第2話 距離が縮まる日常と、揺れる心

義母と娘、日常に忍び寄る誘惑の影。

翌朝。

食卓には焼き鮭と卵焼き、湯気の立つ味噌汁。

父は新聞を広げ、由紀さんは味噌汁をよそいながら私に微笑んだ。

「おはよう、沙羅」

「……おはようございます」

卵焼きをひと口。

母の味に似ているのに、どこか違う。

その違いが胸をざわつかせた。

「美味しい?」

「はい」

「よかった。少し甘さ控えめにしてみたの」

父は時計を見て立ち上がる。

「じゃあ、行ってくる」

玄関が閉まると、家は静けさに包まれた。

「昨夜のこと、気になってる?」

由紀さんの問いに、胸が跳ねた。

「……はい。でも、言えなくて」

「大丈夫。無理に言葉にしなくていい。沙羅のペースで」

その優しさが、かえって私を熱くする。

放課後。

「ただいま」

「おかえり、沙羅」

リビングでは由紀さんが、私の制服の裾を針で繕っていた。

「糸が緩んでたの。放っておくと外れちゃうから」

「ありがとうございます」

「お礼なんていらない。こういうの好きだから」

指先が布の上を往復する。

母のような仕草なのに、そこに混じる温度は母性ではなかった。

「じっと見られると、少し緊張しちゃう」

「……すみません」

「ううん。嬉しいだけ」

裾を返される瞬間、距離はほんの数センチ。

それだけで呼吸が乱れた。

夕方の台所。

私がネギを刻み、由紀さんは鶏肉に下味をつける。

トントンと刃の音が重なった。

「沙羅、包丁は少し寝かせて」

「こう?」

「うん……」

背後から腕が伸び、私の手を包む。

胸が背にかすかに触れた。

息が詰まる。

「刃を滑らせる感じ。力は入れすぎないで」

耳もとで囁かれ、心臓が暴れた。

手が離れても、熱は消えなかった。

休日。

ショッピングモールのガラスに映る私たちは、母娘より姉妹に見えた。

「沙羅、これ似合いそう」

小花のワンピースを胸元に当てられ、慌てて首を振る。

「だ、だめです! こういうの慣れてなくて」

「ふふ。女の子なんだから、もっと可愛くなっていいのに」

“女の子なんだから”

その響きが、母親の声ではなく、ひとりの女の視線に聞こえた。

夜。

父は「会食で遅くなる」と一行だけ残し、帰らなかった。

浴室の湿り気。

ソファには湯上がりの由紀さん。

薄いガウンの隙間から白い肌が月明かりに浮かんでいた。

「沙羅、ドライヤー持ってきて」

「……はい」

「せっかくだから、乾かしてくれる?」

指で髪をすき、温風を当てる。

甘いシャンプーの匂いが広がる。

耳の後ろをかすめるたびに鼓動が跳ねた。

「上手ね。……彼氏、いるの?」

「い、いません!」

「そう? こんなに可愛いのに」

からかう声が近すぎて、体温が乱れる。

乾き終えた瞬間、彼女はふいに振り返り、私の頬に指を添えた。

「ありがとう、沙羅」

触れられた場所から熱が広がる。

由紀さんはそれ以上踏み込まない。

その踏みとどまりが、かえって残酷に甘い。

布団に潜っても眠れない。

枕から漂うのは、彼女のシャンプーの香り。

──これは義母じゃない。

私が惹かれているのは、一人の女。

言葉にすると、胸の奥で固いものがほどけた。

どうして由紀さんは父と結婚したの?

どうして私を見てしまうの?

問いは消えない。

そして私はもう、戻れない。

────────────────────

【あとがき】

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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【共通タグ】

禁断/背徳/百合/依存/秘密/官能ロマンス

【話別タグ】

日常の崩壊/家庭内の緊張/抑えきれない視線


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