9.『再会』
幸せの日常を、常に幸せだと感じられていた人間は多分居ない。
「...ハァ...ハァ...ハァ...!!!」
その"幸せ"に気づくのは、幸せが崩れ去った時、初めて人は今までの日常がどれほど幸せなものだったのかを実感する。
来年、来月、明日が何事も無くやってくるとは思っていない、と口で言う人間はいるが、心のどこかでは幸せが保たれる事を若干確信気味であるのだ。
「...どうしよう...!どうしよう...!...っ!!」
「...ほぉ、まだ生きてる奴がいたか。」
「...お前が、これをやったの!?」
炎に包まれるリム村で、傷だらけの彼女は心の叫びを必死でこらえる。
美しい茶髪の髪は乱れてしまい、服も所々燃えてしまっている。
走り回る彼女の前に現れる、長く美しい金の長髪姿の男、額にある角は魔族としての誇りと証を示す代物。
「...っ!私が...やるしかない!!!」
「女の割に度胸があるのだな。いいだろう。相手をしてやる。」
アルアは魔族に向けて両手を突き出し、腹の底から貯めた魔力を全力で注ぐ。
水の集合体がやがて大きな竜巻のようになっていき、魔族に向けて戦闘の意思を示す。
「返せ!私の...私達の家を!返せ!!!」
「...人間は...本当にうるさいな。」
激昂するアルアを前にして、魔族の男は全く瞳孔を開かず光の無い瞳で、冷酷な眼差しを目の前にいる無謀な行動を取る女に向けた。
「--くらえ!!!」
「...ふん」
アルアの水魔法が発射されたと同時に、村の中央で轟音が響く。
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「....なに...これ」
「クソ...やっぱり手遅れか...!」
森を抜けたクロノスとロードが見た光景は、変わり果てたリム村の姿。
住居は全て炎の海に飲まれており、焼け焦げた死体の香りが鼻にツンと刺激してくる。
クロノスの胸を引き裂くようなあの情景が再び目の前に鮮明に映り込む。
「切り替えろ...俺がやるべきことを...!やるんだ!」
「...」
頬を思いっきりの力で叩き自身に喝を入れるクロノスと対照的に目の前の光景に言葉が出ないロード。
--タイムリープの使い所をミスるな...。最も恐れるべきは、魔法を使う間もなく瞬殺されることだ。それだけは絶対ダメだ。
「行くぞ、ロード。敵は村にいる。」
「...ああ。」
子供ながらにして、ロードは事の重大さを理解して、自身の感情よりも原因の排除に向けて思考をシフトした。この一瞬でだ。
クロノスもその彼の切り替えの早さには喉をうならせられる。
「っう!危ねぇ!」
村へ1歩足を踏み入れれば、そこは最早魔境。
建物の焼かれた木材が至る所から降ってくる。足場もそこはかとなく歩きづらい。
「俺最初よく走れたなぁ」
「クロノス!遅いよ、俺行くぞ!?」
「え、ちょっ!待て!ロード!!!」
クロノスとは違い、日々鍛え上げられているロードからしてみればこのくらいの足場はおちゃのこさいさいに行けてしまう。
瓦礫から瓦礫へと飛んで進むロードの後ろ姿が段だと小さくなっていってしまう。
ロードには、目的地は村の中央とは言ってある。
何故なら、最初の世界でクロノスが出会った男の魔族がそこに居たから。
単純な考えだが、きっとそこに行けばまた奴と、この村を燃やした元凶であるその魔族と鉢合わせ出来るかもしれない。
「ぜってぇ...ぶっ殺してやる!」
焼け焦げた死体の数々を見ては、クロノスの意思が固くなっていく。
進む。拳を握り、クロノスは進む。
「どこだ」
やつを殺す。
「どこだ」
完膚なきまでにぶっ殺す。
「どこだぁ!!!」
人間の底力見せてやる。
「....は?」
「--コヒュー....コヒュー....」
炎の村の中を進み、クロノスは出会ってしまった。
「.........まだ...いんのかよ....」
「コヒュー...コヒュー....」
最初の世界で出会った、男の魔族。
2回目の世界で出会った、女の魔族。
今回の世界で出会った、もう1体の女の魔族。
そして、もう1体。
....いや?
