番外3 初恋と革命

◇#%⭐︎$△◯∞*〜〜〜〜!!聞くに耐えない罵詈雑言

「エリシアちゃん落ち着いて! ね!? 大丈夫だから!!」


 人間の脳では到底処理が出来ない異次元の雄叫びを上げたのは、水色髪の美しき文官兼侍女エリシア・ウォルディアスであった。

 血管という血管が切れまくって本気で恐ろしい般若顔になっている。理玖は必死に宥めているが、効果は無い。

 彼女達の現在地は風呂場。

 1週間、ハネムーン代わりの一週間に及ぶ休暇(意味深)が終了し、さぁ理玖のお世話に専念するぞと意気込んだ初日。

 朝から晩まで理玖推しの事だけ考えてたら良く、行動が一緒という美味しい仕事に、エリシアはそれはもうウキウキであった。


 だが風呂場で一変。

 髪や体を洗う手伝いを彼女や専属メイドが申し出た際、過剰に理玖が拒否した時点で嫌な予感はしていたのだ。


 だが、風呂場は一番無防備になる場所だ。

 護衛が必ず必要である。

 本人が強過ぎるから要らんだろと思われても、転倒や湯加減の調整ミスという事故も起こりやすい。

 皇后の入浴に付き添い無しは、流石に許容されなかった。


 結果、彼女は理玖の身体中のアレとかソレ……特に、背中に狂気を覚える程散りばめられた痕を見て、激怒したのである。


「これはもうDVの域ですわ!!」

「いや……でも殴られたとかじゃ無いし。私も吝かでは無かったと言いますか……ゴニョゴニョ」

「治癒魔法使って1秒で治らない鬱血痕は大怪我の域ですわ!!」


 そして皇帝の、10日間完治まで夫婦の寝室出禁という前代未聞の沙汰が決定した。






「全く……あの獣め……」


 治療開始から5日目。

 普通に不敬罪でとっ捕まる愚痴なのだが、理玖も己の夫が獣だという事は重々承知している為否定せずに思わず笑っていた。


「今日も治療、ありがとうね」

「これくらい当然ですわ。……これ、寝る時痛くありませんでしたの?」

「まぁ、勇者補正で頑丈と言いますか痛みに鈍感と言いますか……肩ザックリ斬られてぶら下がった状態で一夜を明かした時に比べればね〜」


 とても笑えないヘビーな勇者時代の話に、エリシアはどうリアクションすれば良いのか困った。


「あ、あの時か」

「?」

「エリシアちゃん、媚薬香水の子か!」


 思い出した! とスッキリした表情の理玖に対して、エリシアの顔色はこの世の終わりのように青くなった。


「キャアアア!! 違うんですの!! あれは私の人生最大の汚点ですの!! 黒歴史ですのぉおおお!!」


 それは数年前。

 まだ邪神による世界滅亡が迫っていた頃に遡る。






「分かっているなエリシア」

「はい、お父様」


 侯爵家の薄暗い執務室で、エリシアは光の無い目で父親と対峙していた。


「忌み子の皇子を狙え。あれは恐らく次の皇帝だ」

「はい」


 呪い騒ぎの真っ只中。

 多くは黒竜によって呪いが蔓延したと信じ込まされていたが、幾人かの有力貴族達は、皇族によるものだと気付いていた。

 エリシアの父もその一人だ。

 彼は元々欲が余り無く、堅実な男だった為、娘を皇帝の妻にしようとは考えていなかった。しかしこの時は、エリシア愛娘が冤罪で婚約破棄をされており、元の相手より良い相手に嫁がせてザマァしてやる! と、怒りに燃えていた。

 そこで、色素に難はあるが、明らか呪いには関わっていない一番まともな皇族のパーシヴァルに白羽の矢を立てたのだ。


「5日後のパーティに忌み子皇子も出て来るらしい」


 世界の終わりが近づいていようが、呪いで民が苦しんでいようが、元気な皇族や貴族は大変楽観的で、普通に何処かの屋敷ではパーティが開かれていた。

 エリシアは「必ず、寵愛を勝ち取りますわ」と応え…………5日後、酷く後悔する。


 ━━私、本当は結婚したく無いんですのよね。


 彼女は夜会で壁の花を決め込んでいた。

 前までは婚約者のためにと社交に積極的だったが、ソレをしないで良くなると、彼女は気付いたのだ。


 お一人様って、楽じゃん! と。


 ━━ 嫁げば子を産まねばなりません。ですが子どもが特別好きではありません。他人のお子様は可愛いですけど、四六時中一緒となれば憎たらしく思うでしょう。それより自分で稼いだお金で好きに生きる方が楽ですわ。


