第17話 俺は広告コンテストで表彰されたい(前編)
広告研究会に入って二週間。
今日は「今期の活動説明会」ということで、研究会室にメンバーが集まっていた。壁際のホワイトボードには、いくつものプロジェクト名が並び、先輩たちがそれぞれの活動について説明している。
「うちの広告研究会は、全部に参加する必要はないからね。自分が興味を持った活動だけで大丈夫」
そう話すのは、3年の藤森先輩。眼鏡の奥の瞳が知的に光る、落ち着いた雰囲気の女性だ。
「例えば、大学祭のポスター制作、SNS広報班、企業コラボ……。いろいろあるでしょ」
「へぇ……やっぱり大学と企業ってつながってるんですね」
思わず感心して口にすると、藤森先輩は少し笑った。
「経営学部が起業推進に力を入れてるからね。その関係で、うちにもベンチャー企業からコラボの話がよく来るの」
「なるほど……」
◇
「で、蓮くんはどの活動に興味ある?」
「えっと……」
ホワイトボードを見渡して、俺の目に止まったのは一つの文字列だった。
「国内野菜のサブスク定期便……これ、ですかね」
「おっ、いいとこ見たね」
藤森先輩が指をさしてうなずく。
「これはあるベンチャー企業とコラボしてやってる企画。毎年、野菜をテーマにした広告キャンペーンを考えて、プレゼン大会で発表するの」
「プレゼン……ですか?」
「そう。最大4人まででチームを組んで、秋の大会に向けて準備する。企業の担当者が審査員で、表彰もあるんだよ」
「表彰……!」
胸の奥がわずかに熱くなるのを感じた。
◇
「今年のテーマはナス」
「ナス、ですか」
「そう。実はね、国内のナスの消費量って、近年どんどん減ってきてるの。若い世代を中心に“食卓であまり出てこない野菜”になりつつある」
「確かに……俺も実家ではよく食べてたけど、東京に来てから買ったことないかもですね」
「でしょ? だから、ナスの魅力をどう伝えるかが今年のテーマになる。例えば“紫色の美容野菜”って切り口もあるし、“万能食材”として簡単レシピを広めるのもアリ」
藤森先輩はそう言いながら、手元の資料を見せてくれる。ナスの写真と一緒に、消費統計グラフが並んでいた。
「なるほど……。テーマは身近なのに、難しそうですね」
「そういうのが面白いんだよ。マーケティングのリアルってやつだね」
◇
「チームはどうやって決めるんですか?」
「基本は自主的に決めてもらっているの。仲良い人やゼミのつながりでもいいし、ここで声をかけてもいい。だいたい6月ごろまでに決めれば大丈夫」
「6月……」
まだ一ヶ月程度の猶予がある。
けれど、誰と組むかで結果は大きく変わるだろう。
「もし興味あるなら、蓮くんも考えてみなよ。初参加で結果出せたら、めちゃくちゃ評価されるよ?」
藤森先輩の言葉に、胸が高鳴る。
◇
説明会はそれで終わり、メンバーは解散していった。
俺も鞄を肩にかけ、校舎を出る。
初夏の風が心地よく頬を撫でる中、さっきの「コンテスト」という言葉が何度も頭の中を反芻した。
(表彰……。やっぱりそういうの、憧れるよな)
けれど、同時に別の記憶もよみがえってしまう。中学生の頃のコンテスト。あのときの居たたまれなさは、今も胸の奥に残っている。
それは——俺が田舎を嫌いになった理由の一つでもあった。
今はまだ、思い出すだけで胸がざわつく。
「いや……大丈夫だ。もうあの頃の俺じゃない」
小さく声に出して、自分を叱咤する。
◇
夕暮れの道を歩きながら、思考を振り払うように足を速めた。
表彰されたいという気持ちと、過去の苦い記憶。
その狭間で揺れながら、俺はあかりが待つ自宅マンションへと帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます