第3話 朝行ったら一緒に通学

色々な意味で予想外の人だし、話す前の印象とは180度違った。


彼が私を見かけてたら、翌朝同じ時間に行かないと、避けてるとなる。

避ける嫌な要素は全くなく。

普通に友達として話せそう。 


だから彼が居る時間に駅へ行った。

いつもの定位置に、彼は立っていた。

家を出る時間もほぼ同じ?几帳面?

周りの通勤客も、ほぼ同じ人たち。


彼は目立つ人で、人を寄せ付けない雰囲気、ちょっと怖い感じ。

途中の駅で誰も座れることは無く。

全員吊り革に掴まれるか、ちょっと無理なぐらいの混雑具合。

彼に声をかけて、そのまま横にいた。

普通にこれは、列の割り込み?横入り?だけど、あの列に並んでた人たちは、私には寛容だった。


彼の横にいた私を、咎めた人はいない。

時間帯も早い。混雑するけど通勤客には余裕の時間。

皆さん、優しい方ばかり。


列にいる彼に、横から「おはよう」って声をかけた。

待ってたのかはわからない。

前の日に約束もしてなかったから。

「あ、おはよう」って、少し顔だけは、こっちに向けて、返事をした。

彼は眠そうに見えたから、

「眠い?昨日は遅くまで起きてた?」

「いや〜でも、寝たのは2時とかかなぁ」とか。


この後、ほぼ毎日交わす会話。

初めて話した日は、世間話はした。

が、それ以降たくさん話した。

いわゆる世間話や、カップルがしそうな会話をした記憶はない。


電車が来たら私を前に。

先に私が端から2番目の吊り革を持つと、角の端の吊り革を彼が持つ。

私は右手、彼は左手で。

だから混雑していても、2人の距離は、いつも離れていた。

肩がぶつかったことも無い。周りからは守ってくれているようでも、私から距離を置いているようでもあり。

角度は横並びの、180度。

周りも、そこはいつも空けていてくれていて。


吊り革の定位置に収まると、彼が話し出した。

「昨日、夜ラジオ聴いた?」

「ちょっとだけね。10時ぐらいまでは、テレビを観てたかなぁ…」

「何観てたん?」

「見ごろ食べごろを観て、ドラマを観た感じかなぁ」

その後の話題や私の実感ではむしろ、彼はテレビっ子かで。

詳しくは覚えては無いけど、音楽の話、デビット・ボウイの何がどこが好きか?の話はしたような記憶はある。

でも、それよりたくさん話したのは、テレビ番組の内容や、面白いCM、面白いラジオの話で。


「やっぱり、観てた?見ごろは面白いやんな」

見ごろとは、初めは「見ごろ食べごろ笑いごろ」のタイトルだったお笑い番組のこと。

伊東四郎と小松政夫が面白くて、女子中高生にも人気があった。

この年の春に、レギュラーだったキャンディーズが解散して、番組の名前は変わったけど。内容は同じ路線。

伊東四郎は小学生時代、てんぷくトリオの時から好きで。

その後しばらくも、関東系のコメディアンでは、唯一好きだった。


電線マンのファン。電線音頭も面白かった。ベンジャミン伊東!

小松政夫もしらけ鳥が好きで、あの曲もよく歌ってた。しらけた時には、女子中高生も歌っていた。

「伊東四郎と小松政夫が、面白いし好きだから、ほぼ毎週観てる」

「面白いやんなぁ?僕も大好き。昨日のやり取りも、アソコが面白かった…」と、昨日の番組の話を、怒涛のように話し出して。


頭が良いからか?メモでも取ってた?と感じるぐらい、やり取りのセリフやフレーズまで覚えている。

言葉には、敏感な人ではあった。

「あの時言ってたセリフに合わせた、トボけた表情が最高に良かった」とか、番組を細かく、分析しながら話す。

間違いなく彼の話は面白くて。


この前後は辛いことが多過ぎた時期だから、全部まとめて忘れようとした。

でも面白かったことだけは、鮮明に覚えてはいる。

後に彼は会社でも、話が面白い人として、一目置かれていたことも聞いた。

私が面白いと感じただけでなく、一般的にも面白い人だったんだ…。


一緒にいると、ずっと笑顔でいられたことは確か。

私はたまに、突っ込みを入れたり、共感したり。

「あーわかるわ〜」って。

ほぼ、彼が話して。ひたすら、何がどこがどう面白いかって話で。


車内は通勤客が殆ど。

他に話してる人はいなかった。

私も話したけど、彼が話す割合は7割超え。

車内の他の人も、おそらく彼の話をかなり聞いていただろう。


そして多分「この2人はずっと面白かったセリフとか、理由を話してるけど、いったいどう言う関係?」と不思議だったかも。

普通のカップルがする話では、なかったから。


男女で一緒に、通学する人も少なかった時代。

男子校も女子校も多くて、共学は通学は少なく。

だから男女が一緒になる、シチュエーションになりにくい。


相変わらず、彼は真っ直ぐ前を向いて、話す。

私が様子を知りたくて、吊り革を持つお互いの腕越しに、伺うように顔を向けて、彼を見ても、向こうはこっちは見ない。

恥ずかしかったのか、話に集中してたのか、私に興味がなかったのかは謎。


電車がターミナルに着くと、2人で降りて歩きながら話して。

定位置は、彼が私の右。

バス停に着いた。

彼は話し続けている。


途中までバスは一緒には乗れる。

が、一瞬迷った。何故ならそのバス停には、ほぼ彼の学校の男子だけの時間帯だったから。

全員同じ制服の同じ中高生男子が、バス停に20人はいる。

なかなか威圧感は強い。通勤客は少ない時間だから、バス停には男子だけ。

深くは考えないタイプの私でも、

「ここに、女子1人で混ざるのか?」って、立ち止まる感じ。


彼は周りを気にしない人。

そのまま話してバス停に並ぶから、付いて行くしかない。

他の学生の目が気になった。

ウチの学校の生徒は、普段通り隣のバス停に。

そっちの先頭のあたりには、元彼も友達といるのも見えた。


「ま、いいか」で、男子だらけの中に。彼は気にせずに、ずっと話しかけている?話してる。

バスが来て乗っても、周りはその状態。途中からOLさんなんかが、乗ってくることも、たまにはあった。


が、ほぼ彼の学校のスクールバス状態。

遅刻ギリギリだから、座れるまで待つ余裕は無いく来たバスに乗って、そのまままた吊り革で隣同士。

前に座ってた人には、多分話してる内容は、丸ごと聞こえたハズ。

聞かれて恥ずかしいような内容は、一切無いけど。

私が降りる時には、車内はかなり混雑。前のバス停あたりから、降り口に移動しないとマズい。

「次やから」って言うと、彼が人を掻き分けて、前に移動してくれて、たどり着いたたら、もう降りるバス停で。

「じゃあ」って言って降りた。


自分が架空のロックスターって設定を考えるデビット・ボウイは、やっぱり変わった人ではある。曲は良い曲。


当時は必需品だった、時計を見たら真面目に時間がギリギリ。

そのバス停には、他の学生が少ない理由は簡単で。

その路線は私が降りるバス停から、大通りを曲がって、西へ向かう。

だから着く場所が違う。

その路線に乗ると、大通りを2回横断しないと、学校に向えない。

横断歩道を渡る、待つだけでもおよそ3分近く時間はロス。


で、その路線は、乗る人が少ないから本数も少なく、バスが来る間隔も長い。

その上に各駅停車みたいに、毎回止まるから、時間も余分にかかる。

5分ぐらいは違う。


前に乗ってた路線は、乗る人が多い。

だから、バスが途中で満員になると、降りる人のいるバス停にだけ止まり、途中は通過するから、学校の最寄りまでの所用時間も短い。

両方の理由で、ギリギリの電車に乗ると、ダッシュしないと遅刻する。

バス停から教室までは、今までは歩いて10分ぐらい。


ダッシュで、必死に走っても、時々は遅刻することに。

わりといい加減な性格だけど、それまでは遅刻したことは無い。

中学生はほぼ誰も遅刻しない。

高校になってからは、少し常習の人も出てきたけど。


彼と一緒に行くなら、出来たら電車は1本早い時間でないと、毎日必死で走るハメになる。

