第2話【視点変更】花畑での救出劇

 ――タニア、ごめんね……私がお父さんを愛してしまったから……。


 それがエルフであるお母さんの最期の言葉だった。


 1年前――わたしが14歳になったとき、お母さんは殺された。立ち寄った森のなかで、近くの里のエルフに見つかり、いきなり毒矢で射られたのだ。どうやらハーフエルフであるわたしを育てていたことが罪に当たるらしい。その場は逃げることができたけれど、結局お母さんは助からなかった。


 わたしの姿は不幸を呼ぶ。両親以外の全員が、わたしを呪われた姿だと言った。


 お父さんともお母さんとも違う、銀色の髪。

 あおみどりと左右で異なる色の瞳。


 フードが外れた瞬間、悪人はわたしを傷つけたり奴隷にしようとし、普通のひとは侮蔑ぶべつの言葉を投げてきた。


 ハーフエルフがなぜ差別されるのか、わたしにはよくわからない。お母さんの話によると、大昔、人間とエルフの恋愛が種族間の大戦争に発展したことがあるからだという。


 お父さんの顔は覚えていない。わたしが1歳になる前に、モンスターからお母さんをかばって亡くなったとは聞いている。


 今まで何度も死にたいと思った。けれど、わたしの代わりに亡くなった両親のことや、「貴方にもきっと幸せなときが来る」というお母さんの言葉を信じて生きてきた。


「お母さん……」


 そして、月蝕げっしょくの夜。


 わたしは、ノイエルの森の外れを歩いている。モンスターに出くわす可能性もあるが、仕方ないのだ。


 街道を通っては人間に見つかるかもしれない。

 かといって、森の中心部に行けば、エルフの集落があるかもしれない。


 人間とエルフ――どちらにもなれないわたしは、どちらのものでもない境界でしか生きていけないのだ。


「あ――――」


 しばらく進むと、森の間にぽかりとあいた広場があった。


 そこには、シオンの花が薄紫色に光っていた。


「きれい……」


 シオンの花は魔力マナを溜めこむ性質がある。


 月蝕げっしょくの影響もあり、森の中は大量のマナで溢れていた。シオンの花は、かつて見たことのない幻想的な光をまとっている。


「……お母さん」


 私は、シオンの花畑に寝転がった。


 マナの粒子が空へと昇っていく。


 もしも、人間がいう神さまが本当にいるのならば。


 お母さんもお父さんと天国で幸せに過ごしているのだろうか。


「会いたいよ、お母さん……」


 わたしは薄紫色の光に包まれながら、両親のために祈りをささげた。



 ――そのときだった。



「おいおい、本当にハーフエルフがいるじゃねーか」


「ほらな。夕方に見かけたのはコイツだよ」


「あ……」


 ガバッと体を起こすと、周りには短刀を持った男が3人いた。シオンの花を踏み潰しながら、じりじりとこちらに近づいてくる。


 ――身なりからして、人間の野盗だろう。月蝕のせいで、魔力感知ができなかったようだ。


「ほら、フードを外せ。念のため確認してやる。ハーフエルフじゃなけりゃカネだけで許してやる」


「ハーフエルフならふさわしいところへ送ってやるよ。魔力奴隷として毎日白目をむくまでマナをしぼり取られるか……聖職者の性奴隷になるか。クク、聖職者は面白いよな、ハーフエルフは人間じゃないから姦淫かんいんの罪に当たらないんだとよ」


「おい、油断するなよ。ガキみたいに見えるとは言え、エルフの血が混じっている。魔法には警戒しろ」


「あ、あ……」


 野盗は連携をとりながらせまってくる。


「こ、来ないで!!」


 威嚇いかくのため、手のひらを相手に向ける。


 だけど、わたしは魔法を使えない。エルフのように自然の力を借りることも、人間のように4大精霊との契約もできていない。


「ハハ……、なんだその手は? 魔力マナが集まっていない……さては魔法が使えないのか!?」


「う、うう……」


「手が震えているぞ? ハッタリがバレて打つ手なしか?」


 正面の野盗は無造作に距離を詰めてくる。


「や、やだ……!」


 わたしは野盗たちの間を走り抜けようとする。


 しかし。


「逃がさねーよ!!」


「あっ……」


 わたしの腕を、野盗の一人がガッとつかんだ。


「は、離して!!」


「ハーフエルフが調子に乗るなよ!」


 力ずくで花畑に引き倒される。


「うっ……!」


 背中に鈍い痛みが走り、シオンの花びらが散乱する。


 そして、わたしの首すじには短刀が当てられた。


「ハハ、恨むならハーフエルフとして産んだ親を恨みな! お前はまともな人生など送れない! わかりきったことだろうが!!」


「ゆ、許してください……、許してください……!」


 泣きながら頼み込む。


 だけど。


「は!? ウジ虫同様のハーフエルフが許されるわけねえだろうが!! おい! ロープをくれ!!」


「うう……」



 ――タニア、あなたもきっと幸せになる日が来るわ。



(お母さん……)


 わかってしまう。ここで捕まってしまったら、そんな日はもう来ないのだと……。


「やだ……! 助けて……!!」


「おら、静かにしろ!!」


「押さえてやるから、早く縛れ!!」


 ロープがわたしの手に巻きつけられる。


「助けて……!! 助けてください!!」


 ぎゅっと縛られ、抵抗ができなくなった。


 いつの間にか足も動かせなくなっている。


 これじゃ、もう……!


「たすけて、お母さぁぁああん!!! うわあああああああん!!!」


 こらえきれず、大きな声で泣いてしまう。


 もう、わたしを助けてくれる人なんていないのに。


 わたしは誰からも嫌われているのに。


 わたしの味方なんて……この世界にいないのに……。


「おら! 騒ぐな!!」


 そして、口に猿ぐつわをされそうになったとき……。


「――クク、愚民どもは法も知らんのか? ロートシュベルト領において人さらいは重罪だぞ?」


 ――バキッと音がして、目の前の野盗が遠くへ飛んでいった。


「ぐべっ!!!」


(え……? なんで……?)


 状況がつかめないまま、視線を上げる。


 すると、ひらひらと舞い上がるシオンの花びらの先に、ひとりの男性が立っていた。


 夜よりも黒い髪に、ほのおのような赤い瞳。


 気品のあるたたずまいは、まるでお母さんに聞いた神話の英雄のようだ。


「な……キサマは誰だ!! ハーフエルフをさらいに来た同業者か!?」


「クク……、ここまで無知だとはな……」


 男性は腰から剣を抜いた。


「俺はジーク・フォン・ロートシュベルト。ロートシュベルト辺境伯が長子ちょうしである。俺を野盗風情ふぜいと混同した罪、万死にあたいする。それに……」


 ヒュンっと男性が剣を振るうと、わたしを縛っていたロープが切れて、するりと落ちた。


「俺はこいつを奴隷にしにきたわけではない。俺はこいつを――幸せにしに来たのだ」

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