第6話 二者面談、言葉を計画に変える日

 朝一番、アプリのトップに無機質な通知が浮かんだ。


《イベント開始:二者面談・恋愛計画書提出/評価:現実性・誠実性・自律度》


《現在LAP:338pt(15位)》




(ついに来たか。“言葉”の次は“計画”。逃げ場なし、ってわけだ)




 教室では狛井迅が、またしても演台に立って腕を組む。


「諸君、計画とは予定を立てて未達に終わるための紙である!」


「冒頭から縁起でもないな」


「いや、俺は正直に生きたい。……で、先生、俺は“週一で先生に感謝の手紙”って書いてもいいですか?」


 榊原が扉の前で一瞥する。


「減点対象にはならないが、加点理由にもならない」


「無念!」


 笑いが走って、緊張が少しほぐれた。




 プリントが配られる。タイトルはでかでかと**『恋愛計画書(草案→清書)』**。欄はシンプルだが、容赦がない。




対象(任意)




目的(半年後の関係の姿)




手段(週次・月次の具体行動)




相手配慮(境界/安全/学業の両立)




自己評価(達成・未達の指標)




 席に着くなり、斑鳩澪音が淡々と助言を落としていく。


「“対象”は空欄でも減点にはならない。記名するなら、本人の同意が必要。嘘は最悪」


「“目的”は“彼女になる”だと抽象的。『週1の対話・月1の外出・学業平均○点以上維持』みたいに状態+数値で」


「“相手配慮”は必須。連絡時間帯/返信速度を強制しない等、境界を書く」


「……さすが攻略勢」


「これは攻略じゃなく設計」澪音は小さく笑った。


「あなた、ここは強い」




 ペン先が、紙に触れる。俺は一番上の対象の欄で止まった。


(ここに“白亜莉玖”って書くのは、簡単だ。けど、俺は彼女の“公平でいたい”って弱さを聞いたばかりだ)


 俺は線を引き、**対象(任意)=未記入(本人の意思を尊重)**と書いた。


(名前は書かない。でも、彼女が選びたくなったときに選べる道を、俺の側で整える)




 “目的”にはこう書く。


『半年後、アプリ依存なしで週1の対話・月1の外出が自然に成立している状態。学業平均は85点以上、相手の負担ゼロを目標』




 “手段”には、これまで積み上げたものを並べる。




毎週:図書室“沈黙30分”/相手の話を要約してフィードバック




隔週:校内外の短時間外出(60〜90分)/帰宅時間の上限を設定




月一:一つだけ“新しいこと”に挑戦(相手の興味の範囲内)




日常:既読を急かさない/重要な話は直接




 “相手配慮”には、境界を明文化する。




連絡は22時以降しない




返事は24時間以内が“目安”、強制しない




物理的距離は相手の合図を最優先




学業・体調を最優先。相手が断ったら、それが正解




 “自己評価”は数値と心の両方で。




定量:対話達成率/外出回数/平均学業点




定性:相手からの「安心した」の率を月一アンケートで可視化(任意・無記名可)




