第18話 俺は広告コンテストで表彰されたい(後編)

第18話 オレは広告コンテストで表彰されたい(後編)


 夕暮れの街を抜け、自宅マンションの前に立ったときには、空はすっかり群青色に染まっていた。

 コンテストへの期待と、胸の奥で疼く苦い記憶。その両方を抱えたまま、重い足取りでドアを開ける。


「おかえりなさい、お兄ちゃん」


 玄関で迎えてくれたあかりの姿に、思わず目を見張った。

 今日は和風喫茶の店員のような、落ち着いたコーディネート。藍色のエプロンに白いブラウス。髪はゆるくまとめていて、どこか懐かしい昭和レトロな雰囲気を漂わせていた。


 ふわりと漂ってきたのは、甘辛い香り。醤油と出汁の、心を落ち着かせる匂い。


「……いい匂いがするな」

「ふふ。今日の夕飯はね、野菜佃煮のアレンジコース料理だよ」



 食卓には、見慣れた佃煮が不思議な変身を遂げた料理が並んでいた。


「まずはこれ。ナスの佃煮とミョウガを混ぜた冷やし奴」


 白い豆腐の上に、紫色のナスと薬味が色鮮やかに乗せられている。

 一口すくって口に入れると、ナスの甘辛さとミョウガの爽やかさが絶妙に調和して、思わず唸った。


「次は、ピーマンの肉詰めにゴボウとシイタケの佃煮を刻んで混ぜてあるの」


 ジューシーな肉にゴボウの香ばしさとシイタケの旨味が加わり、噛むたびに豊かな風味が広がる。ご飯を欲しくさせる一品だ。


「最後は、炊き込みご飯風のチャーハン。大根葉と昆布の佃煮を加えると、旨味が一気に増すんだよ」


 茶碗によそわれたご飯からは、香ばしい香りが立ち上り、箸が止まらなくなる。大根葉のほろ苦さと昆布の深みが、ご飯の甘さと絶妙に絡み合っていた。


「……これ、何杯でもいけるな」


 気づけば茶碗を空にして、おかわりをしていた。

 あかりは満足そうに頬を緩め、俺の茶碗にチャーハンをよそってくれた。



 夕飯を食べながら、俺は今日の広告研究会での出来事を話した。


「へぇ……今年のテーマはナスなんだ」

「そう。消費量が減ってるらしくてさ。どうやって魅力を伝えるかが課題らしい」


 あかりは真剣な顔で耳を傾け、目を輝かせて言った。


「面白そう。お兄ちゃんが考えたら、きっと楽しい企画になるよ」


 その言葉に、胸が温かくなる。


「……なぁ、あかり。広告研究会、一緒に入ってみないか?」


 一瞬、時が止まったように見えた。あかりの瞳が潤み、次の瞬間、大粒の涙が頬を伝って落ちていく。


「……ちょ、ちょっと待て。泣くほどのことじゃ……!」

「わからないけど……嬉しくて……涙が止まらないの」


 声を震わせながら、それでも笑顔を見せるあかり。



 気づけば俺は、昔と同じようにあかりの頭に手を伸ばしていた。

 泣きじゃくっていた小学生の頃のあかり。受験前に不安で塞ぎ込んでいた頃のあかり。

 そのときと同じように、頭をやさしく撫でる。


 あかりは目を閉じ、安心したように微笑んだ。


「……お兄ちゃんに頭撫でてもらうと落ち着くの」


 そう言って、俺の胸に頭を預けてきた。

 その小さな体が震えから解放され、ゆっくりと落ち着いていくのが伝わる。


「……落ち着くまで、一緒にいてもいい?」

「ああ」


 静かな部屋に、二人の呼吸だけが響いていた。


 隣にあかりがいて、いつも俺に寄り添ってくれている。

 その事実が、胸の奥を温かく満たしていった。





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