第3話 プロポーズ生活 その2
「どう考えてもタダで貰っておく物だろう」
「いや、これ普通にちょっとお値段するでしょ。この世界の刺繍糸の相場を知らないとお思いです?」
お財布を出そうとした手を止められて、そのままするりと絡められた。長い指と指の間に、私の指が握り込まれる。
……はい!? 恋人繋ぎ!?
「パ……っ!」
咄嗟に、お忍びである事を思い出して空いてる手で口を塞いだ。
「俺の名前はそう珍しい物でも無い。いつも通り、呼んでくれても良いんだぞ?」
「よ……呼ばにゃいっ」
思わず、握っている手に力を込めてしまった。
ひゃー! 馬鹿か私! ダイレクトに手の形分かる。大きい。女の子と違って硬い。あ、剣の鍛錬してるんだ……剣ダコある。
なんていうか……恥ずかしいのと安心が一気に来る!
「て……はにゃして、ぃぃ?」
恥ずかしさのあまり声音が安定しない。震えるし、噛むし。俄かに涙まで出てる気がする。
「……」
ぎゅっ
何故より強く握る!?
「煽るな」
煽ってませんが!?
「早く嫁に来い」
「なんでそうなるの!?」
ため息でっか! 私そんな呆れられるような事した!?
〜〜その③10ヶ月経過〜〜
「来たぞ……」
「いらっしゃーい……って顔色すんごい悪い人来た!! ちょっ、熱あるじゃありませんか!」
真っ黒皇帝の来訪に慣れてきた自分が哀しいとか思っていればコレだ。
「40度無ければ問題無い」
「問題大有りだ馬鹿野郎」
邪魔なコートを剥いでベッドに寝かせる。誰のって? 来客用の部屋くらいある。
氷嚢と体温計、毛布。風邪の時必要なものを色々揃えて……
「因みに今日、ご飯食べてきました?」
この男、私のところに来るために、自分のご飯の時間をちょいちょい省いてくる。前にその事で怒ったら一旦は辞めてくれたけれど、時々、稀に、やらかしやがる。
「…………食欲がどうしても出なかった」
林檎擦ろう。あとお粥作ろう。
「理玖」
「何です?」
「好きだ」
「はいはい。お粥が出来るまでコレ食べててください」
擦り林檎を押し付ける。
『好き』と言われる事に慣れてしまったのもあるけれど、今スルー出来たのはまた別の理由からだ。
だって脈絡無く口走ったじゃん。何より、あの普段能面みたいな顔がトロンとしてるよ。ヤバいな。頭が本格的に回らなくなってる人だ。
よしよし……大人しく食べてる。
とりあえず、ぱぱっとお粥作りますか。
そうして作ったお粥をもそもそ食べるパーシヴァルに、不覚にも母性本能が湧いた訳だが、そこで気付いた。
「宮殿戻れます?」
ベッドの横に椅子を持って来て、座って尋ねた。
毎日パーシヴァルは家に通ってる訳だが、自国での仕事を疎かにしている訳じゃない。自分でノルマを決めて、それを終わらせて来ている。
つまり、明日も仕事があるはずなのだ。
「やすみだ」
「良かった。ゆっくり寝れますね」
「いや、東の山に行く」
「アホなの?」
熱を測れば38.9度の重病人だった。
大事な事なのでもう一回言う。アホなの?
「見せたい物が、ある」
「今度じゃダメなんですか?」
「そうすると、来年になる」
季節もの? 疑問に思っていると、意外な単語が出て来た。
「……さくら」
目を静かに見開いた。
この世界には、定期的に地球から勇者が召喚される。魔王や邪神が一定の時期になると活力を得るかららしい。
故に、これまで来た勇者達によって、地球の食材や技術そのものだったり、よく似た物だったりが、持ち込まれていた。正直、とても助かった。特に味噌と醤油。そして魔法で再現されたIHコンロ。
けれども、どうしたって無い物もあるのだ。
旅をしていた時、山に入ったら『あれば良いな』くらいの気持ちで探した物━━桜の木。
「此処からあまり遠く無い、東の山に有った」
探してくれたの?
たった一回……軽く話しただけなのに。
「なん、で?」
「お前の話を聞いて、さぞかし美しい花なんだろうと思った。それに……」
パーシヴァルの指先が、私の髪を一束掬う。
「本当は、見たかったんだろう?」
「……!」
「口では……然程見たい訳では無いと言っていたが……山に入る度、あれだけ辺りを見回していれば、嫌でも気付く」
鼻の奥が、思わずツンとした。
「なん……で?」
「さっきから、そればかりだな?」
当然だ。
貴方は、いつから私の事、好きだったの?
どうして私なんか好きになったの?
一緒に居れば居る程、嫌な奴だって分かるはずだ。
「私……ズバ抜けて美人な訳でも、頭が良い訳でも無いです。勇者としてこの世界に喚ばれて、請われるままに戦って勝ったけれど、それだけだし……貴方の気持ちに、同じ熱量で応えてあげられないし」
「それが?」
髪から、目元に指先が移動して来た。
嗚呼、通りで視界は歪むし、グズグズ音がする訳だ。
彼の指先が濡れた事で、初めて自覚した。私はいつの間にか、泣いていたのだと。
「お前の見た目は、朕の好みど真ん中だ。頭が悪いと言うが、そうは思わない。地球の教育が此方よりも進んでいるのは明らかだしな……。勇者として戦った事が『それだけ』だと? 人間離れした偉業だ、誇れ。それに言ったはずだ」
濡れた指先が頬を滑って、耳を撫でて、後頭部に回る。
「『俺は欲しい物は必ず手に入れる』と……」
あれ? パーシヴァル……上半身起こしたら顔が近━━
「……震えている?」
……え?
あれ? そういえば、体がさっきからおかしい……気持ち、悪い。何で? 私の体、怖がってる?
「すまなかった」
その声には、落胆の色が混じっていた。
「待って、違━━」
バフ ←ベッドに人体が逆戻りする音。
うそ、此処で電池切れ!?
「パーシヴァル……」
名前を呼んでも、帰って来るのは寝息だけだ。
体勢が可笑しい事になってるから、寝辛いよね……。
「よい……っしょ」
あ、氷嚢も変えてあげよう。
氷嚢を持ってパタパタと部屋を出る。
……変なの。と、戸を閉める手を見て思った。
だって、今触っても震えは無かった。というか、パーシヴァルが寝てると分かった途端に止まった。
「キス……されても良いって思ったのにな」
私は、どうして彼を受け入れられないんだろう……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます