第4話
大きな木をまるで手応えもなく容易く一刀のもとに切り倒してしまった私は地面に深々と突き刺さっている刀を引き抜いて、じっくりしっかりと刀の刃を見て刃こぼれしていないか確認した。
肉眼で見る分には刃のどこにも欠けたような形跡はなく、それどころか刃のどこにも土が付着して汚れている箇所すらなかった。
コレは・・・良いモノだ・・・
私は心の中で刀を称賛し何度も頷いた。
ひとしきり驚きと感動を味わった後で森林探索を続行し、果物以外にも何か気になるものはないか確認しながらゆっくりと慎重に歩を進めた。
小屋を中心にして森の中を半周程過ぎた辺りまでにもう一つピンク色の果物のなる木を発見したので、今回は少し控えめに周辺の細い木を薙ぎ払って目印をつけ、さらに探索を続けたところ、新たに気になる物を発見した。
それは恐らくキノコと思われる白い物体で、大きさは15センチ程はありそうだった。
私は近づいてまたしてもすぐに素手で触ることはせず刃を裏返して刀の背の先でチョンチョンとキノコに触れてみたが特に何の変化もなかった。
少しだけためらった後で意を決して素手でキノコに触れて根元からもぎ取った。あっさりと綺麗にもぎ取ることが出来た。
あまり顔に近づけない距離で匂いを嗅いでみたところ、これまた何とも形容し難い香ばしい良い香りがほんのりと漂ってきて、さらに鼻に近づけて香りを確認するとたまらなく食欲をかき立てられる実に良い香りが鼻腔を通過して脳内に伝達された。
あまりにも美味しそうな香りなのでそのままガブリとかぶりつきそうになるのを何とか堪えて、もう一本生えていた同じ白いキノコをもぎ取って両サイドのポケットに入れたがサイズが大きいので頭のカサの部分がポケットから飛び出した。
そうしてさらに森の探索を進めて一周回り終えるまでにもう一か所ピンク色の果物が生えている木を見つけたので、食料問題については少し安心した気持ちになって小屋の方へと戻った。
今回入手したキノコは香りがピンク色の果物よりも強いので、枕元に置いておくと思わず寝ぼけたまま食べてしまいかねないし、この小さな小屋の中では香りが充満しそうだったので、最初にピンク色の果物を置いた池のほとりに置くことにした。
まず一つ目の白いキノコを芝生の上に置き、続けて二つ目の白いキノコを芝生の上に置こうとしたところで身体が停止してしまい、物凄く食べたいという心の欲求と戦うことになった。
そしてつい鼻の近くまで白いキノコを持っていき香りを嗅いだところで思わず口を大きく開けてしまい、そのまま口の中に入れそうになったところで我に返って慌てて手を遠ざけて顔を逸らし気味にして芝生の上に置いた。
これはある意味恐ろしいキノコだった。もしかしたら猛毒だったり体内に寄生するような極めて危険なキノコかもしれない。それを成功させるためにとても美味しそうな香りを出しているかもしれないではないか。私は後ずさりしてキノコから距離をとってそう考えた。
しかし先程至近距離で嗅いだ素晴らしい香りが余韻として頭の中に再現され、どうにも食べたいという衝動的な欲求が抑えられなかった。
じっとしていると居ても立っても居られなくなりそうだったので刀を手にして抜刀し、食欲を断ち切るかのように素振りを行う事にした。
開始し始めた頃はまだどうにもキノコのことが気になって集中力が乱れていたが、それを振り払うように遮二無二無心になって素振りをし続けるとまたしてもトランス状態になったようで、前回は妙にハイな気分だったのが、今回は何というか何かしらのゾーンに入ったような感覚になり、あたかも幽体離脱して頭の先から魂が抜け出して、残された身体はまるで操り人形かリモコンロボットのような状態でひたすら素振りし続ける機械のようだった。
魂という主を失った抜け殻の身体は規則正しく素振りをし続け、主である魂の方はというとそのまま上空を漂っていったが突然風船が弾けるかのような感覚でハッと我に返った。
かなり驚いたようで思わず刀を手から離してしまったらしく、ふと地面に突き刺さった刀を見てまたしても私はギョッとして飛び上ってしまった。
今回は右足からわずか数センチという距離に刀が地面に突き刺さっていたのだ。あともう少しずれていたら足の甲を貫通していたことだろう。
ビックリしたせいか分からないが、私は深く大きく呼吸をしていた。口ではなく鼻で・・・
するとまたしても白いキノコのたまらない香りが私の脳内に襲いかかってきた。
おかしい、白キノコから3メートル以上は離れているはずなのにさっきよりも香りが強くなっている気がする。いや、もしかしたら香りが強くなっているのではなく自分の脳か嗅覚がバグってそう思い込んでいるだけなのかもしれない。これはいけない!離れなければ!
私は咄嗟に駆けだして白キノコから遠ざかったのだが、何を思ったのか突然Uターンして白キノコの方へと向かってしまい、ヘッドスライディングして白キノコに手を伸ばしてしまった。
白キノコを掴んだ右手の手首を左手で掴んで懸命に右腕を押さえつけたが、右手は少しづつ口元に近づいていき、耐えきれなくなって顔の方から右手に向かって行ってとうとう白キノコの頭のカサをバクリと食べてしまった。
「モグモグモグ・・・ゴクリ・・・」
「ンンンーーーッ!」
「ンンンーーーッ!」
「ンンンーーーッ!」
私は目を大きく見開いて3回程海老反りにのけ反った。当然強烈に美味しかった。どこがどう美味しかったのかとても言語に出来ない程美味しかった。恐らく完全に脳がバグってしまったのだろう。
それから残りの白キノコをムシャムシャ食べた。とても人には見せられない、いや、自分自身でもとても見ていられない程の表情で一心不乱に食べていたに違いない。
そして・・・
「・・・ウ・・・ウフフフフ、アハハハハ、イヒヒヒヒ、イッヒッヒ、エッヘッヘ・・・」
嬉しくて幸せでたまらなく、トロンとした目で口からはよだれを垂らしながら私は気味の悪い笑い声をあげていた。心の中でもう一人の自分がドン引きした目で冷静に事態を見守り続けていたが、どうにもこの陶酔感には抗えなかった。
その後も時折気味の悪い笑い声を発しながら私は心地良い芝生の絨毯の上に横たわっていた。
やがて日が沈みかけてきたので、私はだらしなく寝転がりながら物干し竿に近づき、腕を伸ばしてシーツの端を掴み、すっかり乾いているようだったのでそのまま横着してシーツを引っ張ると物干し竿ごと落下してきた。
物干し竿は頭に激突することなく地面に落ちて、私はシーツを手繰り寄せて身体に巻き付け、さらに近くに日干ししていた枕を落下した物干し竿を使って横着して手繰り寄せて、そのまま芝生の上で眠る事にした。
単なる薄手のシーツなのにとても温かいぬくもりに包まれたかのような幸せを感じながら私は深い眠りへと落ちていった。
そして初めて夢を見た。
私は物理的な身体を持たず、意識だけが大空高く舞い上がった。地平線の遥か彼方がわずかにカーブを描いて見える程まで舞い上がった。
眼下を見下ろすと小さくて丸い濃い緑色の森林地帯が見えて、その先は草原が続き、さらにその先は畑が見えて、さらにその先には町が見えた。
グルリと他の周りを見てみると険しい山岳地帯や砂漠らしき場所や氷の大地のような場所、さらに遥か先には大海原も見えた。
そうしてひとしきり辺りを見回した私は満足してまた深い眠りへと戻っていった。
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