第20話 魔炎闘技

『魔炎闘技』。


 わたしがこの世界に転移してきた時に、割り込み参戦をしてしまったイベントだ。

 けれど結局それがどういうものなのか、わたしは把握していなかった。


「この学園の生徒として、『魔炎闘技』の事は知っておいた方が良い。次の授業は無くなって『魔炎闘技』の時間になるだろうから見に行こう」


 というのがフィゼリアの提案だった。


「授業、無くなるの」


 わたしは率直な疑問を口にした。


「そうだよ。それがこの学園のルール。担任のトトノ先生は実況役として駆り出される事だしね」

「確かに」


 先ほど揉めていた女子生徒二人はいつの間にかどこかに行ってしまっていた。「『魔炎闘技』をするなら学園にその申請をする必要があるからね」とフィゼリアは説明した。

 

   ◇


 そして昼休みが終わり、教室に戻ると『魔炎闘技』が開催されるとトトノ先生から通達された。クラス一同は闘技場へと向かった。

 昨日は戦闘領域内に入ってしまったわたしだけれど、今回わたしが居るのは観客席だ。

 わたしの左側に恋歌が座って、右にフィゼリアが座っている。彼女の右にはクノカが座っている。


『さーーーーっ! それでは皆さんお集りのようで、今日も『魔炎闘技』やってくよー! 実況はいつもの通り私、トトノがやります! ロティカ先生は今回は来ないって言うので解説は不在!』


 闘技場の中にトトノ先生の声が響き渡った。トトノ先生は某悪役令嬢のようにデカい声を出せるわけではないので、声を大きくする魔法を使っていると思われた。いや、授業でトトノ先生が言っていた事を鑑みるにマイクみたいな魔道具があるのかもしれない。

 東西に向かい合った門から一人ずつ女子生徒が出てくる。食堂で揉めていた二人だ。


「『魔炎闘技』は基本的には一対一で行われ、それぞれが自らの『正しさ』を賭けて勝負する」


 隣でフィゼリアが言った。


「勝った方の主張が正しいって認められる、って事?」

「その通りだ」

「それだけの為にこんな大掛かりな事をするの……? 勝った方は負けた方に何でも言う事を聞かせられるとかだったら分かるけど」

「例えば『君は私の言う事を聞くべきだ』という正しさが認められたなら相手に言う事を聞かせる事も出来るんだけれどね。

 けれど、そうでなくとも正しさというのは大事なものだと思うな。たとえ痛みを伴ったとしても自らの正しさを認めさせるのは自然な事だよ」


 そうだろうか……? わたしが今戦いを始めようとしている二人のどちらかだったら頭を下げて穏便な解決を図るけど。


「『魔炎闘技』はただの闘技ではなく、特殊な魔法だ。戦闘領域とそれ以外とは強固な結界によって隔てられているし、勝敗の判別は魔法によって行われる」

「勝者の側に炎が灯るんだよね」

「ああ。一定以上のダメージを負ったと魔法により判断された場合にはその者は敗北となる」


『それではぁーーーーっ! 勝負、開始ーーーー!』


 トトノ先生の声が響き渡って、今回の『魔炎闘技』は幕を開けた。

 片方の女子生徒は槍を持っている。そしてもう一方は徒手だった。

 徒手の方の少女が地面に手をつく。

 すると、地面が隆起し、それが槍を持った女子生徒へと襲い掛かった。恐らくは地面を操作するのが彼女のスキルなのだろう。

 それはまるで土の津波だった。四方八方から槍の少女を襲う。


『怒涛の攻撃! これでは逃げ場が無いぞーーー!』


 しかし槍の少女はその土の津波を駆け上がった。


『速い! 疾風迅雷だーー!』


 土の津波は槍の少女に対する攻撃であると同時に、地面操作の少女を守る為の防壁でもあった。槍の少女はもう一方の少女に駆け寄るが、それを土の壁が阻む。


「だあっ!」


 槍が振るわれた。

 そして、土の壁が切り裂かれた。

 それほど大きいというわけでもない槍。しかしそれによって土の壁に作り出された裂傷はかなり大きかった。


「魔道具、なんだ、あの槍……」


 わたしは小さく呟いた。どういう魔法を宿しているのかまでは分からなかったが、ただの槍で出来る芸当とは思えなかった。

 更に槍が振るわれる。それを地面操作の少女は素早い身のこなしで回避。しかし、そこに追撃。槍の柄が少女を殴打した。


「痛っ、てえな!」


 地面操作の少女はその柄を掴んだ。そして、身体を大きく動かし蹴りを放つ。それが命中。しかし、槍使いの少女はそこから槍を取り返した。

 なんか……凄く肉弾戦じゃない!?

 土が覆い被さろうとして、それを槍が振り払う。拳が鳩尾に叩きこまれる。振るわれた槍が二の腕に激突する。

 そうして激しい攻防が繰り広げられ――遂にその時が訪れる。


「らあああっ!」


 槍を激しく前へと突き出す。その目にも止まらぬ刺突が、腹を穿った。

 地面操作の少女は宙を舞った。

 傍から見る限りでは明らかに死に至る攻撃だったが、不可解な事に血が空を舞う事はなかった。

 そして、ゴウッ、という音。


『決着! 決着だーーーっ!』


 視線を上げれば、魔炎が激しく息吹いていた。

 東側――槍の少女が入場してきた側だ。彼女は勝利を誇示するように、槍を高く掲げていた。

 もう一方の少女は暫く寝転がっていたものの、腹を押さえながら身体を起こした。


「そういえば、昨日君が『魔炎闘技』の勝利をかっさらった時に言ったね。『魔炎闘技』では人は死なないと」


 フィゼリアが隣で言った。


「うん」

「さっきの攻撃は通常であれば死亡してもおかしくない攻撃だ。けれど、それを受けた彼女は怪我らしい怪我も負っていない。これは『魔炎闘技』という魔法がダメージを肩代わりしたからなんだ。一定以上のダメージが発生した時、この肩代わりが発生する。そして、肩代わりが起こった時点で勝敗は決するというわけさ」

「なるほど……」


 だから普通なら死人が出るような戦いをしても平気、と……。

 いや人は死なないからと言っても物騒じゃない!?


「これが『魔炎闘技』。

 そして、この学園は『魔炎闘技』の勝敗を正誤の指標とする場所だ。

 つまり――この学園では強さこそが正しさなんだよ」


 え……怖……。

 もしかしてわたし、結構やばい学園に入っちゃった……?

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