乙女ゲームの観測者に転生した俺が、神様に嘘をつくまで

しんこすたんじ

第1話

大雨が降る学園の校舎裏で、全裸の少女を拾った。

いや保護した、と言った方がよいのかもしれない。


ピンク頭に、大きな宝石のような瞳。

すっと通った鼻筋に、小さく艶やかな唇。


―――既視感。


そんな少女が白く透き通る肌を何の隔てもなく曝け出している。


見過ごすにはあまりに魅惑的な姿。

下心で声をかけたと思われても仕方がなかった。


「っ……」


悲痛な表情に、小さな嗚咽。

弱冠17歳の女の子がしていい表情かおじゃない。

右頬には殴られたような腫れ痕。

見るに堪えない。放っておくのは良心が痛む。

だがその一方で関わってはいけなかった、と。そう思い返したがもう遅かった。


やがて2重の瞳がこちらをゆっくりと捉え、後にその褐色の瞳ははっきりと揺れていて警戒の色を強める。男性が裸の女性に近づいているのだ。当たり前だろう。


「何か御用で?――篠宮くん」


ああ名前、覚えられていたのだなと、どうでもいいことが頭によぎった。

と同時に後戻りのできない道に進む実感が沸く。


「こんなところにいたら風邪を引くだろ」


そう言うと同時に着ていたブレザーを彼女に渡す。案の定拒絶されたので、仕方なく役目を果たさずとんぼ返りしてきた自分のブレザーを再び羽織った。その姿を伺っていた目の前の少女は冷たく棘のある声音で告げる。


「貴方には関係がないでしょう?」


不憫で可哀想な少女だ。


「じゃあさ、あんたにそういう格好をさせるよう指示させた奴らが校舎の3階から見てる人たちかだけ教えてくれ」


校舎3階の空き教室。そこから男3人、女2人のグループがこちらを覗き込んでいた。彼らは玩具を弄ぶような感覚でこちらを見て楽しんでいる。その顔に気色の悪い笑みを浮かべて。


いじめだった。


どうやら目の前の少女―――桜凪由奈は今回の世界線でも被害者いじめられっ子らしい。今回は桜凪の全裸をクラスメートに晒させることで辱めを受けさせようとしている、といったところか。本当に反吐が出る。気持ちが悪い。そうはっきりと感じた。


褐色の瞳が絶望の色に染まっていく。


桜凪は俯いて少しの間沈黙を貫いた。まるで言いたくない、というかのように。渡したブレザーを受け取らなかったこともそうだが、指示されたこと以外のことをすると彼らに背いたことになり、いじめがエスカレートするとでも考えたのだろうか。


深くため息をつく。桜凪の肩が僅かに震えるのが分かった。


「ならさYESだったら一歩遠ざかってくれ」


そうして桜凪の足がほんの少し後方に下がる。それは彼女からのとあるメッセージで。


ああ、と。

すべてを理解する。


その瞬間には俺の体は動いていた。桜凪にブレザーを強制し手を引いてバイクに乗せる。少し振り返ったが虐めっ子グループは見つめるだけ。自分へのヘイトは度外視で学校を去った。


〇〇

学校から15分ほどバイクを走らせて2階建てのボロアパートに。2階端にある俺の部屋に入るや否や、彼女は尋ねてきた。


「あの、どうして助けてくれたのですか」


玄関で膝を抱えこむようにしてこちらを捉えるその瞳には、困惑と不安の色が混じっている。おそらく自分から虐めに首を突っ込む行為が彼女には不思議でならないのだろう。だが。


「とりあえず風呂入って体温めてくれ。話はそっからだ。風邪を引かれては目覚めが悪い」


見ればピンクの髪は水滴が滴って随分重さを増したように見えるし、なにより大粒の雨の中ずっと裸で居たのだから体は冷え切っていることだろう。


控えめに返事をして浴槽に向かう桜凪の背中は、どこか儚げで触れると消えてしまうような脆さがあったように思える。そこに既視感を感じたのはきっと俺が無意識のうちに今までの世界線での桜凪と姿を重ね合わせていたからだろう。


乙女ゲームにおける桜凪由奈は、主人公の女がクラスメート3人の誰かを攻略する間に、どの筋書きでも虐められて心を病み、やがて自殺する。そんな少女で、バッドエンドしか持ちえない不憫で可哀想な脇役キャラクターだ。そのため乙女ゲームのなかでは常に不人気であった。一方俺はというと、嫌いというよりかはむしろ逆。


予行までして学校の屋上から飛び降り自殺をさせた世界線。

桜凪由奈に妊娠させ、生まれてきた子供を自らの手で殺させた世界線。

犯される動画を強制的に撮られてネットに上げられて。そうして自殺に追いやった世界線。


”過去”がフラッシュバックする。俺はこの世界への積極的干渉を認められていない。ただ行く末を見守ってその記録を神に告げる。そういう存在だから。故に、俺は自分の推しがそのような末路をたどるのを傍で見ることしかできない無力な人間で。


―――もううんざりだ。


何が世界の理だ。

何が神なのだろう。


もう、どうでもいい。


この世界線では消極的に生きていてなお彼女に接触した。単に運がよかった。だからそんな中で思った。


「お前は、いつだって助けを求めてたんだな」


誰かに自分を見つけてほしくて。誰かに助けてほしくて。でもそんな願望は誰の心にも届かなくて。

そうして鋭利な冷たさと残酷さが彼女の心を蝕んでいく。おそらく彼女に手を伸ばさないように神が設定しているのだろうが。


そんな中で俺は観測者。


この世界にとって異物でイレギュラーな存在。

だからなのだろうか、桜凪を助けたいという思考ができるのは。


だけど救わなかった。枷である観測者の立場を言い訳にして。

彼女を虐めから解放させるということはこの世界への積極的に干渉する、ということ。

彼女を助けるということは神との契りを破るということに他ならなかったのだ。

だからそんなこと、できなかった。


だが最初からそんなものは間違っていた。

今日実際に彼女の悲痛な姿を見て真に理解したから。

干渉、すればよかったのだ。


観測者7回目。


―――俺は神に嘘をつく。

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乙女ゲームの観測者に転生した俺が、神様に嘘をつくまで しんこすたんじ @akisig343

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