第10話 勇者対聖者 (前)
「浄化ッ」
リッチやゴーストの類が即座に崩れる魔法を放ちながら跳ぶ。けれども相手━━政近は、ニコニコしたまま崩れる事無く立っていた。
「俺、聖者だよ。その手の魔法は特に相性が良いんだ。……うん、首がくっつくの3分くらい掛かっただろうに、10秒で完治だ」
聖者……聖女の男バージョンだ。なるほど……あの女子会の日に召喚されたの此奴か……。
最悪ッ……。でも一つ言える。聖者は、罷り間違っても、こんな存在じゃ無い。だって、勇者も聖者も、治癒能力がバカみたいに高くても、首が取れたら即死するから。
何処でそうなったかは分からないけれど、魔物化してる?
チッ! エルシュカもチトセちゃんも何やってるかな?
あの後、召喚された日本人が王城で保護される事になったのは、少しだけ耳にした。
つまりあの子達は、
「
黄色い石のついた茶の革張りの綺麗な本が、政近の手に現れる。
私のアスカロンと同じものだろう。
「この世界なら、誰にも邪魔されない」
背筋が粟立つ感覚がした。
どんな魔法が書かれているのか分からないけれど、碌でも無い物に決まっている。なら魔法を使われる前に終わらせるしかない。
頭だけじゃ無く、腕も足も使えないようにする。そうすれば立てないし、首を持つ事だって出来ない。サイコロ……いや、砂になるくらい細かく切ってしまえば━━体の力が、突然膝から抜けた。
私は床にヘタリと座り込んでいた。
急に何で……? しかも、立てない!
そう焦っている間に、また別の変化が起きる。
「アスカロン……?」
透けてる。どうして!?
「異世界ファンタジーでさぁ、地球から来た奴が無詠唱って、今時もう基本じゃん?」
透けていたアスカロンが、光になって消える。嘘、でしょう?
「剣は握ってないと斬れない。でも、魔法は
態々本を出して見せたのは、ブラフだったって事か。
「ソレじゃあ、新居を探しに行こうか。この世界の貨幣はたくさん持ってるからね。何処にしようか?」
楽しそうにまた近付いてくる。
「……絶対に嫌」
「へ?」
「アンタとなんて、死んでも一緒に居たくない。一人でどっか行って、私の人生に金輪際関わらずに死になさいよ」
「…………」
間を開けて、さっきまでゆっくり私に歩み寄ってきていたのに、今度は早足でやって来た。
乱暴に髪を掴まれて、無理矢理上を向かされる。
「調子に乗ってんじゃ無ェぞ。あ゛? 君が言って良いのは『政近君愛してる』と『政近君のお嫁さんになる』だ」
相変わらず……ウンザリする。
ただ自分の言って欲しい事を、言わせたい時に言わせる。ソレの何が楽しいんだか。
「反吐が出る」
視界が真っ白になって倒れる。
遅れて頬に痛みが走った。あぁ、思い切り打たれたのね。手が動く、足も動きそう。痛みが走ったおかげなのか、また体が言う事を聞いてくれるようになったらしい。
「はー、もう一度やり直しかぁ……」
政近は背を向けた。
油断しているなぁ……此奴。やっぱり……、
━━━━まだ経験不足だ。
ごめんね……パーシヴァル。
貴方のお家、ちょっと壊す。
ドンッ!!
爆音。黒煙。その中から、雨の降りしきる中庭に先に飛び出したのは、紛れもなく私だ。
肌身離さず持ってはいたけど、旅が終わった後に、緊急時の爆発符を発動させる日が来るとは、正直思っていなかった。
「アスカロン……いつまで休憩する気?」
手の中に、再び聖剣が顕現した。
「うわ〜、何今の? カッコ良いね! ただ、彼氏に怪我させるのは全くもって減点だよ」
「黙れ汚物が。彼氏気取って気持ち悪いんだよ腐り落ちろ」
「理玖ちゃん、口悪くなり過ぎじゃない?
