第3話 あくま
「なるほど。つまりこの子は天使なのね」
黒鈴は言った。
ここは僕の部屋だった。
中央に丸い小さなテーブルがあって、そこにチェス盤が置かれている。部屋の端にはベットとL字型の机と、クローゼットがあった。
あれから黒鈴は、塾に遅れるとの伝言を塾長にし、それから僕の部屋で千厘についての事情聴取を行っている最中だった。
「そうだ」
僕が言うと、黒鈴は髪を手で流して
「それで悪魔と戦ってると」
「そうだ」
「大厄災を止めると」
「そうだ」
「一人で?」
「一人ではない…と思う。でもどれだけいるかは僕は知らない」
黒鈴ははぁ~あ、と大きなため息をついた。それから僕のほっぺたをかなり強めに掴んで
「なんで言わなかったの?」
「そ、それほそ言わなふても分かるだろ」
「言って」
「おまへを危険に晒ひたくなかった」
「よし」
そしてぱっと僕のほっぺから手を放した。
もっとしても良かったのに…。
すると黒鈴は、問い詰める標的を僕から千厘へと変えたようで
「というか千厘ちゃんはどうやってここに来たの? 私達と悪魔と天使の世界は別れてるんでしょ」
千厘は目をぱちりとさせて
「どうやってって言われても、境界のひずみ? から」
と俯きがちに答える。
「ひずみ?」
「そう。大厄災が再臨する前兆に、世界の境界が歪むの。だから…それに乗じて悪魔がこっちにくる。厄災と悪魔を止めるために葵たちも、現世に行って戦う」
「厄災、ってのはどんなの?」
すると千厘は顔を上げた。眼の瞳孔がきゅっと狭まって
「成れ果て。悪魔の行きつく先だよ」
と淡々と言った。
黒鈴は苦笑いをして
「あんまり要領を得ないなぁ」
困ったように言う。
それよりもっと困った顔で千厘は
「ご、ごめんなさい。説明下手で」
「あーいや、いいのいいの。私の理解力がないだけ、だから」
黒鈴は少し切なそうに言った。続けて
「じゃ、私行くよ」
と言い、立ち上がる。
僕は少し驚いて
「もう行くのか?」
「うん。一応遅刻、ってことにして連絡したから。あんまり遅いと怒られちゃう」
言いながら鞄を手に取って、そして自転車の鍵を取り出す。
「そっか」
僕も立ち上がって、玄関に向かい始めた黒鈴を追う。
黒鈴は丁寧に並べられた自分の靴を、座って履きながら
「なんか、夢を見てるみたい」
「実際見てるのかもな」
「誰の」
「さぁ? 知らない」
僕が言うと黒鈴は
「お邪魔したね。また明日。暁くん」
そう言って玄関の扉を開き、出て行こうとすると、
ドタバタと千厘が走ってきて、
「ま、待って。黒鈴ちゃん」
黒鈴は手を止めて
「どうしたの?」
「あの、あのっ人型悪魔には気を付けて……」
「人型?」
「うん。彼らは狡猾で高慢で自惚れ屋だから。見つかったら大変」
「………………」
「あっあっと。えーっと。他にも……」
千厘が必死な顔で言い淀んでると、黒鈴は優しい微笑みを浮かべて
「分かった。ありがとう。気を付ける」
それを聞くと千厘は満面の笑みで
「うん!」
黒鈴は
「じゃ」
そう言って、今度こそ扉を開いて出て行った。
僕は軽く手を上げて
「あぁ。また明日」
と返した。
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