第2話 せめて公平に

 この荒廃した時代においても、闇社会で幅を利かせる暗殺請負組織──黒幇門(こくほうもん)。

 報酬さえ支払われれば、女子供であろうと容赦なく始末するその非情さで知られる。

 黒幇門はまた、華蓮国各地から集めた孤児を育成し、任務のためであれば命すら惜しまない“最強の暗殺マシーン”を作り出す、育成ブローカーとしての機能も併せ持っていた。


 そして、その暗殺者候補──“羔児(こうじ)”たちが受ける最後の試練が、同期同士による命懸けの殺し合い──”万刃淘汰(ばんじんとうた)”である。

 要するに万刃淘汰とは、同期の羔児たちが最後のひとりになるまで殺し合い、

その過程で“暗殺者にふさわしい資質”を選別・証明させるための最終儀式だ。

 そしてそれは、冷酷極まりない人格を得るため──引いては、“人の心を捨てる”ための、決定的な破壊儀式でもある。



「提案……?」


「そそっ! 提案だ! ──お前が“同期全員から的にされないため”のな!」


 同期の羔児たちの中で、タイガの戦闘力は群を抜いている。

 いや……もはや“群を抜く”という表現では足りない。

 その身体能力は、常識外れの領域にあった。

 同期の中に、真正面からタイガに勝てる者など一人もいない。 ──もちろん、二番手の実力者であるキビでさえも、だ。



「なんだ……? 何を提案しようってんだ?」


 タイガが他の羔児たちにとって、最も脅威であることは全員が理解していた。

 ならば── “タイガを最初に排除する”という共闘が生まれるのは、極めて自然な成り行きと言える。

 タイガ自身は、それを深く考えていなかったが、キビはその可能性をいち早く察し、ここで提案を持ちかけようとしているのだった。


 その内容とは──


「万刃淘汰当日……タイガ、お前、オレと組まないか?」


「……なに?」


「お前が俺たちの中で圧倒的に強いのは明白だ。だが、もし他の全員が共闘し、お前を嵌めてきたらどうだ? どれほど強かろうと、生き残れる確率は限りなくゼロに近づく。……何せ、ここにいる全員が、過酷な鍛錬を生き延びてきた暗殺者候補なんだからな。」


「……まぁ、そうかもしれんな。」


「オレならこう考える。……まず全員で、お前という“最難関”を片づけておく。

その上で──残った拮抗した実力者たちで、改めて万刃淘汰を行う方が“公平”だ、とな。」


「……っ!」


 そのとき、タイガはようやく気づいたのだ。

 この試練──“最後のひとり”になるまで殺し合う万刃淘汰において、自分自身が“バランスブレイカー”であること。

 それが他の全員にとって、共通の“排除すべき対象”であるということに。



「だが……それは“お前以外の全員”にとっての“公平”だ。……タイガ、お前はこの万刃淘汰をどう捉えてる? どうあっても生き残るという覚悟はあるのか?」


「……。」


「俺たちは、十数年にわたる過酷な鍛錬を共に耐え抜いてきた。……だが、残念ながら“仲間”ではない。最後には殺し合い、暗殺者として生き残れるのは、たった一人だ。

その中で、生存率が最も高いお前が──この戦いをどう見ているのか。……俺は、それを知りたいんだ。」

「……オレは。」


「自分がずば抜けて強いという自負はあるんだろ? なら、お前はこの万刃淘汰を、どう戦い、どう生き延びるつもりなんだ?」


「……オレは、“筋”を通したい。」


「……! 筋……?」


「少しでも公平な条件での戦闘……互いに殺し合う可能性のある、ギリギリの戦い。

その末に生き残れたのなら──少なくともオレは、納得できる。」


「……それは、“仮にお前以外の誰かが生き残ったとしても”、か?」


「ああ……。」


 タイガの答えに、キビはどこか納得したような表情で、ふっと笑った。


「なるほどな。──まったく、お前らしい。」


「……?」


「お前、これまでの演習でも一度も武器を使わなかったし、致命的な攻撃もしてこなかった。……それは、自分が強すぎると理解してるからだ。公平な戦いを求める──お前なりの筋の通し方なんだろう。だからこそ、提案したんだ。」


「公平な戦い……。」


「そうだ。もし、本気で公平さを求めるのなら──お前にも“ハンデ”はあってはならないはずだ。……オレとお前が組んだ戦力と、残る10人の戦力。それが本当に拮抗するかは分からない。だが──少なくとも、お前ひとりが的にかけられるよりは“公平”だろう?」


「……。」


 キビの提案。

 その裏にある理屈は、どこか曖昧で、詭弁にも近い。


 だが──

 タイガが戦いに“筋”を求めるタイプであることを、キビは見抜いている。

 それだけに、理屈の隙間さえも納得させる“雰囲気”があるのだった。


 とはいえ──やはり、どうしても気になる部分がある。

 それは、キビの言葉の端々から、“万刃淘汰を他人事のように見ている”印象を受けることだ。


 たとえタイガと組んで、他の10人を倒せたとしても──そのあと、キビは最終的にタイガを倒さねばならない。

 キビはそれを、どう考えているのか?



「……キビ。仮にオレとお前が組んだとして──最後に、お前はオレをどうするつもりなんだ?」


「……! フッ……だよな。やっぱ気になるか、そこは。」


「当たり前だ! たとえ組んだとしても、最後にはオレとお前の“刺し合い”が待ってるんだぞ? お前の話には、お前自身の覚悟が何も見えねぇ……悪いが、そんな話、信用できるかっての。」


「……戦って、勝つ。 ──そう言ったら、どうする?」


「……なに?」


「オレは最後、お前と真正面から戦って──勝って、生き残る! ただ、それだけを考えてる。」


「……!」


 タイガは、思わず目を見開いた。


 “戦って倒す”──そんな真正面からの宣言を、まさかキビから聞かされるとは思っていなかった。

 正直、少なからず驚いた。


 ──おそらくそれは、自分の強さに対する“慢心”があったからだろう。


 だが……キビは、他の羔児たちと共闘してタイガを的にかければ、勝ち残る可能性は高まるはず。

 にも関わらず、そんな安牌を選ばず、タイガに“正面から戦おう”と提案してきた。


 ──タイガは、それが少しだけ嬉しかった。



「どうした、タイガ? オレが寝言でも言ってるように聞こえるか?」


「……いや。」


「オレには、お前を倒す“秘策”がある。……お前と最後に正々堂々と戦って、倒す自信がな。」


「……!」


「オレたちは“仲間”じゃねぇ。だが、同じ地獄を潜ってきた“同胞”だ。……そして、そんな同胞を、自分ひとりが生き残るために殺す。せめて、その戦いが“公平”じゃなけりゃ──

オレは、暗殺者になんてなれねぇさ。」

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