第6話 偽りの仮面の下
『不死身の剣姫と影のヒーラー』。
その二つ名がゼーブルクの街に定着するのに、一ヶ月もかからなかった。
俺たちはコンビを組んでからというもの、破竹の勢いで依頼をこなしていった。
ゴブリン討伐から始まった俺たちの実績は、オークの集落壊滅、ワイバーンの討伐と、瞬く間にランクを駆け上がっていく。セレスティアの圧倒的な戦闘力と、俺の無限とも思える治癒能力の組み合わせは、まさしく敵なしだった。
稼いだ金で、俺たちは宿屋から少し広めの2LDKのアパートに引っ越した。
もちろん部屋は別々だ。「夫婦だろう」と言い張るセレスティアを、俺が無理やり説得した結果だ。
生活は、驚くほど安定していた。
朝起きると、セレスティアが市場で買ってきた新鮮な食材で(無駄に大量の)朝食を作って待っている。昼間はギルドで依頼をこなし、夕方には家に帰る。夜は、俺が夕食を作り、セレスティアがそれを美味そうに平らげる。
それは、勇者パーティーにいた頃には考えられなかったほど、穏やかで満たされた日々だった。
だが、心のどこかで拭えない不安があった。
俺たちの関係は、あくまで「契約」で成り立っている。互いの能力を必要としているだけの、ビジネスパートナー。この穏やかな日常も、何かのきっかけで簡単に壊れてしまうのではないか。
俺は、また一人になるのが怖かった。
そんなある日のこと。
俺たちは、古代遺跡の調査という少し変わった依頼を受けていた。魔物は少なく、主に罠の解除や古代文字の解読がメインとなる、どちらかといえば頭脳労働が求められる依頼だ。
「ちっ、面倒だな。一気に駆け抜けるぞ」
「馬鹿を言うな。トラップだらけだ。慎重に行くぞ」
セレスティアの猪突猛進を俺が諫めながら、慎重に遺跡の奥へと進んでいく。
そこで俺は、壁に刻まれた古代文字の中に、見覚えのある魔法陣を見つけた。それは、勇者パーティーにいた頃、マヤが必死に解読しようとしていた、強力な古代魔法のものだった。
「……この魔法陣、確か……」
俺が記憶を辿っていると、セレスティアが不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「どうした、カイ。何か分かるのか?」
「ああ。これは『ゴーレム・クリエイト』の魔法陣だ。土や石くれから、強力なゴーレムを生み出す……」
俺は、パーティーで得た知識を元に、魔法陣の解読を進めていく。俺がすらすらと解読していくのを見て、セレスティアは感心したように息を呑んだ。
「お前……ただのヒーラーではなかったのだな」
「……まあな。パーティーから盗めるものは、全て盗んでやった」
皮肉げに笑う俺に、セレスティアは何も言わず、ただ静かに俺の隣に立っていた。
やがて、俺が魔法陣の最後の術式を解き明かした、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……!
足元が激しく揺れ、目の前の壁が崩れ落ちる。
罠だ。魔法陣の解読そのものが、この遺跡のガーディアンを起動させるトリガーだったのだ。
土煙の中から現れたのは、身の丈5メートルはあろうかという巨大な石のゴーレム。その巨体は、狭い通路を完全に塞いでいた。
「カイ、下がっていろ!」
セレスティアが魔剣を構え、ゴーレムに斬りかかる。
だが、ゴーレムの石の身体はあまりに硬く、魔剣の一撃を受けても僅かな傷しかつかない。逆に、ゴーレムが振り下ろした巨大な拳が、セレスティアの身体を壁に叩きつけた。
「ぐっ……!」
「セレスティア!」
俺は即座にヒールをかけるが、ゴーレムの攻撃は止まらない。
このままでは、いくら回復が間に合っても、じり貧だ。
(何か、何か手は……!)
焦る俺の脳裏に、先ほど解読した魔法陣の術式が浮かび上がる。
ゴーレムを生み出す魔法。ならば、その逆も……。
「セレスティア! 時間を稼いでくれ!」
「……任せろ!」
俺はゴーレムの猛攻を紙一重で避け続けるセレスティアを信じ、魔法陣の前に座り込むと、その術式を逆から辿り始めた。ゴーレムを創り出すのではなく、その構成術式を「分解」するための魔法を、即席で構築する。
「……ディスアセンブル!」
俺が叫ぶと、ゴーレムの身体を構成していた魔法の光が、その輝きを失っていく。
動きが鈍ったゴーレムの懐に、セレスティアが深く踏み込み、魔剣を心臓部のコアへと突き立てた。
「終わりだッ!」
コアを砕かれたゴーレムは、轟音と共に崩れ落ち、ただの石くれの山に戻った。
「……はぁ、はぁ…。やったか……」
緊張の糸が切れ、俺はその場に座り込む。
セレスティアが、魔剣を杖代わりにしながら、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。
「……カイ」
「……なんだ」
「お前は、無能などではない。私が今まで出会った誰よりも、有能な魔術師だ」
その言葉は、まるで呪いを解くかのように、俺の心の奥深くに染み渡っていった。
ただの契約相手から、初めて「パートナー」として認められた気がした。
俺は、彼女の差し出す手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
偽りの夫婦の仮面の下で、本物の絆が、確かに芽生え始めていた。
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