 エリシアは父親の意図に気付いていなかった。パーシヴァルに近づけと言う言葉が自分を想っての事ではな無く、家の為だとこの時思っていた。だから逆らわなかったのだ。


「お嬢様、ご挨拶に……」

「わかっているわ」


 友人の令嬢に扮したメイドに促され、エリシアは標的パーシヴァルの元へと向かう。

 そうして誰もが遠巻きにする青年に、


「ウォルディアスの息女か」

「はい、エリシア・ウォルディアスです。殿下の御尊顔を拝見できる日を、指折り数えておりましたの」


 媚薬の混じった香水を漂わせ、砂糖菓子よりも甘やかに笑った。

 自分が一番魅力的に見えるようにと、したくも無いのに何度も鏡の前で練習したソレは完璧だったと言える。


「そうか、ではな」


 だが、即終了。


「え……」

「その香水は今後辞めておけ。臭う」


 スタスタ去って行く背中に、エリシアは完全に石化し、敗北を悟った。

 忽ち、エリシアは嘲笑の的にされたが、その時間は長くは続かなかった。


 襲撃が起きたからだ。邪神の使徒達による襲撃。


 数は50。異形の怪物達に、次々に会場に集まっていた者達が殺される様に、誰もが逃げ惑った。エリシアもそうだ。

 彼女は治癒魔法は使えたが、攻撃魔法はこの時はてんで駄目だったからだ。


 血溜まりの中を走り回って、ドレスの裾は赤黒い染みでいっぱいだった。

 凶悪な鉈を手にした異形は、ソレと彼女が付けていた媚薬香水の混じった匂いを好み興奮したのだろう。執拗に追いかけ回された彼女が、半狂乱になって屋敷の屋上に追い詰められたのは、最早必然だった。


「こ……来ないで下さいまし……!」

「━━━━━━━━!!」


 異形は何かを言ったが、ソレは人間が理解出来ない言語だった。

 鉈が振り下ろされる。エリシアの頭にでは無く、石畳の屋上の床目掛けて。


 轟く雷鳴のような音を挙げて崩壊する屋敷の一部。


「イヤアアアアア!!」


 己の体が投げ出される感覚に、エリシアは目を見開き悲鳴を上げる。


 ━━死ッ!!


 脳裏に、その考えが浮かんだ瞬間だった。剣を持ち、屋根の上をかけるパーシヴァルを確かに見つけた。

 軌道的には、エリシアを受け止める事など造作も無い位置だ。

 エリシアは涙を浮かべながら「たす……け……っ」と震える唇をどうにかこうにか動かしたのだが、


 ヒョイ、と。


 パーシヴァルはエリシアを避けて、一直線に屋上を陣取る使徒を斬り殺しに行った。


 ━━あの野郎!! 避けやがりましたわぁぁああああ!!


 エリシアの脳内は、絶望から一変して怒りで染まった。


 ━━避けます? 普通避けます此処で!? お姫様抱っこなぞこの局面で望みませんけど、普通に受け止めるくらいするもんでしょ普通!! っていうか死ぬぅううう!! あんッッのド腐れ皇子ッ!! 死んだら絶対に悪霊になって祟り殺してくれるううう!!


