第4話 黒鈴のきもち
「ふんふーん」
黒鈴は鼻歌を歌いながら、自転車を漕いでいた。制服を着て、籠には塾用の鞄を詰めて。
あれから黒鈴は藤野暁の家を出て、現在進行形で遅刻している塾へ向かう最中だった。
少しだけいつもより速い速度で、ペダルを回す。風が吹き抜け、前髪をかき分けた。視界がいつもより早く、目まぐるしく変わった。
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回想
「なるほど。つまりこの子は天使なのね」
黒鈴が聞くと
「そうだ」
暁は端的に答えた。
「それで悪魔と戦ってると」
もういちど黒鈴は聞くと
「そうだ」
またしても暁は端的に答えた。
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黒鈴は漕ぎながら、少し顔を落とす。
「ふ…ふーん」
鼻歌の声量も小さくなった。
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回想
千厘は顔を上げた。
眼の瞳孔がきゅっと狭まって
「成れ果て。悪魔の行きつく先だよ」
黒鈴はその顔が、表情が、美しく見えた。窓から差し込む夕日が頬を刺し、すさまじい陰影を作り出している。
暁くんが、とられちゃうかも、と思った。
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黒鈴はがっくりと、うなだれた。
「悪魔って、なれ果てって、天使って、なに? それ?」
と呟く。落ちた瞳の先には稼働したランニングマシーンのような、アスファルトの地面が写った。
そこには所々、マンホールがあって、自転車の影がそれを追い越していく。
黒鈴はそれより、と言って
「暁くんと一緒なんて、ずるい」
小さく、ぼやくように言った。
そして顔を上げる。
すると。
一人の老婆が目に入った。
おそらく年は60代半ば。夏だと言うのに薄紫のジャケットを羽織っている。大きなふろしきを手にして、ふらふらと通学路の真ん中を歩いていた。
…………大丈夫なのかな。あのおばあさん。危なっかしいから、普通なら私も声を掛けるところだけれど。
正直言って。
そんな余裕が今は、
全くと言っていいほどない。
それは塾に遅れているからだとも思うし、もちろん天使等の突拍子のない話のせいだとも思う。
でもそれ以上に暁くんが、女子と二人きりなんて、
解せない。許せない。メタメタにしてぶち殺したい。
だからごめんねおばあさん。私は貴方を………………
「大丈夫ですか? 荷物持ちましょうか?」
結局黒鈴は、声を掛けた。自転車に跨った状態で。
根は良い子なのだ。
すると老婆は微笑んで
「ああ、いや。いいよ。気にしないで譲ちゃん」
「でも、見ていて危なっかしいですし、私自転車なんで、気にしないで大丈夫ですよ」
黒鈴はそう言って、愛車であるママチャリの車体を叩く。
「もっとも、塾があるんで、そこまで遠くまでは運べないですけど」
黒鈴は続けて言った。
「それなら……止めて…」
「いえいえ。構いませんから。お手伝いさせて下さい」
それを聞いて、老婆は照れくさそうに笑い
「そう? じゃあ。お願いしようかしら?」
「ええ。構いませんよ」
老婆は微笑みながら、風呂敷を渡そうとする。
黒鈴がそれを受け取ろうとして、手を滑らした。つるっと手の中から零れ落ちて、地面に転がる。
「あっ、すみません」
黒鈴は慌てて、地面を蹴って自転車を進め、拾おうとする。
風呂敷はころころと転がって、静止した。
同時に風呂敷をくくっていた、結び目がほどけた。花が開くように布がはだけて、中身があらわになる。
それは真っ黒に変色した、人の頭部だった。
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