 書き上げて顔を上げると、窓の外で冬の雲が薄く切れて、光が斜めに差していた。




 プリントを回収した榊原が、静かに言う。


「午後から面談だ。君の言葉が、君の時間割に落ちるかを確かめる」




 * * *




 昼休み、廊下の角で莉玖に会った。


「計画、書けた?」


「ああ。……名前は、書かなかった」


 莉玖は少しだけ目を瞬かせ、やわらかく頷く。


「そう、だと思いました」


「でも、“もし選ばれたら”のために、道だけ整えておくって書いた。具体的に」


「英樹くんらしいですね」


 沈黙が一つ呼吸される。


「それでも、第一希望があるなら……今、耳打ちでなら聞きますよ?」


 鼓動が跳ねる。俺は、喉の奥で言葉を一度掴んで——飲み込んだ。


「——“いつか”を約束に変える人になる。今日の面談で、そこを見せてくる」


「……はい」


 莉玖は少し意地悪そうに笑って、背中を押した。


「行ってらっしゃい」




 * * *




 面談室。机の上には今日の計画書と赤いペン。榊原玄道はいつもの落ち着いた目で、淡々と口を開いた。


「対象、未記入。理由は」


「相手の意思の先回りをしないためです。名前を書くのは、相手が自分で選んだ瞬間の言葉であるべきだと考えました」


「目的、“アプリ依存なし”。根拠は」


「アプリは出会いの補助で、関係の目的ではないからです。沈黙30分を毎週続ける計画は、その練習です」


「週次・月次の配分、無理はないか」


「学業平均85を下回ったら、外出を一時停止します。優先順位は学業>健康>交際。計画書に明記しました」


「相手配慮の“連絡22時以降禁止”。自分にも適用するのか」


「はい。例外は緊急時のみ。判断は相手側に委ねます」


「——ふむ」




 榊原は赤ペンでいくつかの箇条に丸をつけ、次に顔を上げた。


「では模擬。もし対象が“忙しいから来月に”と言ったら、君は」


「『了解』の一言だけ返します。“寂しい”などの感情は、次に会えた時に直接」


「相手が返信を忘れたなら」


「二度は促さない。三日後に“要件だけ”短く再送。それでも返事がなければ、次の機会まで待つ」


「嫉妬は」


「事実を確認し、自分の行動だけに責任を持ちます。相手の交友関係を制限しません」


「——結構」




 榊原は椅子にもたれ、興味を測るように目を細めた。


「最後に問う。恋愛が君の時間を侵食し始めたとき、君は何を捨てる」


 俺は迷わず答えた。


「“即時の気持ちよさ”を捨てます。連絡の即レス、衝動的な会いたさ。代わりに“後から効く誠実さ”を選びます」


 面談室の空気が、薄く変わった。榊原の視線に、わずかな温度が差した気がした。




「面談は以上。外で清書を。提出後、結果はアプリに反映される」




 扉を出ると、廊下のベンチで澪音が待っていた。


「どうだった」


「多分、落第ではない」


「清書、ここで直す?」


「頼む」


 澪音はペンを取り、余白に小さく書き足す。


『フィードバックの頻度:月1(任意・無記名)/記録の破棄期限を明記』


「これで自律度が上がる。**“データは関係より軽い”**ってわかるから」


「助かる」


 澪音はほんの少し、目を笑わせた。


「あなた、今日の顔、舞台のときと同じ」




 * * *




 夕方、講堂では“公開プレゼン枠”が行われていた。希望者のみ、計画の要点を一分で発表するショーケース。


 ステージに立ったのは——鷹宮怜央。


 スライドは簡潔、声は明るく、内容は完璧。


「——週次の“ふりかえり”を双方同意で実施、月次の“新景色”を提案。学業は平均90を維持、家族説明の窓口も整える。『君の自由を減らさず、安心だけ増やす』」


 体育館がざわっと沸いた。


(強い。やっぱり強い。けど、俺は俺のやり方で行く)




 発表後、怜央が客席通路で立ち止まり、俺を見つけて軽く手を上げた。


「清書、終わった?」


「ああ。選び抜いた素直さで固めた」


「楽しみだね。結果だけじゃなく、中身でも競おう」


「望むところ」




 * * *




 夜。


 清書を提出して部屋に戻ると、スマホが静かに震えた。


《審査完了:恋愛計画書》


《現実性 +20/誠実性 +25/自律度 +15/提出ボーナス +10 合計 +70》


《称号:“約束を時間割に落とす人” 獲得》




 数字が、また一歩、前へ進む。


【LAP】338 → 408pt




【ランキング更新】




1位:鷹宮怜央(LAP 760)




12位:崎津英樹(LAP 408)




41位:狛井迅(LAP 103/称号【教師に愛されし者】【手続きは正義】)




(十二位。届く距離が、また縮んだ)




 画面を閉じたところで、個別メッセージの通知が一つ。


白亜莉玖:


『計画書、読めました。“沈黙30分”の欄、好きです。来週の分、空けておきます』




 胸の奥で、静かに火が灯る。


 続けざまに、もう一つ。


真壁茉凛:


『未記入、ずるい。……でも、読んでちょっと好きが増えた。私も沈黙参加してやる』


 笑ってしまう。


 さらにもう一つ。


斑鳩澪音:


『“データは関係より軽い”の追記、適切。——あなたの“いつか”は計画になった。次は、計画を日常に落とす』




 窓の外で、冬の星がひとつだけ鋭く瞬いていた。


 通知が最後の一枚を滑り込ませる。


《次イベント予告:冬イルミ・共同ボランティア(写真と一言)/評価:共感・公共性・未来》




(光の街で、“一言と未来”をもう一度)


(俺は、手を離さない練習を、計画どおりに続ける)

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