第18話 公開講評、結果より手順の行き先

 朝の光が低い。講堂の扉は半分だけ開き、冷えた空気がすっと足元を抜けた。

 アプリの通知は、約束通り簡潔だ。

《公開講評・最終結果/評価:誠実・持続・公共性・未来/観客投票を加味》

《現在LAP:1,164pt(暫定1位タイ)》


(今日で区切りがつく。——でも、俺がやることは変わらない。結果より、手順)


 舞台袖で、白亜莉玖が短く息を整え、俺の袖を一度だけ引いた。

「沈黙5分、しますか」

「ああ」

 目を閉じる。合図は作らない。否定の合図だけを、頭の中でひっそり確認する。

 終わると、莉玖は微笑んだ。

「“待てる”は味方です」

「うん」


 真壁茉凛は手帳を抱え、親指で拳を軽く小突いた。

「封印、発表まで続行。前は終わってるし、後は私がやる」

「ありがとう。優勝したら、一回だけ解除していい」

「約束ね」

 斑鳩澪音はタブレットを開閉し、画面明度を落としてから頷く。

「比喩一回・擬態語ゼロ。——講評で問われるのは**“再現性”と“相互理解”。『安心だけ増やす=待てるが増える』を、未来に接続して答える」

「了解」

 狛井迅は胸を張って深呼吸を一つ。

「俺は拍手の窓**を読む。空気になってる」

「最高の空気で頼む」


 幕の向こうから榊原の声。

「公開講評を始める」

 客席が静かに沈む。照明が一段明るくなった。


 壇上には三つの椅子。中央に榊原、その左右に教務主任と保健の先生。マイクは一本、講評者から発表者へ渡す形式だ。


 最初は鷹宮怜央への講評。

 榊原が淡々と紙を持ち上げた。

「鷹宮。公共性——“待たせない準備”は、標準化の言語でよく設計されていた。『笑顔までの段差に手すりを』(比喩一回)も、動線図と係配置の実装で支えられている。弱みは**“個の温度”の密度。——一人に寄せる場面を、もう一つ示せたらなお良かった」

 教務主任が続く。

「継続性は高評価。英雄化しない設計、交代表、労力見える化——良い。未来の項では家庭や来訪者への配慮が光った」

 保健の先生は、声の端だけ柔らかい。

「相互実演での語順の交換が見事でした。沈黙60秒の進行も脈拍**が落ちていくのが確認できた。——個との接続が次の課題」


 次に、崎津英樹への講評。

 榊原は視線を上げ、俺を見る。

「崎津。誠実。『約束は叶えるより、続ける。だから見せるのは、結果より手順』(引用一行)を空白の証拠で語った。“やめた欄”を先に用意する設計は、復帰の導線として優れている。弱みはスケール。——一人の温度をみんなへ運ぶ経路の増設が課題」

