第5話 不死身の剣姫と影のヒーラー

 翌日、俺とセレスティアは冒険者ギルドを訪れていた。


 活気と酒と汗の匂いが混じり合う喧騒の中、俺たちの存在は少し浮いていた。いや、正確に言えば、セレスティアの存在が、だ。


 銀糸の髪、絶世の美貌。それだけで注目を集めるには十分だが、彼女が背負う禍々しい魔剣が、周囲の冒険者たちの視線に畏怖の色を混ぜていた。


「おい、見ろよあの女……とんでもない美人だが、あの剣……」

「呪われてるって噂の『夜啼きの魔剣』じゃねえか……関わらない方がいい……」

「なんであんな美女が、あんなパッとしない男と一緒にいるんだ……?」


 聞こえてくるヒソヒソ話に、俺は小さくため息をつく。こういう反応には慣れている。


 カウンターで手続きを済ませ、俺たちは正式にコンビとして登録された。


 職業欄には、セレスティアが『魔剣士』、そして俺が『治癒術師』と記される。


「さて、カイ。手始めにどの依頼を受ける?」


 セレスティアが依頼ボードに貼られた高ランクの討伐依頼を指さす。ワイバーンだの、オーガのリーダーだの、物騒な名前が並んでいる。


「待て。いきなりそれは無謀だ」

「何故だ? お前がいれば、私は死なんのだろう?」

「あんたはそうかもしれんが、俺の心がもたない。まずはリハビリだ」


 俺は彼女の腕を掴むと、一番隅に貼られていた紙を一枚引き剥がした。


【依頼:近隣の森のゴブリン討伐 報酬:銀貨5枚】


 一番簡単で、新米冒険者が最初に受けるような依頼だ。


 セレスティアは心底不満そうな顔をしたが、「お前が言うなら」と渋々承諾した。


 森に入り、しばらく進むと、すぐに目的の相手が見つかった。


 木の棍棒や錆びた剣を持った、5匹のゴブリンの群れ。


「さて、どうする? 連携の確認でも……」

「不要だ」


 俺の言葉を遮り、セレスティアは魔剣の柄に手をかける。そして、挑発するように俺を見て、不敵に笑った。


「カイ。お前の力を、改めて見せてみろ」

「……好きにやれ。死なせはしない」


 俺のその言葉が、合図だった。


 セレスティアの姿が、ふっと消えた。いや、常人には目で追えない速度で、ゴブリンの群れの中心に躍り出たのだ。


「ギッ!?」


 魔剣が一閃される。それは、これまで彼女が使っていた剣技とは明らかに次元が違っていた。呪いの反動を気にする必要がない今、彼女の力は完全に解放されている。


 ゴブリンの一匹が、反応すらできずに胴体を切断される。


 だが、敵もさるもの。一匹が、死角からセレスティアの脇腹を槍で突き刺した。


 普通なら致命傷。しかし、セレスティアは顔色一つ変えない。


「――ヒール」


 俺が短く詠唱すると、彼女の傷口から血が噴き出すより早く、淡い光が傷を完全に塞いでしまった。


「……!?」


 その光景に驚いたのは、むしろゴブリンの方だった。


 致命傷を与えたはずの相手が、無傷でこちらを睨みつけているのだから。


「……カイ。少し腕がかすった。治せ」

「これくらい平気だろ」

「平気じゃない。お前の女の身体に、傷が残るのは許さん」

「……誰が誰の女だ」


 軽口を叩きながらも、俺は彼女の小さなかすり傷さえも見逃さずに癒していく。


 防御を捨てたセレスティアの剣は、まさに鬼神の如き猛威を振るった。攻撃を受け、傷つき、そして瞬時に再生する。そのループは、敵にとっては悪夢でしかなかっただろう。


 戦闘は、一分と経たずに終わった。


 返り血を浴びたセレスティアは、汗一つかかずに魔剣を肩に担ぐ。


「……どうだった?」

「まあ、悪くない」


 俺がぶっきらぼうに答えると、彼女は満足そうに口の端を吊り上げた。


 お互いの能力を組み合わせれば、これほどの力が発揮できる。その事実が、俺たちの間に新たな信頼を芽生えさせていた。


 ギルドに戻り、討伐完了の報告をすると、受付嬢は信じられないという顔で時計と依頼書を二度見した。依頼を受けてから、まだ30分も経っていなかったからだ。


 俺たちが報酬を受け取ってギルドを後にする頃には、冒険者たちの間で新たな噂が生まれていた。


「おい、聞いたか? さっきの呪われた剣の女、ゴブリンの槍で腹を貫かれても、ピンピンしてたらしいぜ……」

「ああ、まるで不死身だったってよ……」

「鍵は、隣にいた影みたいなヒーラーだ。あの男が側にいる限り、あの女は絶対に死なない……」


 ――『不死身の剣姫』と、その傍らに常に寄り添う『影のヒーラー』。


 それは、後に大陸中にその名を轟かせることになる最強コンビが、その産声を上げた瞬間だった。

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