第5話 模擬戦

「まずは模擬戦で力を試していただきます」

メイリが指を鳴らした瞬間、床に魔法陣が浮かび上がり、半透明の塊がぬるりとせり上がった。

「……スライムだと? 俺も随分舐められたものだな」

「油断は禁物ですよ、これは実戦を限りなく再現した訓練ですから」

彼女の声音はあくまで冷ややかだ。


「——始め!!」


合図と同時に、スライムが弾けるように跳躍し、俺の足元を狙う。反射的に身を引くと、粘液が床に散り、じわりと白煙を上げる。

「……熱っ! 痛覚まで再現されてるのかよ!」

「現実と同じ刺激を体験してこそ、真のデータ収集が可能となるのです」


平然と告げるメイリに、背筋が冷える。これは遊びじゃない。これは、戦う覚悟を問う場だ。

「スカウター機能も使用してください。実戦での使用感を確認してください」


右目を軽く押さえ、スライムを見つめる。

『訓練用スライム:レベル1、HP10、MP5、ロール:アタッカー、属性:無、全能力2、スキルなし』

「敵情報は把握した……行くぞ!」

訓練用の木刀を構え、スライムの突進を受け流す。刃が粘体を裂き、ぐらりと揺らぐ。

スカウターでスライムを見ると、HPの減少と『攻撃力低下:攻撃力-20%』のデバフが付与されているのを確認した。同時にスライムからの反撃を受けたが、痛くも痒くもなかった。

隙を逃さずもう一撃を叩き込むと、スライムは白い霧となって掻き消えた。

「模擬戦終了。お見事です。戦闘データ収集にも問題ありません」

メイリが淡く笑みを浮かべる。しかし胸に残った痛みは現実の傷と変わらない感覚だった。

「説明は以上となります。後はスカウター内蔵の初心者講習を参照してください」

そう言って彼女は一枚のカードを差し出した。

「こちらがハヤト様の身分証となります。この世界での生活に不可欠なので、大切に」

カードは金属のような重みを持ち、掌にずしりと響いた。俺はようやく、自分が冒険者になったのだと実感する。


部屋を出て、街へと繰り出す俺の背に、メイリが手を振った。

「——この勇者様は、どんな物語を紡いでくださるのかしら」

その唇には、不適な笑みを浮かんでいた。

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