第6話 塔のルール

 俺は、狭いベッドの上で目を覚ます。

  

「気が付かれましたか、シモン?」


「俺、いつの間に寝ていた?」


「二時間ほど前です」


「ああ」


 あのとき、俺は手を差し伸べられたのだと思っていた。手を取ろうとしたら、口を抑え込まれたんだっけ。


「あのときは、危険でした。アレだけの戦闘を、した後でしたからね。ケガでもしたら、大変でした。睡眠の魔法で、眠っていただきました」


「最終的に、俺にトドメを刺したのはあんたの拳だ」


 俺は半身を起こす。


「それ以前からです。あなたは、相当な場数を踏んでいらした。自分でも気づかないほどに、身体を酷使していらしたんですよ」

 

 ヒナ王女が、お盆に乗った丼を俺に差し出す。エビチリ丼である。


「まあ、召し上がってください。自信作なんですよ」


 毒は、なさそうだな。毒を盛るつもりなら最初から殺していただろうし、わざわざ起こさない。

 

「……いただきます」

 

 レンゲを取って、俺はお言葉に甘える。


「おお、辛い」


 しかし、うまい。絶妙な辛味を、白米がマイルドにしてくれた。


「疲れたとき、炭水化物は正義ですから。ドカ食いして、また気絶なさればよろしいかと」


「姫様の料理は、趣味だ」


 ブレンダが、付け加える。

 

「ご自身の名義で飯店を開いてはいるが、基本はまかない作りを生業としている」


 ヒナ王女は他にも、名義だけを貸して住民に営業をさせているという。


「なにかトラブルがあっても、すべてはわたくしの責任となりますわ」


 王女が、あどけなく語った。本人は手持ちの物件で好き勝手されても、まったく不満を持っていないらしい。 


「ここでのルールは、なにかしらの仕事を持つこと。入った以上、働いてもらう」


 仕事は、なんでもいいらしい。飯店や服飾、武器弾薬製造など。無免許だろうと、腕があれば医療行為だって可能だ。


「ブレンダの仕事は?」


「面接官だ。普段は、パトロールをしている」


 この塔を襲ってきた連中を相手するのが、彼女の仕事らしい。


「だが、姫が色々な人やモノを招き入れたため、とんでもなく規模がデカくなってしまってな。北側の警備が手薄になってしまった」


 そこで、門番を募集したという。


「俺は、不採用か?」


 尋ねると、ヒナ王女は首を振った。


「わたくしは、見込みがあると話しましたよ」


「それでは」


「ようこそシモン・セルバンデス。あなたを歓迎します」

 

 握手を、王女が求めてきた。


 俺も、応じる。


「待ってくれ。暗黒騎士シモンがここにいるってわかったら、まずいな。モン・バンとでも名乗ろう」


「門番のモン・バンですか?」


「それでいい」


「わかりました。あなたは今日から、モン・バンです。よろしくお願いします」


 仕事があるというので、王女は去っていった。さっきのエビチリ丼はまかないだったのかな。


「人当たりは、よさそうな人だが」


 あの一撃は、尋常ではなかった。百戦錬磨の俺が、立てなくなるほどのパンチなんて。


「たしかにヒナ王女は、温和な人だ。普段はな」


「えらい、含みのある言い方だな?」

 

 こんなウマいエビチリ丼を出す人が、悪い人だとは思えないが。


「悪い人では、決してない。だが、一〇〇%の善人でもない」


「というと?」


「この砦を手にするため、ヒナ王女は単身乗り込んできた。本当にたった一人で」


 俺との戦闘に敗れた直後、ブレンダはヒナ王女に付き添うよう指示を受けたという。


「だが、ワタシの手なんか必要なかった。彼女はたった一人で、難攻不落の砦を制圧してしまったんだ」

 

 ブレンダは、指を三本立てた。


「すげえな。三日でやり遂げたのか?」


「三時間だ」

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