知り合ったばかりでは、そんなことも言い出せない。

彼氏になった訳でも無いし。

時間が経っても言い出せなかったから、毎日ダッシュしてたのも、遅刻したのも、多分知らない。


私なりに一緒に行くことは、少しは意思表示になると考えたけど。

私は面白いからまた話してみたくて、翌朝行ったし、その後もずっと同じ電車に乗った。


かなり勧められたから、火曜日夜は、例の「所ジョージのオールナイトニッポン」を聴いてみた。

私も所ジョージの面白さには、ハマった。

毎週水曜日の朝は、必ず前の夜の「オールナイトニッポン」の話。

テレビに出る前だから、彼も若い。

よりいい加減な感じで、とボケいて肩の力は入ってたのか、抜けてたのかはわからないけど、面白い。


お互いに音楽は好きだから、お気に入りは、やっぱり替え歌のコーナーで。

あの時代は、ハガキ職人さんもいて。

面白い、採用される内容のハガキを考えて書く。

この人も、話は面白いから「自分で書いて出せばいいのに」って思ったけど。


所ジョージは1人でも面白いけど、人と連むとより面白い。

替え歌コーナーはその後人気バンドになった、アルフィーの坂崎幸之助がギターも弾くし、お喋りも一緒にする。

ギターは当時から上手かった。


坂崎幸之助は、1人で話しても面白い。

真面目にギターが、弾けるお笑い芸人かと思った。

が、2人で即興で、曲作りもしてたから、やっぱり音楽の人か…と。

この後にはまさかの面白かった、初代の林家三平に師事したり、多芸な人。

音楽も作れて、演奏も上手い。珍しく色々な楽器も弾ける人で。

ドラムもベースも、ピアノも弾ける。シタールまで演奏する。

世界でも、他にはホール・マッカートニーか?ぐらい、出来る楽器の数は多い。

管楽器だけは、ダメだったらしいけど、挑戦しただけでも、普通じゃない。

物真似も上手いし、替え歌はまた聴いてみたい。


赤い紙に圧迫されていた私を、所ジョージと坂崎幸之助は、笑わせてくれて、家にいる時間を少しだけ、楽しくはしてくれた。


彼らは、リスナーのハガキをより面白くするために、色々言葉を考えて。その会話も面白い。

毎週水曜日の朝は、2人とも寝不足で。

朝の挨拶は、

「おはよう。眠いね〜でも、昨日も面白かったね〜」になり。


3時までだから、睡眠時間は3時間ちょっと。

6時半には起きないと、間に合わないから。

私は朝礼中に、知らない間に爆睡していたり。


彼も眠かっただろうし、高校2年だから勉強は大丈夫か?は考えたけど。

向こうは気にせず、昨日の内容をまた面白く解説?分析してくれたから、毎週2度楽しめた。

話は面白いけど、話はドンドンあちこちに脱線していくから、バスを降りる時はいつも話は途中で終わる。

話してる最中も、沈黙もまず無いから、話題を考えることもなく。聞いてるだけで、充分に楽しかった。


毎日そんな感じで、通学してダッシュしての繰り返し。

夏休みまでの、ひと月ちょっと。

相変わらず、「帰りも一緒に帰る?」とも言わないし、ターミナルで待ってたことも無い。


最初の1週間ぐらいは、少しは

「私に興味があったから、話しかけて来たのかも?」とは考えていた。

が、週末を挟んでも、変わりなく。

週末何をしていたかも、聞かない。

テレビの漫才は観たか、は聞いたけど。

私自身が出かけたかとか、私が何が好きかも聞かないし、自分が何をしていたかも話さない。


髪型を誰でもわかるレベルで、変えてみても無反応。

わざわざ変えてみても、彼は何も言わないし、見て驚いた感じもなく。

変わったヘアピンや、ゴムも無反応。

結果、「やっぱりこの人は、私には全く興味が無い」を確認出来たかで。

乙女の努力も、虚しい。

話す内容はお互いの個人的な話はなく。


偶然、帰りの電車が同じになったことは、3回ぐらいあった。

でも車両が違う。

駅で降りたら気付くって、最初と同じ。

で、帰りに偶然会っても踏み切りを渡り、私は右に彼は真っ直ぐに行く分岐点、踏み切りの側で立ち止まって、立ち話するだけ。


角度は変わらずに、90度のまま。

正面から向かい合うこともなく。

踏み切り脇だから、通る人の視線は痛く。

「邪魔だから、他へ行けば?」な。

踏み切りだからカンカン音はする。頻繁に来る電車もうるさい。

デートじゃなくても、飛び込みたくなる踏み切りの側なのはイヤだった。

通学路からは、一歩もはみ出さない感じも寂しい。

30歩ぐらい歩けば本屋があったし、ウチの近くには公園もあった。

が、その場所から移動することも無く。


平行線は、離れてはいるけど、限りなく近づくことも出来るし、重なり合うことも出来る。

私たちは、90度以上に近づいたことも無いし、同じ直線の上にいても、距離は離れたままだった。










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