第13話「理想の彼との出会い?」

 あの修羅場から数日後。

 健司の影はきれいさっぱり消えた。いや、正しくは――美咲がノートに「彼と縁を切りたい」と殴り書いた、その翌日から連絡が途絶えたのだ。


 胸の奥は少し軽くなった。

 けれど、どこかぽっかりと穴が空いたような虚しさもあった。


「……これでよかったんだよね」


 そう自分に言い聞かせながら、会社帰りの駅前を歩いていたときだった。


 不意に、肩が誰かとぶつかった。

「あっ、ごめんなさい!」

 慌てて顔を上げると――そこに立っていたのは、背の高いスーツ姿の男性。


 整った顔立ち。優しげな目元。

 まるで少女漫画から飛び出してきたみたいな“理想のイケメン”だった。


「いえ、僕の方こそ。大丈夫ですか?」

 低く落ち着いた声が、雨上がりの夕空みたいに胸に染みる。


 その瞬間、美咲の手からバッグが滑り落ち、中身が散らばった。

 化粧ポーチや手帳と一緒に――あの「魔法のノート」もアスファルトに転がる。


「あっ……!」

 美咲が慌てるより先に、男性はそれを拾い上げて差し出した。


「気をつけてくださいね」


 ――その声に、一瞬だけ背筋がひやりとした。

(……え? ただ拾ってくれただけなのに、なんでこんな……)


 美咲は首を振り、気のせいだと思い込む。

 彼は小さく笑いながら言った。


「偶然ですね。実は、僕もこの駅でよく降りるんです。……よければ少しお茶でもどうですか?」


 舞い上がりそうな心を必死に抑えつつ、美咲はこくりと頷いた。


(……これって、ノートの効果? それとも――偶然?)


 ノートの表紙が彼の手を離れ、美咲の胸に戻ったとき、その答えはまだ分からなかった。




 

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