 その時だった。世界が反転して、柔らかく小さな何かに、ふわりと抱き抱えられていた。


「よっと……、セーフだね。何処か怪我ない?」


 屋根の上に下ろされ、エリシアは自分を抱えた正体を初めて目にする。

 自分よりも小柄な、可愛らしい少女だった。


「あ……ありません、わ」

「良かった……さて」


 ニコリと微笑んだ彼女はエリシアの頭をひと撫ですると、屋上で戦うパーシヴァルの方へと、


「馬鹿皇子ぃぃいいい!! アンタあの軌道なら落ちて来る女の子助けるのが普通でしょうがあああああ!!」


 そりゃもう、エリシアも思った当然の叫びを言い放った。


「ふぅ……じゃ、行こっか」

「え……え?」


 スッキリした表情で、彼女は混乱するエリシアを再び抱え上げる。

 一瞬で、星が瞬くように景色が変わったのは、魔法などでは無い。

 少女が避難場所まで一気に跳躍したからだ。


 ふわりと体に負担がかからないよう下ろされた場所には、怯える招待客や駆けつけてきた騎士達で溢れていた。

 少女は一人の騎士に声をかけて、エリシアを預ける。

 エリシアは媚薬香水を付けている為、男性に近寄られる事に抵抗があった。その様子から少女は察した。


「うわ……何か付けられたの? じゃあ浄化ポーションかけてあげる」

「あ、ちが……これは」

「はーい、綺麗になった!」


 自分で媚薬香水を付けたと言う前に、少女によってエリシアの悪臭は、媚薬効果も含めて消えた。


「うん! 貴女、人魚みたいな綺麗な色してるから、シャボン玉の香りよく似合うよ」


 少女はエリシアの頭を撫でる。


「怖かったでしょう? よく逃げ延びました。後は任せて、怖い連中はすぐ倒して来るからさ!」


 そうして、彼女は火が出て橙色を放っている屋敷へと跳んだ。

 ぽかんとするエリシアの横で、騎士が「勇者様……マジ勇者様」と、若干可笑しな感想を漏らしている。


「勇者……では、あの方が……勇者リク様?」

「はい、パーシヴァル殿下と一緒にこのパーティに参加していらしたんです。避難所の結界を張り終えた瞬間、貴女の悲鳴を聞いて直ぐに跳んでいかれたんですよ」

「そう……でしたの」


 少女━━理玖が跳んで行った屋敷を見つめるエリシアの表情がキラキラと輝いているのを、この時騎士は確かに見た。






「色々ありましたが、お父様には私の意見をしっかり述べまして、リク様にお仕えする事を許していただきましたの」


 いつの間にか、洗いざらい過去の事を吐く羽目になったエリシアは、チラリと理玖を見る。


「あの……お気に障りました……わよね?」


 理玖とパーシヴァルが、そういう関係では無かった頃の話である。とは言え、自分の夫に色目を使おうとしていた女の話など、妻からしたら嫌に違いない。

 理玖は険しい表情だった。

 エリシアは、クビをこの時覚悟したが、


「そっちは全然。それより、私のエリシアちゃんに冤罪かけて婚約破棄したとかいう馬鹿は今どうしてるの?」


 別件で理玖は怒っていた。


「へ?」

「そもそも冤罪って何?」

「あの……私がある男爵令嬢の私物を盗んだり、池に突き落としたとかいう物で」


 圧が凄かった為、エリシアは素直に答えてしまった。


「もしかしなくても、公衆の面前で断罪されてない? しかも男爵令嬢とは初対面じゃない?」

「何故お分かりに!?」


 ビキリ、と。大きめの血管が切れる理玖。しかし大きく息を吐く事で、怒りを表に出さないようにする。


「そいつ等最後どうなった?」

「その……今は結婚していて━━」

「━━結婚して地方で大人しくしているかと思いきや、最近まともな祖父母が死んだとかで首都に戻って来ました。至る所でエリシア先輩を誹謗中傷し回っているようです」


 言いにくそうなエリシアの横から、スッと現れたメイドのイルルが告げる。


「イルル!」

「税金を無駄に貪り食らう正直ゴミ貴族です。先輩との婚約も、何かウォルディアス家に利益が有る為かと思えば、先先代同士が仲良しで自分達の家で良い年頃の女の子と男の子が居たらいつか結婚させようねという、私情によるものでした」

「何で知ってますの!?」


 理玖は立ち上がった。背後に、般若の顔を浮かべて。


「消しちゃお」


 数日後。

 さる子爵家の嫡男による違法奴隷売買及び通貨偽造への関与が発覚。又、その妻の22件にも及ぶ浮気と16件の未成年暴行が明らかになり、その家は貴族名簿から抹消された。


「やはり、私の初恋のお方は最の高過ぎですわ!! あらイルル? 何故そんな離れた場所に?」

「自分の先輩が百合属性だと知った女後輩の心境を察して下さい」

「エリシアちゃんの初恋私なの? 嬉し〜」


 これを聞いたエリシアの心臓が嬉しさのあまり一瞬止まり、この後AEDっぽい魔法が編み出されて医療革命が起きた。

 おかげで後世の医学者達は、この革命の理由を学生に説明する時、毎回困る事になる。

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平和な世界になったので、黒の皇帝が女勇者に求婚している件 御金 蒼 @momoka0729

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