政近は「まぁ、良いけど」なんて舌舐めずりをしていた。本当にゾッとする。
「オカルト・アルバム」
次に奴の手にあったのは、本では無く黄色い石のついたトンファーだった。
厄介だな……アスカロンと同じじゃん。
ただ、問題が今はある。負荷の影響で、短剣にするのがやっとという事だ。
間が悪い。リーチ的にも防御面でも、普通にトンファーの方が有利だよ。
「本当は手荒な事したくないんだけどさ、しょうがないよね。浮気しようとしてる理玖ちゃんが悪いんだから」
此奴……パーシヴァルとの事知ってるんだ。
待って。まさかとは思うけれど、あの時見たのは……。
「5日前、私を殺そうとしたの、お前か?」
「殺すだなんて人聞き悪いなぁ、その器から君を出そうとしただけだよ」
何言ってんの此奴? と思った矢先だった。
笑っていながら、政近はトンファーをクルリと構え直して突っ込んできた。
「気付いたんだよ。俺は君の全てが大好きで愛しくて仕方ないんだけれど、ソレって俺だけじゃ無いんだよ。逆もそう、君は優しいから俺以外の人も好きになっちゃう。だから俺は後々追いかけ回されるし、君は愛を囁かなくなるんだ」
耳が腐りそうな言い分が聞こえるけれど、トンファーを捌くのに精一杯で「黙れ」も言えない。5日もベッドにいたせいだ。体が鈍ってる!
「じゃぁ簡単に、まず周りには君が完全に死んだと思わせれば良いって気付いた」
密着戦に持ち込もうとしたのが仇となって、蹴り……のフェイントと、聖法術の十字架の雨が四方から襲いかかって来た。
戦い慣れてる……さては騎士団で鍛えられたり、城の地下にある迷宮に潜って訓練したな。
「それでさ、君の魂からは俺以外の記憶を消して、俺に依存するようにしたら良いんだって思いついた訳」
全部の攻撃を避けた私は、舌打ちをしてから魔法を繰り出す。
幸い大雨だ。水は豊富にあるから風魔法を使った。奴を水の竜巻に閉じ込めて、中で細かく刻んでやろうとしたんだけど……、
「理玖ちゃんを俺が魔法で用意した体に閉じ込めて、俺に従順なお嫁さんにして、ずーっとずーっと愛してもらうんだ」
紙一重で、閉じ込められなかった。
ただ魔力を消費しただけの上に、気持ち悪すぎる計画を聞かされた今日は、厄日としか言いようが無い。
「大学受験失敗してさぁ、親も友達も……腫れ物みたいに扱ってきて、信じてた元カノには浮気されて。そんな時に
颯人とは、私の七つ離れた兄の名前だ。
「昔はスモックが可愛いだけだったのに、大きくなったらアイドルみたいに華奢で可愛くてさ、家に呼ばれた時『こんにちは』って、声も鈴みたいに綺麗で。そこに笑顔なんて向けられたら、誰だって好きになっちゃうでしょ」
ただの挨拶。ソレすらも此奴には刺さる物があったらしい。
「じゃぁ後は俺だけ見るようにするよ。ご飯もトイレも、俺が居ないと何も出来なくする。学校なんて行かなくて良いよ、勉強くらい俺が見てあげる。そうそう、
本っっっ当に! 死んでほしい。
「そんな歪んだ価値観だから、結局誰にも選ばれないんだ。だからテメェは見放されんだよクズが」
「は?」
低い声で切り出せば、あり得ない妄想をして楽しむ政親の表情が固まった。
「
此奴がやったように、誰にも見せないように閉じ込めるとか本当は朝飯前。
「でもソレをしなかったんだよ。私の気持ちが自分に向くまで、毎日毎日家に来て、ただ口説くんじゃ無くて、ご飯作ったり、知り合いからの依頼一緒にこなしてくれたり、凄く努力家なんだよ。しかもさ、そんな努力に私は応えないのに、優しいんだよ。偶然腕が当たったとか、ぶつかった事はあっても、意図して殴られた事なんて、一回も無い」
「気に入らねェ」
十字架が来る。
後ろ……は、敢えて行かない。
加速、炎ッ!!
雨だろうが、ゼロ距離なら十分ダメージが行く。そもそも一瞬でも触れれば痛いんだから。
「テメェに気に入られたい奴なんざ居ねーよ」
ゼロ距離での火魔法なんて、私も火傷する。それでも、コイツは確実に始末しておくべきだ。
それに、
「異世界ファンタジーの基本、私も語ってあげる。
転生だろうと転移だろうと、悪役倒してエンドロール終わった後の奴には、チートで強い仲間が居るんだよ」
その刹那、雷鳴が轟いた。
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