第2話 距離が縮まる日常と、揺れる心
義母と娘、日常に忍び寄る誘惑の影。
翌朝。
食卓には焼き鮭と卵焼き、湯気の立つ味噌汁。
父は新聞を広げ、由紀さんは味噌汁をよそいながら私に微笑んだ。
「おはよう、沙羅」
「……おはようございます」
卵焼きをひと口。
母の味に似ているのに、どこか違う。
その違いが胸をざわつかせた。
「美味しい?」
「はい」
「よかった。少し甘さ控えめにしてみたの」
父は時計を見て立ち上がる。
「じゃあ、行ってくる」
玄関が閉まると、家は静けさに包まれた。
「昨夜のこと、気になってる?」
由紀さんの問いに、胸が跳ねた。
「……はい。でも、言えなくて」
「大丈夫。無理に言葉にしなくていい。沙羅のペースで」
その優しさが、かえって私を熱くする。
◇
放課後。
「ただいま」
「おかえり、沙羅」
リビングでは由紀さんが、私の制服の裾を針で繕っていた。
「糸が緩んでたの。放っておくと外れちゃうから」
「ありがとうございます」
「お礼なんていらない。こういうの好きだから」
指先が布の上を往復する。
母のような仕草なのに、そこに混じる温度は母性ではなかった。
「じっと見られると、少し緊張しちゃう」
「……すみません」
「ううん。嬉しいだけ」
裾を返される瞬間、距離はほんの数センチ。
それだけで呼吸が乱れた。
◇
夕方の台所。
私がネギを刻み、由紀さんは鶏肉に下味をつける。
トントンと刃の音が重なった。
「沙羅、包丁は少し寝かせて」
「こう?」
「うん……」
背後から腕が伸び、私の手を包む。
胸が背にかすかに触れた。
息が詰まる。
「刃を滑らせる感じ。力は入れすぎないで」
耳もとで囁かれ、心臓が暴れた。
手が離れても、熱は消えなかった。
◇
休日。
ショッピングモールのガラスに映る私たちは、母娘より姉妹に見えた。
「沙羅、これ似合いそう」
小花のワンピースを胸元に当てられ、慌てて首を振る。
「だ、だめです! こういうの慣れてなくて」
「ふふ。女の子なんだから、もっと可愛くなっていいのに」
“女の子なんだから”
その響きが、母親の声ではなく、ひとりの女の視線に聞こえた。
◇
夜。
父は「会食で遅くなる」と一行だけ残し、帰らなかった。
浴室の湿り気。
ソファには湯上がりの由紀さん。
薄いガウンの隙間から白い肌が月明かりに浮かんでいた。
「沙羅、ドライヤー持ってきて」
「……はい」
「せっかくだから、乾かしてくれる?」
指で髪をすき、温風を当てる。
甘いシャンプーの匂いが広がる。
耳の後ろをかすめるたびに鼓動が跳ねた。
「上手ね。……彼氏、いるの?」
「い、いません!」
「そう? こんなに可愛いのに」
からかう声が近すぎて、体温が乱れる。
乾き終えた瞬間、彼女はふいに振り返り、私の頬に指を添えた。
「ありがとう、沙羅」
触れられた場所から熱が広がる。
由紀さんはそれ以上踏み込まない。
その踏みとどまりが、かえって残酷に甘い。
◇
布団に潜っても眠れない。
枕から漂うのは、彼女のシャンプーの香り。
──これは義母じゃない。
私が惹かれているのは、一人の女。
言葉にすると、胸の奥で固いものがほどけた。
どうして由紀さんは父と結婚したの?
どうして私を見てしまうの?
問いは消えない。
そして私はもう、戻れない。
────────────────────
【あとがき】
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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【共通タグ】
禁断/背徳/百合/依存/秘密/官能ロマンス
【話別タグ】
日常の崩壊/家庭内の緊張/抑えきれない視線
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