パフェでもいかがですか?
たちばな立花
第1話 上京
アリサは帝都の門をくぐって、ゆっくりと息を吸い込んだ。
都会の匂いがする。
ここが、帝国最大の都市―─ミエルガルド。
(人、人、人! 東京みたい!)
行き交う人々は足早にアリサの横を通り過ぎていく。挨拶をすることもない。
まるで、新宿の駅を歩いているときのような感覚だ。
風が吹いて、アリサの茶色の髪が揺れる。いい天気だ。
アリサはポケットから地図を取り出した。
(カルモ通りは、あっちか)
大きな荷物を両手に持ち直す。
「キュッ」
背中のリュックから、小さな声が聞こえた。振り向くと、リュックの隙間から鼻が見えている。
「シロ、静かに! 家に着くまで待っててね」
シロの存在は秘密だ。
きっと帝都の真ん中で姿を現したら、大きな騒ぎになるだろう。
アリサが小声で注意すると、シロは鼻をスンスンと鳴らしたあと、リュックの奥に戻っていった。
(急がないと!)
アリサは背中に大きなリュック、両手にも大きなボストンバッグを持って、人通りの多い街の中を駆けた。
***
アリサには前世の記憶がある。
それは、こことは別の世界―─日本という国で生きていたころの記憶だ。
東京という巨大な街で、働いていた日々。しかし、働き過ぎたせいかアリサは若くしてこの世を去った。
そして、気がついたときにはこの世界に生まれ落ちていたのだ。
新しい人生はメルヴァーナ帝国の端の端。北の小さな村から始まった。
優しい父と母のもとに生まれたアリサは、村の中でも森に近い広大な自然の中で育ったのだ。
アリサは大きな荷物を足元に置くと、二階建ての煉瓦造りの屋敷を見上げた。
「想像していたより立派じゃない!」
優しい両親は先々月、旅行中に馬車の事故で亡くなってしまった。
この屋敷は彼らの遺した遺産の一つだ。
なぜ、こんな都会のど真ん中に家を持っていたのかはわからない。
両親の荷物の中に入っていた鍵を差し込む。錆ついた扉の鍵はいやな音を立てながら開いた。
扉の奥は埃だらけ。
踏み入れた瞬間、身体に悪そうな白い埃が宙に舞う。
(これは大変そうね)
アリサは苦笑をもらした。
手入れのされていない家は、人が住めるような状態ではない。この分だと二階も同じだろう。
一階は小さな店だったようだ。
L字型のカウンターの奥にはキッチン。棚には埃を被ったグラスや酒瓶が並んでいる。
窓の奥に見える庭は草が生い茂っていた。
一度、外に出ると布で顔を覆う。背中のリュックがもぞもぞと動いた。
「シロ、もう少し待っててね!」
アリサはリュックを撫でる。
(まずは居住空間の確保から!)
アリサは埃を踏みつけながら、部屋の中を歩く。キッチンの奥へと進むと、二階に続く階段があった。
真っ白の階段を登りきる。
すると、リュックの中からシロが顔を出す。
「キュイッ!」
「あっ! シロ」
アリサが制止するよりも早く、リュックから飛び出したシロは大きな羽根を広げて部屋の中を飛ぶ。
シロ―─正式な名前はシロップ。
五年前、北の山の中でアリサが助けたスノウリィドラゴンの子どもだ。
毎日アリサに会いに来て、友達のような存在だった。
懐きすぎた結果、帝都に引っ越すときにもついて来てしまったのだ。
シロが起こす風で埃が舞う。
アリサは咳き込んだ。
「シロ! だめだよ! 降りてきて」
「キュイ~」
シロは不服そうな声を上げると、アリサの頭の上に降りた。
「とりあえず、埃をどうにかしないとね」
アリサは立て付けの悪くなった窓を叩くようにして開ける。
風が舞い込んで、部屋の埃が再び舞った。
(当分は宿屋に泊まって、通ったほうがよさそうね)
アリサは肩を落とす。
両親が事故で亡くなったという報を受けたとき、アリサは田舎の屋敷にいた。
両親はアリサが薦めた旅行の途中で亡くなったのだ。
亡骸を見ても、すぐには納得ができなかった。まさか二十歳を前にして両親を亡くすなんて考えてもいなかったから。
ひと月かけて両親の荷物を整理したとき、アリサは彼らが遺した遺産の存在に気がついた。
銀行に預けてあるらしい多額の現金。そして、カルモ通りの中ほどにある煉瓦造りの一軒家の権利書だ。
質素に暮らしてきた両親からは考えられない遺産だった。
「キュイッ」
シロが窓の外を覗いて声を上げた。
窓を覗き込めば、人が行き交っている。
カルモ通りは静かなほうだ。両隣は店のようだから、夜に開店するような店なのだろう。
看板に酒の絵もよく見た。
「人がたくさんいるね」
こんなに人が大勢いるのを見るのは、前世以来だ。
田舎から出て来たころを思い出す。
行き交う人の洗練された雰囲気にのまれそうだった。
しかし、今はワクワクしている。
「さて、掃除から始めますか!」
「キュイッ」
シロが元気よく返事をすると、部屋を一周しアリサの頭の上に戻ってくる。
アリサは部屋の隅に落ちていた箒を手にした。
***
アリサがなぜ、こんな都会に出てきたのか。
それには理由があった。
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