第26話 俺はマーダーミステリーで欺きたい(後編) 

夕暮れの余韻を抱えたまま、俺はマンションの部屋に戻った。


玄関を開けると、甘い声が迎えてくれる。


「おかえりなさい♡」


そこにいたのは、都会女子みたいにオシャレに着飾ったあかりだった。


薄いベージュのシフォンブラウスに、膝上丈のタイトスカート。耳元で小さく揺れるアクセサリー。普段より大人びて見える笑顔に、思わず言葉を失う。


(……サークルの女子たちと比べて、全然負けてない。むしろ……やばいくらい可愛い)



ダイニングには、コトコトと煮込まれた香りが漂っていた。


テーブルに並んだのは、湯気を立てるビーフシチュー。深い赤茶色のルーに、ゴロッとした野菜と大きな牛肉が沈んでいる。


一口食べると、牛肉はスプーンでほろりと崩れ、濃厚な赤ワインの風味が舌に広がった。


柔らかく煮込まれた人参の甘さが、後から追いかけてくる。


「……これ、店で出せるレベルだろ」


「ふふっ、都会の料理できる女子っぽいでしょ?」


自慢げに笑うあかりに、俺は苦笑いするしかなかった。



食後、俺は今日の出来事を興奮気味に語った。


マーダーミステリーの緊張感、刑事役の女子の演技力、そして最後に自分が逮捕されるというオチ。


「あかりもやってみたらハマると思うぞ」


「へぇ~、面白そう」


そう言って、あかりは少し声を弾ませると、思い出したように指を立てた。


「そうだ……今日は真由お姉さんからゲームが届いているの」


「……は? ゲーム?」


「うん。新商品のテストをお願いされてるの。開けてみたらカードゲームみたいだったよ」


そう言って差し出された箱には、大きく《全国彼女計画》と書かれていた。



説明書を読む。


中身は、普通のトランプの二倍ほどのサイズの「彼女カード」「彼氏カード」、それにサイコロ。


ルールはシンプル。


——カードを引き、サイコロの目に従い、1分以内に“彼氏・彼女ミッション”を実行。


相手が動揺したらライフを1つ減らす。3つのライフを持ち、ゼロになった方が負け。


「……真由姉さんが作ったって時点で嫌な予感しかしない」


「でも協力しないと。お世話になってるんだから」


あかりはカードをシャッフルし、にっこり笑った。



「じゃあ、最初のカードを引くね」


「おう」


あかりが引いたカードを見て、ふわりと頬を赤らめる。


潤んだ瞳でこちらを見上げながら——京都弁。


「なぁ……うちのこと、ずっと見ててほしいんよ。都会に出ても、誰にも取られたくあらへん……。おにいちゃんの隣は、うちだけの場所やって思いたいんや」


ぶわっと胸に衝撃が走る。


「うぉっ!?」と思わず声が漏れる。


「あ、動揺したね♡ ライフ一つ減らすよ」


そうやってゲームは始まった。



俺のターン。カードの指示は「イケメンアイドル風のセリフ」。


俺は立ち上がり、照れ隠しで髪をかき上げながら、マイクを持つフリをする。


「君のハートに直球ホームラン! ずっと俺だけを見てろよ、ファン第一号は君だから!」


……自分で言って鳥肌が立つ。


あかりは目をぱちぱちさせ、少し間を置いてから吹き出した。


「ぷっ……! うーん、恥ずかしさのほうが勝ってるかなぁ」


「ぐぅ……」



次はあかりのターン。カードを引くと、彼女はソファにすとんと腰を下ろした。


肩をすり寄せ、博多弁で甘く囁く。


「ねぇ、お兄ちゃん……うちのこと、ちゃんと好きって言ってほしいと。言われたら、なんでも頑張れるっちゃけん……。ほんとは、ずっと甘えたいっちゃけど、恥ずかしくて言えんの……。ね、今だけは、あかりだけ見とって?」


「ぐっ……!」


あまりの破壊力に、俺のライフがまた削られる。



俺のターン。カードの指示は「背後から抱きしめて一言」。


ソファに座るあかりの後ろに回り、そっと肩を抱き寄せる。


「……お前、もう離さねぇからな」


あかりの耳まで真っ赤になり、口をパクパクさせた。


「そ、それは反則……!」



続いてあかりのターン。カードを引くと、彼女は少し照れながら——青森弁。


「おにいちゃんさ、わだしから離れだら……さびしくて眠れねぇんだば。ずっと隣でいてけろ、手ぇぎゅっと握っててけろ……。ほんとは、誰にも渡したくねぇんだよ」


「くっ……!」


俺は必死に耐えるが、心臓は大きく跳ねていた。



さらに俺のターン。カードの指示は壁ドン。


あかりを壁際に追い詰め、手をついて顔を近づける。


「俺から……逃げられると思うなよ」


「きゃっ……!」


あかりの顔は真っ赤になり、今度は彼女のライフが削れた。



ここでまたあかりのターン。カードを引くと、彼女は視線を泳がせ、博多弁で再び仕掛けてくる。


「お兄ちゃん……あかりね、ほんとはずっと前から思っとったと。どんな都会の女の子よりも、あかりのほうが……お兄ちゃんを幸せにできるって。ねぇ、信じてくれるよね?」


吐息まじりの声に、俺は一瞬で心臓を撃ち抜かれる。


「なっ……!」


動揺し、またライフが削られた。



続くカードはアゴクイ。


ソファに座るあかりの顎をくいっと持ち上げ、囁く。


「お前、俺だけ見てろ」


「……っ!」


彼女の視線が泳ぎ、またライフが減った。



そして最後。


あかりがカードを引き、正面に座り込む。


両手で俺の手を包み込み、顔を真っ赤にしながら——信州弁。


「蓮くん……うちはな、ちっちゃい頃からずっと一緒やったやろ? 都会に出ても、心ん中では毎日ずっと蓮くんのこと考えてんのさ。だから……これからも、隣におってほしい。どこ行っても、うちは蓮くんの帰る場所でいたいんよ」


その瞬間、地元の言葉が胸の奥に刺さる。


都会の演技よりもずっとリアルで、逃げ場のない言葉。


「……っ」俺の心臓は完全に撃ち抜かれ、ライフゼロ。



「ライフゼロだね。負けた方は追加で三枚カード……って書いてあるよ」


「マジかよ……」


仕方なく俺は、カードの指示に従う。


ちょい悪イケメン、美少年アイドル、スポーツ少年。


それぞれの役をやらされ、キザなセリフを口にするたびに——


「あ……やば……ハマりそう」


あかりは顔を赤くしながら、小声でつぶやいた。


俺は心臓の持久力を試されている気分だった。



「……これ、すごくメンタル削られるな」


「さすが真由お姉さんのゲームだね」


そう言って笑うあかりを横目に、俺は深くため息をついた。


その夜。


夢の中で俺はドラマ撮影をしていた。


真由姉が監督席から「リテイク!もっと甘く!」と怒鳴る。


俺は何十回もキザなセリフをやらされ続け、うなされる羽目になったのだった。




ーーーー

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