第2話 パフェを求めて
前世の記憶が大きな理由だ。
帝都に来て十日。
アリサは埃のなくなった部屋を見て、満足気に笑みを浮かべた。
「キュイ~」
「うんうん。綺麗になった!」
一階の店舗と、二階の二部屋。これを生活できるようにするまでに十日かかったのだ。
まだ庭部分は手つかずだが、それはおいおい進めていけばいいだろう。
田舎から持って来た最低限の荷物はしまうと、質素な柄に部屋らしくなったと思う。
アリサは新しく買ったベッドに飛び乗る。
「わが城だ~!」
「キュ~」
シロが嬉しそうにアリサの上に飛び込む。
羽根が当たってくすぐったい。
「あはは。シロじゃないよ。でもいっか」
今日はいつも以上に気分がいい。だって、ようやく自分の帰る場所を手に入れたのだ。
両親をなくしてふた月。村を出てひと月。
アリサは帰る場所をなくした。
村に住み続けることも選択肢の一つになっていたが、そうはしなかった。
なぜなら、村にはなかったのだ。
「よし! 時間もできたし、散策に行こう!」
「キュッ!」
アリサはリュックを広げる。すると、シロがまっすぐ頭から飛び込んだ。
小さいとはいえ、シロはドラゴンだ。街中で見たら捕まってしまう可能性がある。
(ドラゴンを飼ってはいけないって法律はないから大丈夫だと思うけど。念には念を入れないとね)
近所づきあいが良好になってから、シロを紹介するのがいいだろう。
アリサには田舎暮らしで培ってきたノウハウがあるのだ。
アリサはリュックの蓋を閉めると、背負った。
階段を駆け下り、一階に降りる。
埃だけを取っただけ。この一階をどうするかは決めていない。
(お金はまだたくさん残っているから、改築するのもありだよね)
しかし、一人と一匹の生活なら二階部分だけで事足りる。
アリサはぐるりと見回したあと、家を出た。立てつけの悪くなった扉は、少し上げるようにして押さないとうまく開かない。
十日もすれば慣れてしまったが。
アリサは軽やかな気持ちでカルモ通りを駆けた。
左右に並ぶ煉瓦造りの建物には酒の絵が描かれた看板や、食事の絵が描かれた看板が並ぶ。
昼真の時間はいつも閉まっていた。
(ベルメリ通りはどこだろう?)
アリサはカルモ通りを抜け、帝都の商業地区の中央広場にやってくる。
商業地区は中央が広場になっていて、放物線上に通りが分かれていた。
十日間の宿生活で聞き込みをした結果、カルモ通りはいわゆる繁華街らしい。
そして、アリサが求めているカフェはベルメリ通りに多く集まっているという。
他にもファッションロードと言われる通りなどがある。
アリサは広場の中央にある案内図を確認して、ベルメリ通りに向かった。
ベルメリ通りに入ると、若い女性たちやカップルで賑わっている。
(ここかぁ! 外観からかわいい!)
煉瓦造りの街並みはカルモ通りと変わらない。けれど、そこかしこに花が飾りつけられていて、とても華やかになっていた。
お洒落をした女性たちが吸い込まれるように、店の中に入っていく。
アリサは店の前まであとを追った。
(この絵はケーキかな?)
砂糖の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
(幸せの香りだ~)
匂いだけで頬が落ちそうになる。アリサは両手で頬を押さえた。
つい、ふらりと入ってしまいそうになる。
しかし、アリサは頭を横に振る。
「ううん、今日の目的はケーキじゃないわ!」
「キュッ!」
シロがリュックの中で返事をする。
アリサは慌てて当たりを見た。みんな、スイーツ選びに必死で気づいていないようだ。
リュック越しにシロを撫でる。
彼はリュックの中でもぞもぞと小さく動いた。
アリサは一軒一軒覗いていった。
(こっちは焼き菓子。あれはプティングかな?)
甘い香りに包まれながら、歩いていく。
全身で幸せを浴びているようだ。
(この感覚、久しぶり)
アリサはゆっくりと息を吸い込む。
前世、アリサの趣味はカフェ巡りだった。朝から晩まで働いていたアリサの唯一の楽しみだ。
休日に朝から東京のあちこちを巡り、カフェに入る。田舎から上京してきたアリサにとって、東京は巡っても巡っても終わらないダンジョンだった。
コーヒーとスイーツ、その組み合わせが大好きだ。
スイーツの中でもアリサが一番好きなものがある。
「……ない!」
ベルメリ通りの端でアリサは思わず叫び声を上げた。
リュックの中のシロが何事かと動く。
いつもなら宥めるのだが、今回はそれどころではない。
「パフェが……! パフェがどこにもない!」
通行人の視線がアリサに向けられる。しかし、人の目を気にしていられる状態ではなかった。
アリサは膝をついて項垂れる。
アリサの一番好きなもの。
それは、パフェ。
東京には美しいパフェがたくさんあった。
パフェが忙しいアリサに季節を教えてくれた。仕事の疲れを癒やしてくれた。
そして、幸せにしてくれた。
「キュイ~」
「シロぉ~。どうしよう。パフェがないの」
この世界に生まれ落ちて二十年。
何度パフェを求めてきただろうか。
アリサは辺境の村に生まれた。もちろん、パフェなんてお洒落なものはない。
けれど、帝都ならあると信じていたのだ。
アリサはパフェのためにこの帝都までやってきた。
「君、大丈夫か?」
低い声が降ってきて、アリサは顔を上げる。
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