第13話 邪神の爪痕

(三人称)


 神とは傲慢であれ。

 神とは模範的であれ。

 神とは慈悲深くあれ。


 彼等の教育方針は、大きく分けてその三つだ。稀に元人間の神やズレた神の下、価値観が人間と酷似する神も居るがセレフィアとスーヴィオラは『傲慢であれ』と言う神が、親だった。


 そんな価値観の中で、スーヴィオラはとても理想的な女神だった。

 美しく、自由で、媚びず、世界が自分を中心に回っていると信じている傲慢な女神だった。最終的にやりすぎて、自分達よりも下等な生命を弄ぶ分には目を瞑っていた神々にも手を出して、理玖にぐっちゃぐちゃのバラっバラ要モザイク加工の死体にされるまで。


 そんな彼女が、生き延びるために用意しようとして、失敗したのが『魔王』である。


 管理する世界の生命に、試練や役割を与える事は、極めて一般的な事である。ただ役目は、本当に1生み出した生命に限る。スーヴィオラがセレフィアを騙して奪い、また今セレフィアの元に戻った世界は、元々は別の神が創造したものだった。


 故に本来は、試練は与えても、役目は与えてはいけない。


『妖精王』『魔女』『導き手』『竜帝』『魔王』


 これ等が、役目である。『勇者』と『聖者/聖女』はこれ等を排除するための謂わば特殊対策システムであるため、役目には入らない。


 何故この4つの役目を与えてはいけないのか、簡単である。容易に神を殺せる権能を持つ危険物だからだ。そして道徳心もも狂っているため、役目を与えた神が「神様殺しちゃメッ!」とか言ったところで守らない。寧ろ嬉々として殺しに来る。


 だが、知的生命体が、勝手にそうなってしまうのは致し方ない。


 その抜け道を、スーヴィオラはいつも利用するのだ。自分の身代わりにするために。


 その世界の住人達から見て、明らかに世界の均衡は崩れていっていたが、その根本的な理由は不明。異世界召喚を数十年おきに繰り返し、一時凌ぎしか出来ない状態だった。

 馬鹿女神が異世界通しを衝突させている。そんなトチ狂った事実は、理玖達が旅を始めた当初も未だ発覚していなかった。


 だから彼女は、勇者や聖女が召喚される度に『役目』に適した存在を用意した。

 前回の勇者と理玖の召喚との間にはだいぶ時間があった為、特に今回は入念に魔王の器を整える事が出来た。


 数代反映を極めても尚影を見せない帝国の、金髪で生まれるはずだった皇子を黒髪にした。白銀だった龍を黒く染め、不吉の象徴であり、呪いを振り撒く悪であると、歴史を改竄した。仲の良かった皇族達の間に不破を生み、亀裂を広げ、互いを呪い合わせて国落としにかかった。

 一人ぼっちになった黒髪の王子に、更に細工を加えた。魔力を溜め易く、外に漏れないように魔力器官を弄った。周囲に残っていた優しい笑みや声から目と耳を塞いだ。悪夢を見せ、時に殺しかけ、傷つけて傷つけて嘲笑い、己の研鑽に努めさせた。


 そうして、あとほんの少し……。指一本でも簡単に落ちる。

 例えば、勇者と恋人になるだろう、銀髪の姫を襲わせて、冷酷で無慈悲で、色に狂った男だと勇者に軽蔑させて、皇族としてあった最後の誇りを踏み躙って、親よりも可愛がってくれた竜を、その手で殺させてしまえば━━━━。


 だがそこで、誤算が生じた。


 一つ、召喚された勇者が女だった事。


 二つ、規格外の強さで多くの国の問題をスピード解決して行った事。


 トドメ、皇子が皇帝になり、勇者に惚れた事。


 それまで、意外な事にこの世界では女勇者の召喚例が無かったのだ。男は勇者、女は聖女だった。なのに、召喚された女の適性は勇者に振り切れており、女神も、召喚した勇者と王女を結婚させるつもりだった王族も、驚愕していた。

 当時喜んだのは、召喚された勇者との婚姻など望んでいなかった王女エルシュカくらいである。


 女神の思惑は塵紙を千切るかの如く容易に壊されていった。

 それまでの勇者は、各拠点に見目麗しくも何らかの危機に瀕した少女を配置して置けば、平気で1月くらいそこに足止め出来た。ハーレム作らせてそこで旅を有耶無耶の状態で終わらせる事すら出来た。世間一般で言うハニートラップだ。

 が、女勇者理玖にソレは通用しなかった。少女達の危機は長くて1日、早くて30秒で解決された。


 そんな不運が重なって、魔王が完成する前に理玖達が帝国入りして……以下略。


「全く、本当に……を仲間にした時もですけど、あの勇者ちゃん凄い勘ですよ〜。あのまま放置してたら皇帝さん、決定的な事件無くても超ナチュラルに魔王になってましたからねぇ」


 セレフィアの視線の先には、直径150センチほどの生命球アクアリウムの様な物がある。

 虹の色。煌めく朝露。三色の紫陽花。光の梯子。一見、そんな美しいものだけを詰め込んだように見えるが、神々には違う。


「……それはそれとして。スーさんが魔王の配下にするつもりで作らせた神と人の混ざり子ハーフ君達、えげつないですねぇ」


 その中に写っていた光景は、蹂躙以外の何者でも無かった。




 ━━レーネ線戦。


『軽い演習ピクニックです』


 そう言われて、彼等は遥々歩いてきた。

 何とか国という体を保っているが、もう限界も近い。故にこれが言葉通り『演習』だと思っている者は、端からいなかった。


「またジジイとババアかき集めて誰が早く殺せるか比べようぜ」

「あ? それよりガキの方が楽しいだろ。玩具みてぇに泣き喚くし、親の前でやったら彼奴等面白い顔するんだぜ?」

「声といやぁ帝国の女は良いらしいぞ?」

「へへへ、じゃあ片っ端から女どもの服剥いでよぉ━━」


 宣戦布告無しの完全に国際法違反。或いは、楽しい侵略。


 その男は、陽気な雰囲気な仲間達の気が知れなかった。

 相手は帝国だ。最初は上手くいっても数日以内に反撃され、必ず殺される。最初に上手くいくかどうかすら怪しい。


 やはり。もっと早くに家族と一緒に、こんな馬鹿しかいない国は出るべきだったんだ。


 そう後悔しても遅い。

 だがこの男の場合、この大移動が始まる直前に、どうにか家族を他国へ逃す事が出来ている。


 ━━ソレが出来なかった連中に比べれば、まだマシか……。


 そう、数分前までは思っていた。


「わああああぁぁぁぁあああ!!」

「助けて!! 助げで神様がみざまぁぁああ!!」

「う゛ェッ、げええぇぇ!」


 戦場と呼ぶには、余りに一方的な虐殺の場であった。


 帝国との国境沿いを流れるレーネ川。

 その周囲は今、空から伸びる雷の檻で覆われ、中では5体の巨大な怪物達が暴れ回っていた。

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