの科学技術で似たようなものを再現できるのだが、魔法で動くという点が富裕層にウケているらしい。
わたしにはわからないけど、一流は一流を知るってやつなんだろう。たぶん。
「もちろん、農具にも農機にも魔道具はありますよ。トラクターだとかコンバインだとか、そういうものもあるらしいですねえ」
「へえ、意外ですね。なんとなくこう、異世界って中世的なイメージでしたけど」
「そういう誤解は多いですがね。科学と魔法で違いはあれど、文明レベルそのものは変わらないと思ってよいと思いますよ」
うーん、これはISEKAI課の一員として不勉強だった。
異世界関連の情報なんて、旅行動画やバラエティ番組でしか触れてこなかったからなあ。
反省だな、今後は改めよう。
って、本題に戻らないと。
「それなら、この中から予算内で効果が高そうなものを探して……」
「結局そこなんですよねえ、問題は。これを見てください」
追加で渡されたのはA4のコピー用紙だった。
亀永さんの手作りなのだろう、
〈スライム駆除関連用具 価格一覧表〉
という見出しの下に、製品型番と概要、価格などがまとめられている。
「たっか……」
「そう、魔道具は高いんですよ」
魔道具には高い関税がかけられている上に、輸入業者も少ない。
というかメイオー関連企業のシェアが90%以上を占めており、ろくに価格競争が働いていないらしい。
ぐうう、結局はカネ、カネ、カネである。
たとえ異世界とつながっても、世の世知辛さは変わらないようだった。
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