第25話 俺はマーダーミステリーで欺きたい(前編)
大学のイベントサークルの部室。
土曜日の午後、普段は談笑や企画の打ち合わせで賑わう空間に、今日は独特の緊張感が漂っていた。
「今日は希望者のみの特別企画、マーダーミステリーを始めまーす!」
先輩が告げると、参加者たちが拍手した。
近年、急速に人気が広がっている体験型推理ゲーム。
参加者それぞれが“登場人物”の役割を演じ、与えられたシナリオの真相を探り合う。
特徴は——全員が同じ情報を持っていないこと。そして、それぞれが異なる勝利条件を持っていること。
物語の中に飛び込み、登場人物になりきって駆け引きする。
誰を信じ、誰を疑い、どんな発言を選ぶか。プレイヤーの演技と駆け引きがすべてを決める。
「今日の参加者はほとんどが1年生だね」
「へぇ……」
俺はこのシナリオに限らず、マーダーミステリー自体が初挑戦だった。
◇
テーブルにキャラクターシートが配られる。
俺が引き当てた役は、**被害者の友人である、仕事のない若手弁護士**。
(若手弁護士……設定が微妙にリアルだな。浪人して上京して、夢見てる今の俺と重なる部分もあるかも)
シートには、性格や立場、被害者との関係、知っている事実、そして**勝利条件**が書かれている。
制限時間は5分。役に入り込みながら文字を目で追う。
(……なるほど。犯人を特定させない。真犯人を守り抜くのが俺の勝利条件か)
少し心臓が高鳴った。
◇
「では、ゲームスタートです」
ゲームマスターが事件の概要を読み上げる。
今回のシナリオでは、被害者が遺体で発見され、複数の関係者が集められたという設定。
最終日まで脱落者は出ず、全員が最後に投票して“犯人”を決める形式らしい。
参加者は6人。
それぞれが役になりきり、自己紹介を始める。
「私は被害者の元彼女で、看護師をしています。彼とは……複雑な関係でした。病院での忙しい日々に支え合えなくて、別れてしまったけど……まだ気持ちは残っているのかもしれません」
「わしはこのビルの警備員だ。現場を最初に発見したのはわしじゃ。夜勤続きで目は赤いが、この目で怪しい影を見た気がするんじゃ。だが、歳のせいか記憶も曖昧でな……」
「医者です。看護師とは同じ病院で働いていました。患者や同僚との関係で、被害者とも何度か接点がありました。医者としての義務で語れない部分もあるが……この事件は、どうしても気になる」
「新人の女性刑事です。今回の事件を担当します。まだ経験は浅いですが、必ず真相を暴きます。嘘は絶対に見逃しませんからね」
「私は街の情報屋。裏の噂や人の秘密を集めるのが仕事よ。被害者とも、何度か情報のやり取りをしていたの。正直、この事件に関しても、いくつかの裏話を知っているわ」
そして、俺の番。
「……俺は被害者の友人で、弁護士をしています。いや、まだ新人で仕事は少ないんですが。彼の無念を晴らしたいと思っています」
それぞれのキャラクターが出揃い、物語が動き出した。
◇
一定時間ごとに、新たな証拠や証言が公開されていく。
参加者は発言の矛盾を突いたり、質問を投げかけたりして、お互いを探り合った。
「あなた、さっきと証言が違いますよね?」
「いや、それは……」
まるで法廷さながらのやり取りが、部室の中で繰り広げられる。
俺は最初、「女性情報屋」が怪しいと感じていた。だが、途中で「女性刑事」の発言に小さな違和感を覚えた。
(ん? なんでその情報を知ってるんだ……?)
守るべき真犯人かもしれないので、彼女らを庇うように立ち回る。
だが不自然に庇ったせいで、今度は俺自身が疑われ始めてしまう。
「弁護士さん、さっきから発言がコロコロ変わっていますね?」
「いや、俺はただ——」
女性刑事役の前田さんから追及され、場の視線が一気に俺へと集中した。
◇
最後の会話フェーズ。
女性刑事に問い詰められ、俺はあえて矛盾を含む弁明をした。
「俺は……本当に無実だ! そういえばあの日の夜はこの街にいなかった!」
抵抗しながらも、心の中では確信していた。
(やっぱり……真犯人は女性刑事だ)
投票の時間。
ゲームマスターが投票結果を発表する。
「今回、犯人とされたのは——若手弁護士!」
俺が演じる弁護士は逮捕され、部屋の空気に緊張感が走る。
「じゃあ、真相を発表します」
ゲームマスターが淡々と語る。
今回の真犯人は——女性刑事。
「えええっ!?」と一斉に驚きの声が上がる中、俺だけは静かに頷いた。
弁護士の勝利条件は、幼い頃に生き別れた妹である真犯人を守り抜くこと。
女性刑事の勝利条件は、「幼い頃に生き別れた兄と自分自身以外を犯人にすること。」だったらしい。
(……俺以外を犯人にできれば、兄と妹がどちらも逮捕されず、ハッピーエンドの結末になっていたか)
◇
ゲーム終了後、参加者たちは感想を語り合った。
特に女性刑事を演じていた**前田さん**とは、自然と会話が弾んだ。
金髪のショートヘアに、すらりとした体型。モデルのような雰囲気を持つ女子。
同じ1年生だが、舞台映えする演技と堂々とした態度で、さっきの刑事役は完全にハマっていた。
「もっと兄っぽさが表現できればよかったかな」
「ううん。自分が疑われないようにするところまでは、うまくいってたのになぁ」
軽口を交わしながら笑う。
「そうだ、今度、友達と一緒にVRゲームの体験に行くんだけど、もし日程あえば一緒にどう?」
「お、おう。予定見てみる」
新しい交流が広がっていくのを感じた。
◇
帰り道。
夕暮れのキャンパスを歩きながら、勝利の余韻に浸る。
マーダーミステリーは、ただ推理するだけじゃない。
自分じゃない人物になりきって、駆け引きしながら物語を作る。
そのスリルが、何とも言えず楽しかった。
参加した仲間とも一気に距離が縮まった気がするし、またやってみたいと思う。
高揚感に浸りながら、俺は家路についた。
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