 教務主任。

「継続性は高い。沈黙ログ、片付け写真、境界の紙。どれも嘘をつかない記録だ。公共性は前後で伸びたが、標準化の言語がもう半歩」

 保健の先生。

「未来に**“不在の許可”を入れたのは良かった。“待てる”の練習が自分の側にあると言い切れたのも、安全に寄与する」


 舞台袖で息を吐く。怜央が横に立って、視線を前に固定したまま小さく囁く。

「正確な指摘だね」

「うん。……持ち帰って積むだけだ」


 続いて、観客投票の講評。スクリーンにアンケートの結果が映る。


安心だった:72%


ふつう:22%


少し違う:6%

 票の内訳は「沈黙公開が集中した午前以降で伸び」「雨天時の段差テープで“安心”に票が集まった」。

 講評席から短く総括。

「“待たせない準備”と“待てる練習”が相互運用され、感謝の導線が滞らなかったことが評価された」


 いったん拍手。迅が作る窓に乗って、音がきれいに揃った。


 最後に、自由質疑。

 前列の男子が手を挙げる。

「崎津先輩。“不在の許可”って、どのタイミングで渡すのが正解ですか」

 マイクが回る。

「“選ぶ前”と“選んだ後”の二回。前は言い訳をしないため、後は境界を明確にするため。——待つ練習は、俺の側に置く」

 次。二年の女子。

「鷹宮先輩。“先に片付ける人”が表にならない工夫は?」

「感謝の窓口を一つにまとめ、ありがとうの導線を設計する。英雄ではなく制度で回す」


 講評は終わり、いよいよ最終集計。

 照明が一段落ち、短い音楽が流れて止む。スクリーンに数字が現れる。


 ——結果発表。


 榊原が一枚の紙を手に、ゆっくりと読み上げた。

「総合成績——

 第2位、鷹宮怜央。

 第1位、崎津英樹」


 拍手。視界が少しにじんで、それでも足元はしっかりしていた。

 怜央が最初に俺へ歩み寄り、手を差し出す。

「おめでとう。“一人のため”をここまで誠実に積み上げた結果だ」

「ありがとう。“みんなのため”を標準化で支え続けるお前の背中が、ずっと前にあった」

「一緒にやろう。“待てる練習×手すり”の標準」

「やろう」

 手の温度が、短く確かだった。


 壇上のスクリーンに、加点の内訳が映る。

《最終講評・観客投票 総合加点》


崎津英樹:

 - 他者説明の誠実(再評価):+10


継続性(ログ監査・“やめた欄”運用):+20


公共性(前後の標準化への接続提案):+18


未来(“待てる練習”の学校標準提案・写真+一言):+20


観客投票ボーナス:+27

合計:+95 → LAP:1,164 → 1,259pt


鷹宮怜央:


誠実(相互実演・個への接続):+22


継続性(係交代表・労力見える化):+18


公共性(導線・緊急手順・窓口設計):+28


未来(標準化ロードマップ):+16


観客投票ボーナス:+8

合計:+92 → LAP:1,164 → 1,256pt


(3pt差。本当に、手順一つぶんの差だ)


 拍手が収束していく。舞台袖から三人が近づく。

 莉玖が、俺の両手を包むみたいに握った。

「おめでとうございます」

「ありがとう。——来週の沈黙、いつも通りで」

「8分で本を閉じて、2分は目を閉じ、“ありがとう”を一つ数える。“待てる”は味方です」

 茉凛は胸を張り、封印解除の許可を求めるみたいに眉を上げた。

「解除、一回だけいい?」

「どうぞ」

 彼女はにっと笑い、片手をうんと高く掲げてドヤ顔を空に打ち上げた。すぐに表情を引き戻し、俺の肩を二度、ぽんぽんと叩く。

「おめでとう。……前も後も、これからも任せて」

「頼りにしてる」

 澪音はタブレットを閉じ、短く一礼。

「被験者を続ける。“やめた欄”、赤が付く日があっても記録する。——数が嘘をつかないために」

「ありがとう。比喩一回・擬態語ゼロ、最後まで助かった」

 迅は深呼吸のあと、叫ばない拍手を全力で打つ。

「拍手の窓、今日が一番うまく作れた! 英樹、王子、最高!」

「お前も最高だ」


 講堂の片付けが始まる頃、俺は壇から降りてありがとう窓口に立った。昼間に貼られた付箋が、まだ温度を持って揺れている。

 一枚、目に留まる。

『“待てる”を家にも持って帰ります(1年・保護者)』

 もう一枚。

『“先に片付ける”を班の標準にします(2年・実行委員)』

 文字の小ささが、かえって強かった。続ける側に渡される小さな火だ。


 夕方、玄関の外。怜央が俺の横に並ぶ。

「ねえ、共同提案を出そう。“待てる練習×手すり”の週次運用。沈黙10分+段差見える化チェック+ありがとう窓口の三点セット」

「賛成。名付けは?」

「“白い手順”」

「いい。言葉を増やさない名前だ」

「君らしい」


 校門の手前で、それぞれの道が分かれる。

「正しく競って、正しく組もう」

「またな」

 拳を軽く合わせる。もうそれだけで足りる。


 帰り道。冬の空気は相変わらず冷たく、息は白い。

 ポケットの中のスマホが、最後の通知を落とした。

《ランキング確定》


1位:崎津英樹(1,259pt)


2位:鷹宮怜央(1,256pt)


29位:狛井迅(拍手の筋肉+1/称号【拍手の窓の職人】更新)


(区切り。——でも、終わりではない)


 家に着く前、歩道橋の上で立ち止まる。

 欄干に手を置き、写真+一言の画面を開く。

 被写体は、誰の手か分からない結び目。今日の光で、きちんと撮る。

 打ち込む。


『約束は叶えるより、続ける。

結果の先でも、手順を置いていく。』


 送信。

 画面を伏せ、拳を握って、もう片方の手で包む。手を離さない練習。

 勝ったからやるんじゃない。勝っても負けてもやる。

 明日も沈黙から始めて、前後を片付けて、**“待てる”**を増やす。

 それが、俺の選び抜いた素直さだ。

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