第3話

 綺麗な自然の用水路に横になって不快な汗を洗い流した私は実にすがすがしく良い気分になり、次は服とベッドシーツを洗濯しようと思った。


 しかし問題は洗濯物を干すためのものが全くないことで、濡れた服やシーツをどうやって乾かせば良いのか、冷たくて気持ちの良い用水路で頭を冷やしながら考えたところ、アイディアが閃いたので用水路から出て全裸のまま日本刀を手にして森の方を見た。


 目を凝らしてよく見ると結構お目当てに近い物があることが分かったので、私は小屋に引き返してブーツを履いて、お目当てのものは森の中に入らずとも手に入りそうだったので、相変らず全裸のまま森の方へと向かった。


 早速理想的な形のものを見つけたので、私は刀を斜め上段に構えて躊躇なく振り下ろした。


 それは先端がYの字に分かれている木の枝で、幹に近い所は自分の手首程の太さがあったが、いともたやすく簡単に一刀両断することが出来た。


 そうして落ちてきた枝を左手で掴み、さらに二股に分かれた枝の先を切り落とした。


 落ちてきた枝は結構重かったと思うが、よくぞ片手でキャッチ出来たものだと後になって私は自らを感心した。


 そして切り落とした枝の後端を斜めに鋭利にカットして、小屋に近付いて早速それを地面に突き刺した。


 その際いったん刀を芝生の上に置いて両手で勢いよく地面に突き刺したのだが、私の想像以上に枝は地面に突き刺さってしまったので引き抜いて別の場所に手加減してもう一度突き刺した。


 想像以上の自分のパワーに驚きつつも、続けて今のと同じ形状の枝を入手すべく森の方へと戻り、程なくして同じ手順で同じ形状のものを入手した。


 これもまた地面に突き刺した後で、今度は真っ直ぐ曲がっていない枝を入手した。


 簡素ではあるがこれでお目当ての物干し竿セットが完成し、早速衣類をもう一度用水路で軽く洗い直して、両手で絞ったり捩じったりして水を落としてから物干し竿にかけた。


 残念ながらシーツを干す程のスペースがなかったのでシーツは明日の朝に洗うことにした。


 その後は全裸のまま昨日に引き続き素振りを行って、さすがにその日は夕方になる前にやめて、もう一度用水路に入って汗を洗い流してから濡れた身体をしばらくの間自然乾燥させた後ですっかり乾いた服を着た。石鹸も洗剤もなかったがそれでも気分的には十分快適になった。


 小屋に入ってベッドに横たわるとすぐに眠くなってきたのでそのまま夕食も取らずに寝た。


 そうして3日目の朝を迎えたのである。


 起きてすぐにやはり空腹であることを自覚したが昨日のような酷い空腹感はなく、身体中激痛を伴う筋肉痛もなかった。


 まだ最後の一つのピンク色の果物が池のほとりに置いてあるはずなので私はベッドから起き上がり小屋の外へ出た。


 お目当てのピンク色の果物はなくなることもなく置いたときのままの状態で存在し、手に取って良く見ても特に痛んでいることもなく、相変らず良い香りがしていたので、早速ガブリとかじりついた。


 すぐに幸福感が身体を駆け巡ったのだが、昨日のような強烈なエクスタシー反応をすることはなく、みなぎってくる力が強過ぎて何かしないと居ても立っても居られないような精神状態になることもなかった。


 私は早速小屋に戻ってベッドシーツを手に取り自然の用水路で洗濯したが、どうもほとんどどこも汚れていないようなのでサッと軽くすすぐ程度にして水を絞り落としてから物干し竿にかけた。


 ちなみに残念ながら枕には着脱式のカバーがなく、枕そのものを洗ってしまうと中の綿までグッショリになっていつまで経っても乾かないと思ったので洗濯は諦めたのだが、シーツ同様ほとんど汚れていないように見えたので芝生の上において日干しすることにした。


 その後私はピンク色の果物を補充するべく初日に確認した道順を辿って森の中へと入り、お目当ての果物を3個手に入れた。残りはあと2個だった。


 いったん小屋に戻って今回はベッド上の頭の位置に果物を置き、他にも同じ実のなる木がないか探すことにして、小屋付近に差し込む明るい光がしっかり確認出来る範囲内で円を描くように森の中を探索し始めた。もちろん刀は抜き身の状態で低く構えながら慎重にゆっくりと周辺を警戒しながら進んだ。


 しばらく探索を続けていると一つ目のお目当てのものを見つけることが出来た。暗く鬱蒼とした森の中でもピンク色の果物は目立つので見つけるのは容易だった。大きさ的に今いる場所からは割と距離があるようなので今回は取りに行くことはせず、その代わりに何か目印になるものを残そうと思って周りを見渡した。


 丁度身近に大きな木があったので木には申し訳ないが刀で木の表面にバツ印でもつけようと思い、刀を構えてまずは斜めに切れ込みを入れようと軽く刀を振ってみたがまるで手応えがなかった。


 やはり素人、刀の間合いすら分からないのかと苦笑いしながらもう一度距離を縮めて刀を振ったが、またしてもほとんど手応えがなかった。


 いや、今のはおかしい。どう考えてもどう見ても今のはしっかり刀は届いているはずだ。


 と、口には出さず心の中でつぶやきながら木の表面に近付いてじっくりと良く観察してみたところ斜めに描かれた直線があるのが分かった。


「んっ?んん~~~?」今度は口に出た。


 私は思わず自然と木に手を当てて軽く押してみたところ、ギィ~ッと音がして斜めに描かれた直線が裂けて隙間が出来るのが分かった。


「なにィ~~~ッ!?マジか!」


 私が放った一振りは表皮を傷つけた程度ではなく、かなり深くまで切断していたようだった。


 私は目を大きく見開いて刀をまじまじと見た。


 そして何を思ったか、より一層木に近寄って斜め上段に刀を振り上げ、目は大きく見開いたまましばらく静止して沈黙し、呼吸を整えながら心のシグナルがパッと点灯するのを待ち、「今ッ!」と感じた瞬間何も考えずただ感じたままに斜め下に刀を振り下ろした。


 素人剣術なので勢いそのまま刀は地面に深々と突き刺さり私は少し前につんのめってしまった。


 そして地面に深々と突き刺さった刀の刃を見たところギョッとして背筋が凍り付いた。


 刀は左足元から10センチもない地面を深々と突き刺しており、振り下ろす角度によっては自分の足を切断していたかもしれないのだ。


 思わず私は刀を手放し「うわっ!」と声を上げて後ろに飛び跳ねた。


 すると今度は大きな木からメキメキという音がしてきて、またしても私はギョッとした顔で正面を見ると、まるでスローモーションのように木が倒れていく様子が見て取れた。


 大きなその木は他の細い木を道連れにして倒れていった。こちら側に倒れてこなくて良かった。


 静寂だった森の中で結構派手な音と衝撃が響いたが、それで一斉に鳥などが驚いて飛び立つようなことはなく、森の中は不気味なまでに静かなままだった。


 ともあれ一応目印をつける事には成功した。とんでもなく目立つ大きな目印になってしまったが。

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