「...ウェハハ...!」
「っ!やべ--」
褐色の肌に2メートル程の体格をした大男は、口に付けていた黒いマスクを取り外し、鼻に力を込めている。
この男は、魔族では無い。角がないし、それより何より、こいつは今朝王都で見かけた。
--ブォオオンン
「っ!っぶねぇ!」
「避けんな!クソガキ!」
鼻から火炎を吹き出した大男を避けて、背後に回り込む。
「--んが!」
「やっぱ、お前ただの人間なんだな?」
男の背中に飛びつき、首に腕を回す。
「--クソ...ガキィ!!!」
--ブォオオンンン
それに逆鱗した男は鼻から出す炎の量を更に倍増させる。
「やっぱそっからしか炎は出せねぇのか!使えねぇ能力だなぁ!」
「んぐぐぐ...!っふん!!!」
鼻から出た炎は当然、顔の正面にしか飛んでいかないため、後ろにいさえすれば対処出来る。
だが、男は自身の拳を目の前に出し、その拳目掛けて鼻から炎を吹き出した。
「んな!」
やがて拳に宿った炎はまとわりつき、火拳の完成である。
その火拳を後ろに回しこみ、クロノスの顔面目掛けて両手の火拳が牙を剥く。
「聞いてねぇよ!!!」
「言ってねぇからな。」
咄嗟に後ろへ飛び、火拳の洗礼を避けるも、完全に大きなチャンスを逃してしまった。
恐らく、首を締め付ける唯一のチャンスをみすみす逃した。これほどの失態は悔やまれる。
「この村燃やしたのお前だな!人間が何故村を襲う!」
「ウェハハハハ!黙りやがれ!金さえありゃ俺は人間でも魔族でもどっちでも味方になる!そもそも俺が居なくてもこんなクソ村すぐ消えた!」
「なるほど...金で雇われたのか?魔族なんかと手組みやがって!」
「弱ぇやつはすぐ吠える!まるで、俺が何か悪いことしたみてぇに!!!」
黒い髭は、炎で燃えており、最早火だるまの男だが、全く痛みがたさないのだろうか、顔色一つ変えず悪人面を突き通し続けている。
彼の発言でクロノスの眉が歪む。
「...お前、自分は正しいと?」
「いや、"賢い"だなぁ!俺は利がある方に着くだけだァ!」
再び鼻に魔力を溜め込んで、クロノスに大噴射をお見舞いしようとする。
「ッチ!」
--ここで、時間食ってる場合かよ!?
「っ!てめ、どこ行く--っぶかぁ!!!」
突然、村の中央へ走って行くクロノスを見て、炎を溜め込んでいる最中に喋ってしまい、鼻と口から大きな煙を咳き込んでしまう。
その様子を横目にクロノスは"彼"の元へ急ぐ。
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「ふぅむ、やはりこの村はダメだな。仮拠点にもならん。王都近くだというのに、どうしてこうも発展していないのやら。」
「...ん..ぅ...」
地図を広げて、一人でブツブツと語る魔族。
近くにあった瓦礫の上に座り込み、めぼしい場所に丸をつけ始める。
「そうだなぁ...次は、この『サウス』とか言う街に行くか。少し離れるが...」
彼の前で必死に呼吸をするアルア。
既に右腕は無くなっており、腹に一直線に傷が付けられている。
「...お...父さん.....お父.........さん..」
「...家族ねぇ...今際の際に呼ぶのはやはり家族なんだな。人間は。」
「......ク....ロノ..ス....」
呼吸と共に、彼女の命が絶え始める。
炎が木材を燃やす音に掻き消える、彼女の吐息はどんどん弱々しくなる。
そんなアルアに見向きもせず、ただひたすら地図の確認をする。それが、魔族である、"シード"であった。
「さて、そろそろあっちも決着が着いた頃かな。まったく、こんなに簡単に滅ぼせるとは、人間なんてものは、やはり下等な生きも--」
シードが村を歩いていると、目の前にある男が立ちはだかった。
黒髪に傷付いた服。憎悪と嫌悪感をあらわにした瞳を向ける青年が、シードの前に堂々と立っていた。
「...驚いた、まだ生きてる奴がいたか。」
「...よぉ、久しぶりだな。クソ魔族。」
クロノス・アイン、6度目のタイムリープ、7度目の世界において、最初の世界の魔族と再び遭遇。
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